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イラストレーターでコミックエッセイストのハラユキさんの新刊「誰でもみんなうつになる〜私のプチうつ脱出ガイド」の出版を記念したトークイベントが12月12日、東京都台東区の書店「Readin’ Writin’ BOOK STORE」で開かれた。
ゲストは、「休暇のマネジメント〜28連休を実現する仕組みと働き方」の著者で、フランス在住のライター・高崎順子さん。
ハラユキさんが2022年に軽度のうつと診断された経緯から、「うつにならない働き方」をテーマとし、メンタルヘルスの大切さやフランスの休み方、長期休暇のメリットなどについて熱く語り合った。
「#休暇マネジメント」を広めよう
「なんで急にうつの本?と思われた方がいるかもしれませんが、昨年うつになりまして」ーー。ハラユキさんは冒頭、新著を出した理由を話した。
「うつの体験談と専門家の知識を詰め込んだ本を作る過程で、休職中の友人たちに話を聞く機会があったのですが、『仕事の過労で心身を壊した』という人が多くて。私も仕事が大好きですが、うつになり、そんな時に高崎さんの休暇に関する本に出合って休みの大切さを痛感したのです。そして、本日のトークイベントを開催することになりました」
フランスに20年以上住んでいる高崎さんは、仕事も経済も回しながら“ガッツリ”休む現場の仕組みを取材しており、「フランスの人々は夏に長期休暇を取りますが、なぜかと聞くと大半の人が『メンタルヘルスの維持に繋がるから』と証言していました」と語った。
ここで「#休暇マネジメント」というキーワードが紹介され、ハラユキさんが「働き方の本はあるのに、休むコツの本はほとんど見かけません。働く人たちがボロボロになる前に、アイデアや決意をシェアして社会を変えていきましょう」と呼びかけた。
フランスは心理カウンセラーが身近な存在
トークセッションは二部制で行われ、第一部は「日本とフランスのメンタルヘルス事情」について意見が交わされた。
冒頭、高崎さんが世界保健機関(WHO)の「職場のメンタルヘルス対策ガイドライン」を紹介し、「融通の効かない長時間労働、暴力や嫌がらせ、不十分な給与、仕事と家庭の両立などがうまくいかない職場では、メンタルヘルスを脅かすリスクが高まるそうです」と説明した。
このガイドラインからうつになる理由は世界共通であるということが分かったが、そんな時に受診する精神科に対するハードルは日本とフランスで違うのだろうか。
ハラユキさんは自身の経験から、「まだまだ精神科を受診するというハードルは高いと感じています。私は比較的すぐに行きましたが、クリニックの予約が取れなかったり、先生と馬が合わなかったり、医療機関を転々としながら休職を続ける人も多いです」と話した。
一方、高崎さんによると、フランスでは心理カウンセラーが身近な存在だ。コロナ禍でメンタルヘルスを悪化させた人が増えたため、従来は保険適用外だった心理カウンセラーの面談も、2022年から7回まで適用されることになった。
高崎さんもフランスでカウンセリングを受けた経験があるといい、その時の出来事をこの日初めて明かした。
「小学生の頃から手指に湿疹が出るのですが、湿疹がものすごくひどくなった時がありました。初診で皮膚科に行き、その後ホームドクターにかかったら、『トラウマの可能性はない?』と聞かれて、心理療法の先生を紹介してもらいました」
「その診療内容が興味深くて……。『あなたは気球に乗っています。気球には砂袋を載せているので、それを一つずつ地上に落とす度に考えている悩みも一つずつ落としていってください』と言うのです。催眠療法の一種ですかね、湿疹もそこまでひどくはならなくなりました」
「何が言いたいのかというと、皮膚の症状なのにホームドクターから心理療法に繋いでもらい、さらに心理療法の先生が近くに住んでいたということです。人々にとって身近な存在のため、フランスは日本より精神医療にかかるハードルは低いと言えます」
人間としての尊厳を守るという感覚にハッとさせられた
第二部は、「メンタルヘルスと働き方」について語り合った。
高崎さんによると、フランスでは約90年前の1936年に「連続15日間の有給休暇取得」が義務化され、今から約40年前の1982年に期間が連続5週間となった。
