U-NEXT HOLDINGSは2023年12月、生成AI「Buddy(バディ)」を自社開発し、全社員約5,000人にローンチした。それから約9カ月で利用率は50%を超え、AIを使って業務を効率化することが当たり前になりつつある。同社はAIとの「協働」によって、どのような未来を描いているのだろうか。
「AIを使わないリスクの方が大きい」トップの経営判断が後押しに
ChatGPTをはじめとした生成AIの技術は、近年急速に進化し利用者も増えている。ただ情報流出の懸念などもあり、企業での本格的な活用は、まだ始まったばかりだ。
そんななか、U-NEXT HOLDINGSは生成AI「Buddy」を展開した。全社員が使うようになれば、業務時間を社員1人当たり年間100時間、全社員で計約50万時間削減できると見込む。
開発のきっかけは2023年5月、代表取締役社長CEOの宇野康秀さんが全社員に対して発信した「生成AIを積極的に活用しよう」というメッセージだった。執行役員CISOの住谷猛さんは、次のように振り返る。
「宇野にはAIを使うことで起きるリスクよりも、AIを使わないままでいて、数年後に競争優位性を保てなくなるリスクの方がはるかに大きい、という危機感がありました。それがAI活用の大きな後押しになりました」
ほどなく住谷さんらによって、生成AIによる業務改革のプロジェクトが立ち上がり、9月に「AI業務改革支援部」が組織された。
ChatGPTのような外部のAIの場合、情報漏洩のリスクがあるため入力できる情報が限られ、業務での活用に限界がある。同社は顧客情報や社内の人事情報なども入力できるセキュアな環境を確保するため、社内接続に限定した生成AIの自社開発に踏み切った。
開発期間はわずか3カ月。担当したのは当時新卒入社1年目の長谷川直登さんだ。「AIに関しては社員のほとんどが『初心者』。ならば年齢や社歴に捉われず、能力と意欲がある社員に任せよう」(住谷さん)という考えのもとで抜擢された。
長谷川さんは社内情報が漏れないように気をつけつつ、技術的な疑問の解決やコードの作成にChatGPTを活用した。
「分からないコードが出てきた時、以前は自分で調べるか、先輩やコードの作成者に聞く必要がありましたが、AIの活用でこうした過程を大幅に短縮できました。もし使っていなかったら、3倍くらい時間がかかったんじゃないでしょうか」
商談記録の作成時間が6分の1に 業務効率化を実感
完成した社内接続に限定した生成AIである「Buddy」は、主に議事録などのテキストの作成や翻訳、プログラミングの際のコード作成、企画のアイデア出しなどに使われている。長谷川さんらAI業務改革支援部の社員たちも、「Buddy」の活用で生産性が高まることを実感している。
オウンドメディア「AIとハタラクラボ」の編集長を務める大谷悠介さんは、「Buddy」を副編集長とし、メディアのタイトル決めや記事の執筆などを「Buddy」と協働している。
「副編集長である『Buddy』と一緒にタイトル候補を考えることで、3時間ほどで100件ものアイデアを出せました。もし僕だけで考えたら、3日ぐらいかかったはずです。節約できた時間で、新しい仕事に挑戦できるようにもなりました」
「AIとハタラクラボ」は、「Buddy」を社内に浸透させる役割だけでなく、企業ブランディング効果や、社内の業務効率化事例を掲載することで、社会全体の生産性向上に貢献することを目的としているという。
記事の内容に関する取材は大谷さんら人間のスタッフが、記事のたたき台となる文章をAIである「Buddy」が作成することで、記事の作成時間を大幅に削減。各記事の末尾には、どれだけの時間を効率できたかが明記されており「Buddy」活用のメリットを、読者に具体的に伝えている。
また同部署の芝田龍正さんは「企画書を作る際も、『Buddy』を使えば1分ほどで約2割が完成し、その後もAIと対話しながら内容を肉付けできます。ただ間違いをAIのせいにしないよう、確認作業はしっかり行っています(笑)」と話す。
このように「Buddy」を活用すると、アイデア出しや企画書作成といったミッションの最初の一歩で「どうやって始めようか」と迷うことがなくなり、初動が非常に速くなるという。
また企業収益の最前線に立つ、営業部門の業務が大幅に効率化されるという効果もあった。
従来は商談後、その内容をクラウドに入力する作業に30分ほどかかっていたが、「Buddy」を使うと入力時間が5分程度に縮まったのだ。浮いた時間を新たな商談に充てれば、収益の機会も増える。
