小池都知事は「4000億円の不動産投資」をやめるべき。~築地ブランドの活用という勘違い~

都知事就任から続いた豊洲騒動は一区切りになりそうだが、あらたな火種が生まれつつある。それが...

先日、小池百合子都知事が築地市場を訪れ、豊洲の無害化が実現できなかったことについて市場関係者に謝罪した。近日中に豊洲移転の方向性を公表するといわれている。

都知事就任から続いた豊洲騒動は一区切りになりそうだが、あらたな火種が生まれつつある。それが築地市場の活用案だ。

■築地売却は一転して活用に?

豊洲移転にかかった費用は6000億円といわれているが、築地の土地の売却代金は平成33年に4500億円程度を見込んでおり、移転費用の多くを売却で賄う予定となっていた。

ただ、6月15日に行われた「市場のあり方戦略本部」の資料では豊洲移転に加えて築地を売却せずに活用する案がある。現在はこれが有力案になっているとも報じられ、築地ブランドの活用を都知事も強調している。その一つとしてテーマパーク案も浮上している

確かに「築地」という土地にブランド価値があることは間違いなく、立地は有楽町から1キロちょっと、タワーマンションの林立する湾岸地域に近く、浜離宮恩賜公園や聖路加病院に隣接している。

最高の立地にある築地市場跡地を都が活用する...... もっともらしいアイディアに見えるが、これは極めてハイリスクな不動産投資である。

■売るべきか? 貸すべきか? それが問題だ。

個人向けの資産運用アドバイスでも時折あるものが、親から不動産を相続したがどう活用すればいいか?というものだ。マンションやアパートであれば賃貸と売却、どちらでも選択できる。

今回の築地を売るか?貸すか?という判断もこれに近い。ただ、すでに売却額は4500億円程度と想定されている。この想定額が正しいのであれば「4500億円で築地の土地を取得して運用する」という判断と実質的には同じだ。

つまり東京都がやろうとしている築地ブランドの活用とか築地のテーマパーク案は「4000億円超の不動産投資」となる。これがいかに馬鹿げた案かは言うまでもない。

不動産投資になるのか公営のテーマパークになるのか何も決まっていない段階だが、バブル崩壊後に景気刺激策として公共事業につぎ込まれた税金が1000兆円を超える借金の原因ともなっている。そんな惨状を日本人はずっと見てきた。

つまり現在検討されている活用案は4000億円超の不動産投資であり、公共事業でもあるわけだ。

■豊洲の赤字穴埋めに築地を貸す?

こういった案が出てきた背景には豊洲の赤字が影響している。市場のあり方戦略本部の資料でも、毎年豊洲で発生する多額の赤字があり、築地を50年間、年間160億円で貸し出すことで穴埋めするとなっているが、これは机上の空論であり、ほとんど冗談のレベルだ。

半世紀も先まで160億円の安定した収益を想定している時点でまともな案とは言えず、豊洲移転で発生した借金を売却代金で返済する予定が、それもできなくなってしまう。借金の借り換え案も出ているようだが。今後の金利上昇があれば利息負担も重くなる。

そもそも売ればその時点で終わる話を、50年間も都が関与し続けて手間が発生することがまともな案といえるのか。築地ブランドを生かした運営をするのであれば、スッパリと売却したうえで民間の事業にあくまで都の立場から都市計画の観点で関与すればいい。

小池都知事も数年後には確実にいなくなる。誰も責任を取ることのない状況で、必然性のないハイリスクな事業に4000億円もの資金を投じることは到底都民の理解を得られない。これは都知事や都の職員が有能か無能かといった話ではなく、そもそも地方自体は不動産事業の運営に適した組織でもなければ、不動産事業に精通した人材もいない。

加えて、想定された売却額は築地ブランドの価値も織り込んだ価格である。不動産の価格は「その不動産から得られる収益」から決まる。売るより貸したほうが儲かる、という判断は明らかにおかしい(「結果的に」貸したほうが儲かる可能性はあるが、事前にはわからない)。東京都が築地を売却しないことと築地ブランドは何の関係もない。

■4000億円の不動産投資は六本木ヒルズやディズニーシーを超える。

築地を活用した不動産開発やテーマパークの運営はどれくらいの規模なのだろうか。4000億円という額が大き過ぎてぴんと来ない人も多いと思うが、参考となる有名な大型ビルやテーマパーク建設にかかった費用は以下の通りである。

ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(2001) 1700億円

東京ディズニージー(2001) 3000億円

六本木ヒルズ(2002) 2700億円

新丸の内ビルディング(2007) 900億円

※()は開設・建設時期。いずれも総工費として報じられている数字。その後の改修や追加費用は含まず。

時期が異なるため土地と建築費が高騰している現在と比べて単純比較はできない。ただ、これらの大規模事業と比べて土地だけで4000億円を超える築地プロジェクトに不動産の素人である東京都が口出しすべきでないことは明白である。

■都の関与は損失につながる。

法律の範囲内で収益を最大化する......これが民間企業の原則だ。都が関わることで事業内容やサービス価格に制約が加われば築地ブランドがかえって毀損されかねない。

たとえば東京ディズニーランドは頻繁に入場料を値上げしているが、都が関与した際にこういったことができるのか。民間事業者が取得すれば、現在議論されているカジノの建設なども視野に入るかもしれない。そういった際にも都がカジノ運営なんてとんでもない、と制約が加わる可能性はないのか。