それを聞いたハラユキさんが「今から90年も前…。日本の働き方改革は2019年からようやく始まったのに」と驚くと、再びフランス独自の制度が高崎さんから紹介された。
「インターネットの普及で外出先でも仕事ができるようになったため、休暇中に仕事をする人が出てきて社会問題になりました。それを防ごうと2017年に法制化されたのが『つながらない権利』。つまり、休日は休むということが法律で決まったのです」
ここで心配されるのが「それだけ休んで経済は大丈夫なのか」という点だが、問題なく回っているという。実際、公益財団法人「日本生産性本部」が発表した「労働生産性の国際比較2022」を見ると、フランスが11位、日本が27位だった。
ハラユキさんが「なぜバカンスをとってる国に負けるの?と泣いてるんですけど」と、自身が書いたイラストを指差しながら言うと、高崎さんは「休むことを見越して計画的に仕事をします。休みの時期は業界ごとに決まっており、それに向けて仕事のスケジュールを組み立てます」と話した。
例えば、大多数の保育園は8月に3、4週間の長期休暇に入るため、子どもを通わせる親はその時期に必ず休まなければならないが、国ぐるみで長期休暇のスケジュール管理を行うことで全員がうまく仕事を休めるようになっているという。
また、日本は長時間労働を是とする文化もいまだに根強いが、フランスでは「人間は機械ではないので休まなければ壊れる」という考え方が浸透しており、高崎さんは「『ワーカホリックは迷惑だ』と言う企業の管理職もいるくらいです。休めないことは給与の未払いと同じくらい問題なことで、休めたら休むのではなくきちんと休むのです」と語った。
会場の参加者らはこの話を驚いた様子で聞き、小さく拍手をしながら頷いている人もいた。
ハラユキさんも、「働いているのは機械ではなく人間なんだよ、という当たり前のことを忘れていました。人間としての尊厳を守るという感覚に改めてハッとさせられました」としみじみ話し、「私は旅行をしたり、お祭りに行ったりすることが好きなのですが、コロナ禍で遊びの時間を作れなくなってしまった。仕事は大好きだけど、そういう時間があったからバランスが取れていたということに気づいたんです」と振り返った。
そして、「来年は2月か3月に2週間の休みをとります!」と宣言すると、会場から拍手が沸き起こった。
バカンス後の仕事を決めて休むことが重要
約1時間半にわたって話し合った2人。会場からは、「日本は祝日が海外より多いが、長期で休むことのメリットは何か」という質問が出た。
高崎さんは、「単発の休みだと掃除や洗濯、ちょっとした用事で終わってしまいます。長期で休むことができれば、『自分のためにこの時間が与えられている』という感覚になり、大切なセルフケアを行うことができます」と回答した。
ただ、高崎さんが初めて2週間連続の長期休暇をとったのは2022年の夏。それまでは「私も3日休んだらドキドキしていた」という。
高崎さんは休むコツとして、「罪悪感を感じないことが重要です。私は『バカンスから帰ってきたらもっとパワーアップするし、すごいことやっちゃうよ!』と思っています。戻った後の仕事を決めて休むことも重要ですね。フランスという先行事例があるので、日本も必ずできるはず」と経験談を交えて伝えていた。
ハラユキさんの「誰でもみんなうつになる〜私のプチうつ脱出ガイド」は11月8日から、高崎順子さんの「休暇のマネジメント〜28連休を実現する仕組みと働き方」は5月15日からそれぞれ販売されている。
【ハラユキさんプロフィール】
日本大学芸術学部演劇学科卒業。編集プロダクションで編集・執筆・デザインを学び、2003年にイラストレーター「カワハラユキコ」として独立。17年に「ハラユキ」に改名した。2年間のバルセロナ滞在を機に海外取材もスタート。テーマは家事育児分担、家族間コミュニケーションなど。著書に、「王子と赤ちゃん」や「ほしいのはつかれない家族」など。
【高崎順子さんプロフィール】
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業。都内の出版社を経て、2000年に渡仏。書籍や新聞、雑誌、ウェブなど幅広いメディアで、フランスの文化や社会について寄稿している。得意分野は子育て環境と食。著書は「フランスはどう少子化を克服したか」や「パリのごちそう」など。