「格安スマホ」「格安SIM」といった売り文句でここ数年、多くの加入者を獲得してきたMVNO(仮想移動体通信事業者)の成長に急ブレーキがかかっている。
MVNOは大手通信キャリアーからネットワークを借りて、通信サービスを提供する事業者だ。インフラへの投資をなくし、サポートやサービスを最低限に絞り、ネット販売中心で実店舗を持たないため、大手キャリアーの半分以下という低価格を実現した。
携帯電話市場はNTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクの大手3社による寡占状態に陥っている。競争原理が働かず通信料金が下がらないことを懸念した総務省の強い後押しを受け、MVNOに参入する事業者の数も急拡大。現在では700近くにまで膨らんでいる。
だがここ最近、MVNOに逆風が吹き始めている。象徴的だったのが、「FREETEL(フリーテル)」ブランドでスマートフォン販売やMVNOなどの事業を展開してきたプラスワン・マーケティングが経営危機に陥ったことだ。11月、楽天にMVNO事業をわずか5億円程度で売却したのだ。ベンチャーながらも芸能人を起用したテレビCMを大々的に展開するなど、非常に勢いがあっただけに、業界には衝撃が広がった。
MVNOの苦戦をさらに浮き彫りにしたのが、9割以上のMVNOにネットワークを貸しているNTTドコモの2017年度中間決算だった。同社は今期の携帯電話サービス契約の純増数予測を220万から130万へと大幅に下方修正した。吉澤和弘社長は10月26日の決算説明会の場で、MVNOの契約数が伸び悩んでいることを原因の1つに挙げた。MVNOの成長の陰りが、数字でも裏付けられた。
苦戦の背景にあるのは、MVNOへの顧客流出に危機感を抱いた大手3社が、対抗策を強化したことにある。3社はここ1~2年のうちに、「Y!mobile(ワイモバイル)」(ソフトバンク傘下)や「UQ mobile」(KDDI傘下)などのサブブランドを強化したり、「docomo with(ドコモウィズ)」や「auピタットプラン」といったMVNO対抗ともいえる通信料の割引プランを始めたりするなど、さまざまな手を尽くしている。そうした施策の成果が出始めているわけだ。
実際、KDDIの田中孝司社長は11月1日の決算会見で、「昨年に比べると解約率は結構下がっている。アンダーコントロールな(auの顧客流出が抑えられている)状況になりつつある」と語った。
低価格プランで最も出遅れていたKDDIは、ここ最近MVNO対策に最も力を入れていた。それだけに田中社長の発言からは、大手からMVNOへの流出防止に一定のメドが立ったといえる。
もともと資金力やネットワーク、サービスの充実度で勝る大手3社が、従来の不満要因だった料金面などを改善してきた。これは当然ながらMVNOにとって脅威であり、一層の差別化戦略が求められそうだ。各社の動向を見るかぎり、カギとなるのはやはり、積極的なプロモーションやキャンペーンなどで顧客基盤の拡大を進めることのようだ。
業界で目立つのが、「楽天モバイル」ブランドでMVNOを展開する楽天である。同社はネット通販(EC)などで培った高いブランド力と豊富な資金力を武器に、実店舗の全国展開や芸能人を起用したテレビCMなどを積極的に実施し、今年8月に契約数は100万回線を突破した。
さらに11月には先述のとおりフリーテルを買収。これで140万回線を超えた。楽天モバイルで1000万契約を目指すとしており、買収なども含めた顧客基盤の拡大策を進めていくとみられる。
「mineo(マイネオ)」ブランドのMVNOサービスを提供する関西電力傘下のケイ・オプティコムは、早期の100万回線獲得を目指す。最近では安さを徹底的に訴える"王道"の手を繰り出した。9月1日から11月9日までに音声通話対応のプランを契約すると、12カ月間、月額410円からサービスを利用できる「大・大盤振る舞いキャンペーン」を実施。他のMVNOから顧客を奪うほどの好評ぶりだったようだ。
