テレビ報道が激変するかという緊急事態なのにニュースで伝えないテレビ各局

テレビ各局の姿勢に不安を覚えてしまいます。

3月15日(木)、テレビやラジオの民放局やNHKなどの様々な職場はひとつの配信記事で騒然としていました。

共同通信が報道した、安倍政権による放送法改正を骨子とした放送制度の改革をめぐる方針案についてのスクープ記事のコピーがあちこちの職場に飛び交っていました。

その共同通信の記事は、放送法に定められている「政治的公平」(放送法第4条第1項第2号)の規制を撤廃するという政府の方針案が示されていたのです。

現在日本ではこの条文があるために政治色が強い放送は禁止されています。それは放送法第4条に「政治的に公平であること」という文言があるからです。それぞれの放送局や番組によって、多少の濃淡はあるにしても、日本では選挙の際に放送局が特定の政党や候補を支持するような意見表明を行うことはありません。これに比べるとアメリカでは大統領選挙の前になるとテレビ局が「うちの局は大統領選挙でトランプ候補を支持」とか「クリントン候補を支持」などと主張します。これは日本と違って、「政治的公平」の条項がかつてはあったもののその後に廃止されたからです。

トランプ大統領がCNNテレビを「フェイクニュース」だとこき下ろし、右派のテレビとされるフォックステレビがトランプ氏寄りの報道を繰り返していますが、共同通信がスクープした通りだとすると、アメリカのようにもっと「自民党寄り」「安倍政権寄り」という露骨な放送局が登場する可能性が出てきます。

共同通信の記事を見てみましょう。

政治的公平の放送法条文撤廃(共同通信・3月15日)

党派色強い局可能に

安倍政権が検討している放送制度改革の方針案が15日、明らかになった。テレビ、ラジオ番組の政治的公平を求めた放送法の条文を撤廃するなど、規制を緩和し自由な放送を可能にすることで、新規参入を促す構え。放送局が増えて、より多様な番組が流通することが期待される一方、党派色の強い局が登場する恐れもあり、論議を呼ぶのは必至だ。

共同通信が入手した政府の内部文書によると、規制の少ないインターネット通信と放送で異なる現行規制を一本化し、放送局に政治的公平などを義務付けた放送法4条を撤廃するとともに、放送に認められた簡便な著作権処理を通信にも適用する。

日本の放送局(テレビ・ラジオ)にとってはこれまでになかった大きな制度の転換が行われることになります。たとえば、テレビ報道でも記者たちは「政治的公平」をいつも念頭において取材をして、報道してきたわけですが、それが根本から崩れてしまうことになります。

この共同通信のスクープが配信された時、私はたまたまある民放のテレビ局を訪れていました。旧知の幹部と雑談していた時にその幹部が記事のコピーを見せてくれて「大変な時代がやってくるなあ・・・」とつぶやきました。それはよく考えれば当然のことです。

たとえば、2017年1月にTOKYO MXテレビが放送した「ニュース女子」という持ち込み番組で、沖縄の米軍基地反対派の人たちが「外国人の勢力にお金で雇われたような動員された活動家ばかりで救急車の通行も妨害している」というようなデマが放送されたことが大きな社会問題になりました。

この番組は当時、CSチャンネルやインターネットでも配信されましたが、地上波放送のTOKYO MXで放送されたことで問題化しました。

放送番組の倫理をチェックする放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は、は担当者にヒアリングをしたり、現地調査まで行った上に「重大な放送倫理違反」があったという判断を示しました。

この意見書の中には、事実に基づかない論評や誹謗中傷もあるインターネットとは違って、放送はより吟味されたメディアだとして以下のような記述があります。

これに対して、放送では、番組制作にあたり、取材による裏付けを欠かさないこと、節度ある表現を保つことなどが求められているうえ、放送倫理を守っているかどうかを放送局自身がチェックする仕組みもある。

だからこそ、放送局の考査というセクションが"放送の自主・自律を守る砦"であり、多メディア社会における"放送の矜恃を守る砦"だと記しています。

共同通信のスクープ記事は、そうしたものでこれまで守られてきた放送の「砦」が、政権の制度改革でネットと変わらないものになってしまい、大きく揺らぎかねないという危機的な状況にあることを伝えています。

