野菜と畑をこよなく愛する人たちから、キレッキレのビジネスパーソン、さらには元力士、元プロボクサー、元メコンオオナマズの研究者......。京都に、一風変わった多様なメンバーがそろう企業があります。
その企業とは、「百年先も続く、農業を」を企業理念として掲げている、株式会社坂ノ途中。
環境負荷の小さい農業の普及を目指して、農薬や化学肥料に頼らずに栽培された個性あふれる野菜を販売しています。取り扱っている野菜は、なんと400種類以上。
畑でも、オフィスでも、生物多様性に向き合い続けて10年。「野菜も人間も生き物だから、ブレがあって当然」と話す、坂ノ途中代表・小野邦彦さんに、ライターの杉本と編集部の明石が「畑に学ぶ、チームマネジメント論」をお聞きしました。
ものごとの始まりには、誰かが「えいや」と決めた方が早いときもある
杉本:まずはじめに、小野さんがこの会社を立ち上げられた経緯から教えてください。
小野:もともと環境問題に興味があって、どうせなら環境負荷の小さい生き方を選んでいきたいし、それを提案できることを自分の仕事にしたいと思ったからです。
農業は、人と環境のちょうど結び目にあたるもの。とても多面的で、あまり知られていないですが、やりようによっては大きな環境破壊ツールにもなってしまうんです。
杉本:農業は環境を破壊する」というお話を初めて伺ったときは衝撃を受けました。
小野:世界には現在14億ヘクタールの農地があるのですが、過去に、土に負担を強いることを続けた結果ダメになった農地は20億ヘクタールにものぼるんですよ。砂漠化の原因だって、8割以上が農業由来だと言われています。
その一方で、農業は人と自然が対話する接点にもなりえるとも思っていました。なので、農業を自分のエリアとしてやってみようと思い、始めたんです。
杉本:会社を設立したのは2009年。小野さんを含めた3人で立ち上げられたそうですね。
小野:はい。何かの本に「組織は多様性が大事」と書いてあったので、「そうか!」と思って僕とは全然キャラの違う人を集めたんです。単純ですよね(笑)。
一人は広告系のベンチャーで働いていた、派手なギャル男くんみたいな人。もう一人は頭脳労働には向かないけど、体力だけは有り余っていた平松という高校の同級生でした。
杉本:たしかに、小野さんとはずいぶんキャラが違いますね。
小野:でも、ギャル男くんは「やっぱりオレ、農業とか環境に全然興味ないわ」みたいな感じですぐいなくなって。
杉本:やっぱり......。
小野:平松は、今でも取締役として一緒に会社を経営しています。立ち上げから1年ちょっとは、頭を使う仕事は100%僕がやって、体力を使う仕事は100%平松という役割分担でやっていました。
立ち上げ期はやらなきゃいけないことがものすごくたくさんあるから、社内のコミュニケーションコストはできるだけ下げたほうがいい。
そういう意味では、僕の脳の中だけですべての意思決定が完結していたので、コミュニケーションコストはゼロでした。
杉本:会社の創成期には、必ずしも多様性は優先事項にはならないんですね。
小野:はい。ものごとの始まりには、誰か一人が「えいや」と決めて進めるほうが早いステージがあると思います。
マイクロマネジメントはいずれ限界を迎えるときがくる
明石:「組織には多様性が大事だ」と意識しはじめたのはいつ頃からですか?
小野:実は、多様性を意識しはじめたのはここ数年なんです。
僕は初期の頃、ものすごくマイクロマネジメントをしてしまっていたんですよ。
明石:そうなんですか?
小野:ええ。うちは、採用をはじめてから10人目ぐらいまでは誰もスーツを着て働いた経験がなかったんです。
「野菜提案企業」とか言っているヘンな会社をやっていると、「土と触れられていたら幸せです」みたいな人たちが集まってくるんです。
だから、採用するたびに名刺の渡し方や電話の取り方を僕が教えていましたし、一挙手一投足を僕が指示するマイクロマネジメントを徹底していました。多様性なんて、あったもんじゃなかった。
明石:小野さん自身は、マイクロマネジメントは好きでしたか?