その一方で、ほかのMVNOがまねるのは難しい施策を取ることで、顧客や収益の基盤を拡大する戦略を取る企業も出てきている。
その1つがインターネットイニシアティブ(IIJ)だ。IIJはすでに個人・法人を合わせた契約数が200万を超えているMVNOの大手だが、個人向けの「IIJmioモバイル」は今年に入り四半期ごとの契約純増数が1万を割り込んでおり、厳しい競争を強いられている。
そこで同社が力を入れるのは、法人向けビジネスだ。そのために進めているのが「フルMVNO化」である。従来、ネットワークを貸す側の通信キャリアーが持っていた加入者管理機能をMVNO側が持てるようにすることで、SIMカードを自社で発行できるようになる。同社は昨年8月、フルMVNO化の準備としてドコモと加入者管理機能で連携する契約を結んでおり、来春のサービス開始を目指している。
フルMVNOには、どのようなメリットがあるのか。SIMを自社で発行できれば、「eSIM」にも通信サービスを提供できる。eSIMは「組み込み型SIM」とも呼ばれ、スマホに搭載するSIMをより小型のチップに収めたもの。最近はIoT(モノのインターネット)化の流れを受け、eSIMを搭載した自動車や建設機械などが増えている。
eSIMの特長は、カードを入れ替えることなく遠隔操作でキャリアーを変えられるという点にある。たとえばeSIMを搭載した海外製の機器を日本に持ち込んだ場合でも、すぐにIIJのサービスを利用できるようになる。
遠隔でeSIMの切り替えを行うには、自社でSIMを直接管理できるフルMVNOになる必要がある。フルMVNO化の実現には高度なネットワーク技術と大規模な投資が必要なことから、企業規模の小さい多くのMVNOにとっては追随が難しい。フルMVNOになったIIJはMVNOの中で唯一、IoTに対応した法人向けサービスの提供が可能になるという優位性を得られるわけだ。
同様に、独自性で差異化を進めているのが日本通信だ。同社は個人向けのMVNO事業から一度撤退し、現在は法人向けのビジネスや、U-NEXTなどほかのMVNOの支援事業を主体としている。だが今年8月、ソフトバンクのネットワークを利用するMVNOとして個人向けサービスを開始した。
ソフトバンクのネットワークは、借りる際に支払う接続料がドコモより高いことから、それを借りてサービスを提供するMVNOが少なかった。そんな中で日本通信は、SIMロックがかかった古いiPhoneのユーザーをターゲットとして、あえてソフトバンクの回線を使うことで顧客基盤の拡大を狙っているようだ。
いずれの戦略もMVNO同士で争う分には優位性を出せるかもしれないが、大手3社から多くの顧客を奪うにはまだ不十分だ。加えて、体力の弱いMVNOが大手キャリアーに立ち向かうには限界があるのも事実。となると、次に注目されるのは総務省の動向だろう。先にも触れたとおり、MVNOの急成長の裏には、携帯電話市場の競争を促進して通信料金を引き下げたいという同省の思惑が働いているからだ。
MVNOの躍進には、2015年に総務省のICTサービス安心・安全研究会が実施した「携帯電話の料金その他の提供条件に関するタスクフォース」での議論が大きく影響したといわれる。大手3社の商習慣を問題視した総務省が、スマホの実質ゼロ円販売に対し事実上の禁止措置を取るなどして、MVNOに有利な市場環境が生まれたのだ。
研究会はその後も「モバイルサービスの提供条件・端末に関するフォローアップ会合」を実施するなどして、大手3社の販売施策などに目を光らせている。それだけに、大手3社の顧客流出防止策でMVNOの成長に急ブレーキがかかったことを受け、総務省が再びアクションを起こす可能性は十分考えられる。今後のMVNOの動向を占ううえでも、総務省の動きに注目が集まりそうだ。
(佐野正弘 : モバイルジャーナリスト)
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