長野県上田市にある上田城といえば、NHK大河ドラマ『真田丸』にも登場した難攻不落の名城だ。
匿名の市民から「櫓の復元費用に使って欲しい」と10億円の寄付があったことを2月19日に地元紙・信濃毎日新聞が報じると全国的な注目が集めた。
しかし、上田市教委によると櫓の復元には高いハードルが残されている。明治時代に移転・解体されるまでの資料がほとんど残ってないのだ。
「上田城の櫓の復元のために使ってほしい」と10億円寄付
上田城は、戦国大名の真田昌幸(さなだ・まさゆき)によって築城され、2度にわたって徳川軍を退けたことから、難攻不落の城として知られている。
関ヶ原の合戦後に破却されたが、真田氏の後に代わって上田藩を統治した仙石忠政が上田城を再建した。
天守はなかったものの、本丸には7つの櫓があったとされるが、いずれも明治維新で民間に払い下げられた。持ち主から寄贈された西櫓と、買い戻しされた北櫓、南櫓の3つのみが現存している。
1994年、上田市教委は古写真を元に3億9000万円を費やして櫓門を復元した。現在は本丸の北東の隅で「鬼門」の方角を守っていた2つの櫓の復元を目指している。
そして2018年12月末、市内在住の人物が上田市教委に10億円もの寄付をした。「上田城の櫓の復元のために使ってほしい」という意向だった。まさに渡りに船。同市教委の担当者は「本人の意向で氏名は明かせないが、非常にありがたい。意向に沿うようにしたい」としている。
■櫓を復元するための資料を募集中
10億円あれば、2つの櫓の復元には十分なようにもみえるが、すんなりといかないのには理由がある。
文化庁では2015年から「歴史的建造物の復元」に基準を設けていて、当時に存在したものが図面などの根拠をもって忠実に復元できない場合、工事が認められないという方針を示しているからだ。
江戸時代の絵図には上田城の本丸に7つの櫓が描かれているものの、明治時代に撮影された写真は、現存する北櫓と西櫓のものしか残されていない。復元に必要な写真や設計図が不足しているのだ。
このままでは文化庁の基準を満たさず、復元は難しい。
そこで、上田市教委では「些細なことでも構いません」として、以下の情報を公式サイトで募集している。
・櫓が写っている古い写真(明治初期)
・櫓の高さが書き込まれた絵図
・櫓の立面図
・上田城跡内で撮影した写真(明治末期まで)
・櫓などの建物の移転先についての情報
市教委の担当者は「10億円の寄付金が全国的なニュースになったことで、新たな資料が見つかることに期待したい」と話している。