「私たちが『Buddy』を使ってください、と社員に呼びかけているのは利用率を上げるためじゃない。みんなの仕事が楽になるからです」(住谷さん)
AI業務改革支援部には、社員から「このデータを入力しても大丈夫?」といった質問も寄せられる。大谷さんは「質問に対して『なんでも入力していいですよ』と回答できることが、社員の安心感につながっています」と話す。
「外部の生成AIの場合、問い合わせがあるたびに社内規定などを調べて入力していいかどうか判断したり、場合によってはルール作りから始めたりしていました。『Buddy』はデータ流出のリスクがないため、対応する僕たちの負担も軽くなりました」
リアルイベントで「エバンジェリスト」を育てる
経営サイドが新たなツールを導入しても、現場が従来のやり方に固執するなどして、なかなか活用が進まない…という悩みを抱える企業も多い。しかしU-NEXT HOLDINGSでは、ローンチから9カ月で社員の半数が「Buddy」を使うようになった。
オンラインとオフラインの両方で「しつこく丁寧に」メッセージを発信し続けたことが、使用率の向上につながった。社内SNSで週3回ほど、機能の説明などを投稿しているほか、リアルでも長谷川さんらAI業務改革支援部の社員が地方の支社を回って、啓蒙のためのイベントを開いたのだ。長谷川さんは「支社では、生成AIにあまり興味のない一般ユーザーと僕たちとの間に、意識のギャップを感じることもありました。ただイベントでは『こんな機能も欲しい』という要望も多く寄せられ、期待の大きさを感じる場面もかなりありました」と話す。
イベントの参加者が自分の職場で、「エバンジェリスト」として周囲に「Buddy」の良さを発信する効果もあった。芝田さんは今後も、リアルとオンラインの両方で社員へ使い方をより詳しく伝授し、利用率を高めたいと考えている。
「入力する問いや指示の質を高めれば、より期待通りの回答を得られます。ユーザーには『Buddy』をもっと使いこなしてもらうことで、まだ使っていない50%の人たちにも活用のメリットを伝えてほしい」
AIがもたらす新しい時間 「働く」をより楽しめる未来へ
「Buddy」には、現在進行形でさまざまな改善が施されている。例えば芝田さんは、社内のマニュアルや内規を学習させ、「Buddy」が人に代わって社員の問い合わせに対応できる仕組みを作ろうとしている。年金制度ひとつ取っても、ChatGPTへの質問では、一般的な年金制度のことしか分からないが、社内情報を入力できる「Buddy」なら、同社が展開する個別の制度を詳しく説明できるからだ。
大谷さんは、部署を超えたコラボレーションの機会を増やすため、社員検索の精度を高めることにも取り組みたいという。
「今も『採用担当者を教えて』といった自然な言葉がけで社員を検索することができますが、将来的には『去年の面接に関わった人を教えて』などスキルベースや業務別で検索できるようにして、チームビルドの際に最適なメンバーを選べるようにしたい」
さらに2024年7月には、「メンター機能」も追加された。「Buddy」に職場やキャリアに関する相談をすることで、若手が1人で悩みを抱え込まずにすみ、問題解決のヒントを得られるのではないか、という考えからだ。
大谷さんはこの機能についても「ゆくゆくは、トップ営業マンのノウハウや知見を多くの人に伝授するといった、業務上のメンターとしての使い方もできるのではないか」と期待する。
一方、エンジニアである長谷川さんは、生成AIには表計算ソフトとの連携の難しさや、事実と異なる答えを堂々と出してしまうハルシネーションなどの課題もあることを指摘した。
「現時点では、生成AIに期待できる精度は7割くらいで、完璧さを求められる業務には使いにくい。開発者として『こんな機能がほしい』という社員の要望に応える一方で、AIが万能ではないことも伝える必要があると思います」
住谷さんは、生成AIが社会にもたらす最大の価値は「時間」だと考えている。
「AIは、働き手がこれまで煩わされてきた雑務の多くを代替し、新しい時間をつくり出します。その時間に仕事の量を増やしてキャリアアップを目指すのか、趣味や副業、家族との時間などに充てるのかは、その人次第です」
自律的な働き方をする社員ほど、パフォーマンスも高まることが期待できる。時間の使い方の選択肢が多い会社は、優秀な人材に選ばれるようになり、人材確保にも効果があると考えている。
「AIは、より多くの人が働くことを楽しめる未来をつくり出せるはず。『Buddy』がこうした価値観を、社内に留まらず社会全体に広げる役割を果たせれば、と願っています」
(写真:小原聡太、取材・文:有馬知子、編集:磯本美穂)