小野:うーん、好きではなかったです。ただ、僕は自分の美学みたいなものがあって、それに基づいていろいろ言ってしまっていたんです。
ところが、そうやって自分の美しいと思う仕事をさせようとした結果、働いている人たちが「自分が小野ならどうするか?」を意識して振る舞うようになってしまったんですね。
明石:社員が、考え方まで小野さんを真似してしまう。
小野:そうなんです。その時に、人間が他の人間の真似をするのを見るのは美しくない、と思いました。
自分の美学を押し通した結果、人の振る舞いが美しくなくなるのであれば、その人がその人らしくしているほうがいいですよね。
明石:たしかに......。
小野:もし、僕が東京でエリートを集めて会社を立ち上げたのなら、自分の美学を押し通してもよかったのかもしれません。
でも、わざわざ京都で起業して「土と触れ合うのが幸せです」みたいな人をかき集めておいて、自分の美学を押し通そうとするのは自己矛盾があるなあと思ったんです。
多様な仕事があることが、お互いへのリスペクトを育んでいる
杉本:以前、小野さんは「多様な野菜を、多様な人間が扱っていることが大事だ」とおっしゃっていました。
社内の多様性をすこやかに保つために、意識していることはありますか?
小野:うちの場合は、社内にいろんな種類の仕事があります。僕らは今でも、農家さんの野菜を集めにいく便も出しているし、出荷作業も配達もしています。
杉本:すごい。全部自社でまかなっているんですね。
小野:はい。ふだんはエラそうなことを言っている人も、街なかに配達に行ってもらうと帰って来るのが遅かったりするわけですよ。
一方で、ふだんは無口すぎてしゃべらない人が、パッと手に持つだけで野菜の重さがわかって、量りを使わずに野菜の仕分けができたりする。それだけで、彼はリスペクトされるじゃないですか。
杉本:いろんな種類の仕事があることが、お互いに対するリスペクトを生むしくみにもなっている、と。
小野:ふつうは、通販の仕事ってある程度の規模になると出荷作業など物流部分は外注するのですが、僕らの事業モデルでは、いろんな農家さんの個性ある野菜を扱うから外注しづらいんです。
単純作業と割り切って外注してしまうと農家さんの個性を殺してしまうし、会社のキャラクターも変わってしまう。表現したいと思っている大切な部分が損なわれるような気がします。
なので、うちは出荷もクリエイティブな仕事と位置づけて、よほどのことがない限り抱え続けていくと思います。
杉本:メンバー間のコミュニケーションを円滑にするために、していることはありますか?
小野:ひとつは、ここで「まかない」を用意して、ランチを一緒に食べるということですね。ほぼそれだけです。
杉本:シンプルですね!
小野:コミュ力高めの都会の会社は「話せばわかる」が通用すると思いますが、僕らはそうじゃなくて。自分の気持ちや状況をそもそも話せない、そんなスタッフもいます。
なのでせめて、メシを食ったりしながら一緒にいる時間を増やすことで、なんとなーくわかっていけたらいいなと思っています。ほんまに、人ってそれぞれなので。
採用では、「野菜のことを好きか」よりも「自分の物差しを壊せるか」を見ている
明石:10期目を迎えられた今は、社内にどんな人がいるのですか?
小野:今のメンバーは、畑と野菜をこよなく愛する人とピカピカな経歴のビジネス系のミックスになってきましたね。
明石:サイボウズでは、採用で「サイボウズの理念に共感しているかどうか」「公明正大であるか」など、5つほどの基準を設けています。基本的には多様でいいけれど、ここだけは守ってほしいというような。
坂ノ途中さんには採用時に「これだけは」という基準はありますか?
小野:そんなカッコいいものはうちにはないです。ただ、どんどん事業の内容が新しくなっていくので「勉強するクセがあるか」は見ます。
そして、もうひとつは「変われるか」ですね。脳みその中身を入れ替えるぐらいのレベルで変われるかどうか。
明石:詳しく教えてください。
小野:たとえば、東京でバリバリ働いてきた子は、当たり前に使ってきたビジネス用語が社内で通じないから「あれ?」となるんです。そのときに、「なんでこんな言葉も知らないの。レベル低いんじゃないの?」って言うのはすごく愚かなことなんですね。
極端な話、野菜のことはそんなに好きじゃなくてもいいから、「自分の物差しを一回ぶっ壊せるか?」という感じは大事にしています。
明石:なぜ、「変われるか」をそんなに大事にされているのでしょうか。
小野:僕らは「新規就農者がつくる、少量不安定な野菜ばかりを扱う」という、農産物流通の世界からするとまったく常識から外れた事業をしています。
普通とは違うことをしているので、「やっぱり、常識で考えたらこうでしょ」みたいな考え方をされるとしんどい。特に、中途採用の場合は「ゼロベースで考えて学べる人かどうか」が鍵になります。
明石:新卒の場合はどうですか?