だからこそ、3月15日日中、私が訪れた民放局の幹部も青ざめた顔をしていたわけです。

この共同通信の配信記事は、北海道新聞や徳島新聞、東京新聞などで一面トップなどで大きく扱われました。

ところが、同日夕方のニュースや夜のニュースを見ると、驚くことにこのニュースを民放、NHKともまったく放送しませんでした。

共同通信のスクープを後追いしても、同じような報道を裏づける取材ができなかったということでしょうか。

全国紙では読売新聞だけが数日後にこの問題を一面トップで扱い、その後も比較的熱心に報道しています。

3月18日の記事では以下のように解説しています。

首相、批判的報道に不満か...放送事業の規制緩和

安倍首相が目指す放送事業の見直しは、放送法4条などの規制の撤廃が目玉となる。背景には、首相に対する批判的な報道への不満があるようだ。

今回の規制緩和は、AbemaTVに代表されるような「放送法の規制がかからないネットテレビ」(首相)などの放送事業への参入を狙ったものだ。首相は衆院選直前の昨年10月、AbemaTVで1時間にわたり自説を述べた経緯もある。政治的中立性の縛りを外せば、特定の党派色をむき出しにした番組が放送されかねない。

ネット事業者などに放送事業の門戸を開放すれば、地上波キー局をはじめとする放送事業者の地盤沈下につながる。首相の動きに、放送業界は「民放解体を狙うだけでなく、首相を応援してくれる番組を期待しているのでは。政権のおごりだ」と警戒を強めている。

続いて、3月21日の記事です。

安倍首相が目指す放送事業見直しを巡り、政府内で賛否が割れている。

規制改革を所管する内閣府が前向きなのに対し、放送事業を所管する総務省は慎重だ。

放送事業見直しは、政府の規制改革推進会議(議長・大田弘子政策研究大学院大教授)のワーキンググループで議論が進んでいる。梶山規制改革相は20日の記者会見で「幅広く関係者からヒアリングしている。これからの議論を踏まえて、会議で改革の方針について検討される」と述べた。会議は月末にも開かれ、見直しの方向性が固まるとされる。

首相は政治的公平性などを定めた放送法4条の規制撤廃で、インターネットなどの通信業務とテレビ・ラジオ局などの放送業務の垣根をなくそうとしている。

しかし、その後もテレビ各社のニュース番組を見ても、この問題を報道している局や番組はありません。

自分たちの報道が大きく変わるかもしれないという事態なのに、なんという危機感の欠如でしょうか。

しつこいようですが、繰り返します。

放送というメディアが大きく、変質しかねない事態です。

これはどの放送局にとっても重大な変質を迫られる問題です。

私たち国民にとっても、見ているテレビ局が「安倍さん寄りチャンネル」「枝野さん寄りチャンネル」「志位さん寄りチャンネル」などになってしまうかもしれないという局面です。少なくとも私は、そんなふうにしてテレビは見たくありません。テレビはもっと取材者が自由に取材して報道していくもの。これが大事だと思う問題意識を深めた報道をしてほしいものです。政治色を意識してチャンネルを変えるなんて、自分はやりたくはありません。もっとテレビの報道者たちを信頼して視聴したいと思います。

今、わかっていることだけでもきちんと経過を伝えてほしい。

それをしようとしないテレビ各局の姿勢に不安を覚えてしまいます。

今回の共同通信の記事を受けて、テレビ関係者の中には「政権の改革案をそのまま進めれば、まっとうなテレビ局が『ニュース女子』のように根拠が不確かな放送をするようになってしまう」と危惧する声が広がっています。ところがそうした危機的な状況だということがテレビの人たちから視聴者に知らされてはいません。

自分たちの仕事のあり方にかかわる問題なのに、だんまりを決め込んだように伝えない現状では、もしも政治的な党派性を出すことが可能な制度になってしまったらどうなるのでしょう。みんな忖度チャンネルだらけになってしまうのではないか。そんな危機感を覚えます。

(2018年3月22日「Yahoo!ニュース個人(水島宏明)」より転載)

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