カジノが良い悪いといった話ではなく、法律の範囲内で収益を最大化することができなければ都が受け取る賃料にも悪影響を及ぼす。つまり都がやるべきは不必要な制限は付けずに民間事業者へできるだけ高値で売却すべき、ということになる。

民間事業者は自社が行う事業から得られる収入をもとに入札を行うため、最も儲かる(予定の)案を持っている事業者が土地を取得することになる。これが築地ブランドを最大限生かすための選択肢である。

民間への売却後に築地プロフジェクトが成功すれば法人地方税と事業税で都の収入アップも見込まれる。つまり売却後も事業がうまくいくと得をするインセンティブが都には残る。それ以上の関与は事業の収益性をゆがめるだけだ。

■史上空前の不動産開発。

今後、築地プロジェクトにかかる実質的な費用は土地だけで4000億円を超える。土地の整備や建設費用も考慮するとさらに数千億円が上乗せされるだろう。

これは不動産投資信託(REIT・リート)と比べても極端に規模が大きい。不動産投資信託は投資家から資金を集めて不動産で運用するファンドだが、国内で60本ほどあるREITは一番高額なものでも時価総額は8000億円ほどだ。時価総額の7~8位が4000億円程度となることから、投資の規模としてもきわめて大規模なプロジェクトになる。

豊洲市場も6000億円のプロジェクトだが、これは公的施設として必要だから資金を投じたことになる(市場が公営であるべきかはまた別の論点となるが)。国が運用する年金は100兆円超の規模だが、これもやらざるを得ない必然性があるから運用している。

築地のテーマパークを都が運営する必然性はどこにあるのか?と考えれば、勘弁してくれというのが多くの都民の声ではないのか。都議選も近いため、築地の活用が本格的に動き始めるのであれば、主要テーマとして築地を売らずに利用することは正しい判断なのか?という点も議論の対象となるべきだ。

■築地がテーマパークになる?

築地市場が湾岸のタワーマンションになるのか、オフィスビルになるのか、あるいはテーマパークになるのか、それは土地を取得した事業者が決めればいい。

海に近く都心部にある広大な土地で、これだけまとまって出てくることは二度とない広大な規模で、なおかつ有楽町や銀座にも徒歩で行ける好立地の場所で築地ブランドを活用する......。

そんな条件で土地の利用を考える際にテーマパーク案が出てくる時点でまともなビジネス感覚からは相当乖離した危険な状況であることがわかる。

市場のあり方戦略本部で示された資料(2017/06/15公開)では4つの案があり、それぞれ損益と資金繰りの推移がグラフで示されているが、最も確実性の高い案は築地市場の売却で豊洲市場整備にかかった借金(企業債)の返済をするものだ。借金を減らし、スリム化した上で豊洲市場のコストダウンや収益アップを狙うのが最も確実な手段だろう。

■豊洲移転で発生する費用は「赤字」なのか? 必要な「コスト」なのか?

現在、豊洲に移転をすると毎年100億円超の多額の赤字が出るという試算がなされている。

築地活用案というおかしな話も赤字を避けるために出てきた苦肉の策と思われるが、豊洲市場で発生する追加費用は果たして「赤字」なのか、それとも「必要なコスト」なのか? これは現在全く議論がなされていない。

もちろんコストが低いに越したことはないが、老朽化した築地市場が低コストなのは当たり前で、鮮魚を扱うにあたって必要なコストをこれまでかけてこなかったということにはならないのか。

豊洲の安全性については土壌汚染の専門家ではない自分がアレコレと書くつもりはないが、「これからは豊洲移転のせいで高コストになる」ではなく、「今までの築地市場は設備投資をしていないから安く済んでいただけ」、とは考えられないのか?ということだ。これは豊洲市場にかかったコストが当初想定額より大きく膨れ上がったこととはまた別に検証すべきポイントだ。

■ 負担は都民か消費者か。

今後豊洲市場で多額のコストが発生するのであれば、市場の利用料を通じて魚の価格に転嫁されて消費者が負担するか、都が税金で補填して都民が負担するか、いずれかの対応になる可能性がある。

このコストは無駄か必要か? 豊洲をもっと効率化できないのか? という重要な議論をせず、築地跡地を貸し出せば赤字は消える、といった滅茶苦茶な議論はやめるべきだ。

築地活用案が出てきた背景の一つに、不動産投資はローリスクで安定した収益を得られる、といった素人が陥る典型的な勘違いも含まれている。

事業規模を考えれば、新銀行東京を超える大失敗に陥る可能性すらあるが、そのようなリスクがあることを認識したうえでの案には到底見えない。手元にある土地を利用するのだから損はしないと考えているのかもしれないが、失うものは4000億円超の売却代金だ。

この話の本筋は決して難しい話ではない。「東京都が4000億円超のハイリスクな不動産投資をすべきなのか?」というシンプルな問題であることは改めて明記しておきたい。

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中嶋よしふみ シェアーズカフェ・オンライン編集長 ファイナンシャルプランナー

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