小野:若い人は変われるので、そこは心配ないのですが、メディアの方が描いてくださるような、坂ノ途中やソーシャルビジネスのキラキラした側面への憧れが過剰ではないことはポイントですね。
何かを持ち上げすぎず、バランス感覚を保つのはすごく大事だなと思います。
「今いるひとでチームをつくる」ことが最善の価値を生み出している
杉本:優秀な人材を集めて、阿吽の呼吸でスピーディに物事を進める会社もあるけれど、坂ノ途中さんは「今いる人たちでチームをつくる」というやり方を選択したのかなと思います。
小野:文化人類学者のレヴィ・ストロースは『野生の思考』などで、「ブリコラージュ(bricolage)」という知のあり方を論じています。
ブリコラージュは、フランス語で日曜大工のように「寄せ集めで自分でつくる」ことを意味する言葉で。要は、あるものを使って必要に応じたものをつくることが、もともとの人類の知恵ではないかと言ったんですね。
杉本:坂ノ途中のマネジメントも、ブリコラージュ的である、と。
小野:そうですね。せっかくいろんな人が集まっているんだからそれぞれのキャラが出ればいいなと思っています。これは、自分で考えてそうしていったというよりは、偶然そうなっていったという方が近いんですけど。
やっぱり、僕らはふだん野菜を売っているわけですよね。
杉本:はい。さまざまな野菜を。
小野:なので、畑とか野菜に教えられることがとてもたくさんあるんです。畑では、思い通りにならないことが起きても「まあそういうこともあるよね」と大らかさを保てている。
だから、その感覚を会社までちゃんと持って帰ってきたら、平和になるなと思うんです。
杉本:その話、もう少し詳しく聞きたいです。
小野:環境負荷の小さい農業って、要は"ブレ"を許容することだと思っていて。僕らの扱う野菜で言うと、ずーっと同じおいしさというわけではなく波があるんです。
たとえば、雨が降った後の夏野菜は、何を食べてもちょっと水っぽい。曇りの日が続くと、ちょっと光合成が足りていない味になる。
杉本:気候条件が変わるだけで、そんなに味が違うんですね!
小野:そうなんです。秋口になって気温が下がると、茄子や唐辛子類の皮は硬くなるけれど、肉厚になるのでじっくり火を通すと食べ応えがあっておいしい。
僕らは、お客さんにこうした野菜のブレを楽しんでほしいと思っているし、人間のパフォーマンスについてもブレを許容していきたいと思っているんです。
杉本:マネジメントについても、畑から学ばれているんですね。
小野:「生物多様性はいいよね」と言っている会社が、人間のブレは許容しないというのも矛盾しますから。ずっと全力で走っていないと振り落とされるような会社は窮屈だなと思いますしね。
坂ノ途中の野菜ではじまる?「リーダーの意識改革」と「働き方改革」
小野:僕らは、生産者が違う野菜をセットにして出しているので、「前回と違う人参が届く」ということはよくあります。そのときに「何よ、前と違うじゃない!」と怒らないでほしくて。
「先週の人参は甘味が強かったけど、今週の人参はすごく香りがいいのね」と、それぞれのキャラクターの違いを楽しんでほしいんです。
杉本:ブレを、楽しむ。
小野:はい。僕は、そういう感覚で野菜も見ているし、社内の人たちのこともできるだけそういう感覚で見ています。
イラッとすることもありますけど、「ヘンな人たちやなあ」と味わっていこうとしている感じです。
杉本:「ヘンな人たちやなあ」と味わっていけるのは、もともと小野さんにそういう資質があったからなのですか? あるいは野菜と畑に触れながら坂ノ途中を経営するなかで?
小野:後者でしょうね。僕はもともと偏狭な心の持ち主だと思うので。
杉本:ということは、今は「部下のブレが許せない」と思っているリーダーの方たちも変われる可能性があるということですね。
小野:あると思いますね。野菜よりも人のブレを許すほうがレベル高いので、まずは野菜で練習していただくといいと思います(笑)。
杉本:なるほど! 最後に、これからの坂ノ途中について、どんな組織を目指したいか教えてください。
小野:引き続き、変わり続けていきたいし、もっと意味わからなくなりたいですね。
もっといろんなメンバーがキャラ立ちして外に出るべきだと思うし、いろんな人が事業をつくっていって僕が埋没していきたいです。
これ、10期目のキックオフの写真なんですけど、真ん中で目立っている彼は代表ではなくて、僕は後ろの列にいるんです。こういうのがいいなあと思います。
杉本:えーと......、小野さんは後ろの列の右から4番目? かなりみごとに埋没していますね(笑)。
明石:組織のなかのいろんな人が個性を出していくことで、一人ひとりの「ヘンな部分」がいい意味で埋もれていくと面白いなと思います。
今世の中で「へン」だと言われている人が埋没して、何も違和感なく当たり前の状態になってはじめて、真の多様な個性が集まるチームになるのかもしれませんね。
文:杉本恭子/編集:明石悠佳/撮影:ハマダシャシン