「開店から約10年たっても行列が絶えない丸亀製麺のワイキキ店ですが、実は一回諦めた話でした」
一軒の焼き鳥屋からグローバルフードカンパニーに成長したトリドールホールディングス(以下、トリドール)は、今や1736店のうち633店が海外店舗(2020年11月末時点)。アジアや欧米をはじめ、世界各地で成功を収めている。
その海外進出の第一歩となったハワイの丸亀製麺ワイキキ店は、実は最初から全てが上手くいっていたわけではなかった。一度は諦めたワイキキ店がオープンし大成功に至った背景には、当時25歳の実業家、山中哲男さんとの出会いがあったという。
今回トリドール社長の粟田貴也さんと山中さんがメディアで初めて対談。丸亀製麺・ワイキキ店から始まったトリドールの海外進出の戦略や信念、今まで語られることがなかった舞台裏まで赤裸々に語った。
海外初出店での経験が“脱ガラパゴス”の道を拓いた
──トリドールの海外店舗はこの約10年で633店舗と急成長を遂げてきました。コロナ禍で外食業界全体が厳しい中でも、トリドールの海外店舗の売上は堅調のようですね。
粟田 今、世界の約40の国と地域、中でも丸亀製麺は日本を含め12の国と地域に展開しています。丸亀製麺だけでなく、タイの屋台料理をコンセプトにした欧州を中心に展開するアジアン・ファストチェーン「WOK TO WALK」や香港で人気のヌードルチェーンの「雲南ヌードル」などグローバル全体で20以上のブランドを展開しています。
山中 一緒にやらせてもらった海外一号店である「丸亀製麺ワイキキ店」が2011年にオープンして、それから約10年でこれだけのブランドと店舗数を増やすってすごいですよね。さらなるグローバル化に向けた次の10年はどういった構想がありますか?
粟田 この10年で失敗もたくさんしましたが、その経験を礎に、「世界で通用する日本発のグローバルフードカンパニー」に変貌を遂げたいと思っています。
今、海外では様々なブランドを、直営に加えてフランチャイズやジョイントベンチャーなどの形で世界中に展開しています。複数の地域で複数のブランドを展開し、各エリアの成功事例をもとにプラットフォーム化することで成長を加速していきたいですね。
日本の外食産業は高度に成長しましたし、世界中からの賞賛を受けていますが、ある意味、この島国で極度に成長を遂げたがゆえに“ガラパゴス化”しているので、海を越えると汎用性に乏しい部分もあります。
そういうことも含めて、海外初出店のハワイで得た経験というのは、我々の“ガラパゴス”な部分をバサッと断ち切るきっかけになりましたね。
丸亀製麺ワイキキ店、成功の舞台裏
──様々な教訓を得たというトリドール海外初進出のワイキキ店は、お二人の出会いから始まったとお聞きしました。
粟田 2009年にアメリカの外食を視察するために、ハワイに初めて行ったときのことです。日課のジョギングをしていると偶然、良さそうな空き物件を見つけたんです。日本家屋に見える佇まいに、屋根が切妻で全面ガラス張り。「ここに製麺機を置いてここに釜を置いて、こうやったらすごい良い店できるな」と想像できたんです。
しかもその物件は「For Lease(貸し出し可能)」って書いてあったんですね。すぐに、連絡を取ったのですが、けんもほろろに断られてしまいました。ちょうど丸亀製麺は日本国内で急速に店舗数を伸ばしているところだったので、「国内の展開にやっぱり専念しよう」と思っていた矢先、出会ったのが山中さんでした。
山中 その頃、私はハワイで日本企業の海外進出を支援していて、共通の知り合いの紹介で粟田さんと出会いました。当時支援をするという立場からハワイのマーケットを調査しており、ビジネス視点で見るなら、その物件があるクヒオ通りは観光客もローカルも両方来れる唯一のストリートで1番良いと思っていたんです。「まだ1回しか行ったことないって言ってたけど、ドンピシャで素晴らしいところに目付けているな」と、本当に思ったんですよ。
一方でいい立地の分、物件取得には競合が複数社いるケースも多いので勝ち取るのが難しいんです。私には現地にジェームスやトモヤというパートナーがおり、皆たまたまその物件のオーナーと知り合いだったので、何度も「日本の企業はいいよ、丸亀製麺がきたら盛り上がるよ」と話をしました。
オーナーは最初、別の会社に物件を使ってもらおうと内心では決めていたそうなんですが、そこをなんとかひっくり返して勝ち取ることができました。本当に後一歩遅かったら無理でしたね。
会社を経営していく中で戦略も大切ですが、改めて縁とタイミングが重なることで自然に大きな一歩に繋がるんだな、と今振り返って実感しています。このような偶然性を大切にしている粟田さんと私だからこそ噛み合ったのかもしれません。
粟田 当時山中さんは25歳で若いなと思いましたが、年齢は関係ないですよね。私よりもハワイに詳しいし、任せるというより「教えてもらおう」と思っていました。また、お互いビジネスを始めた場所も地元も兵庫県の加古川市という縁もありましたし(笑)
なんとかオープンまで漕ぎ着けた後、瞬く間に日本と比べ物にならないくらいの売上を達成してしまった、というところから、我が社の海外展開が一気に変わってきましたね。それまで目線は国内にあったのに、あのクヒオ通りの大行列がまさしく転機になりました。
だから山中さんと出会っておらず、あの物件を契約できていなかったら、もしかしたら今トリドールは全く違うことになっていたような気がします。
山中 私にとっても粟田さんとの出会いやチャレンジは大きな財産となり感謝しかないですね。
いろんな飲食店を支援してきましたが、多くは「日本って美味しいよね。ハワイって美味しくないよね」と考えてしまうんです。だから自信があるがゆえにローカライズをしない企業が多いんです。
でも粟田さんたちトリドールは、すごく現地の人に馴染むように変えていましたよね。ネーミングやメニューまでローカライズしていました。なぜそのように実行できたのですか。
粟田 ハワイは観光立地だから、いろんな国から人が来る。その人たちにもおいしく食べていただきたいということで、現地の人に調理も任せました。
そうしたら「日本の天ぷらは柔らかい」と言うんです。「分厚い衣の天ぷらうどんを食べてコーラを飲むのがいい!」というので、日本人が考えるものと全然違うなと。「でもこれが世界なのかな」と当時思いましたね。
山中 そこでちゃんと現地の意見を取り入れたというのがすごいなと思いました。当時、日本で丸亀製麺が急成長している最中でしたし、そういう時はどうしても自信が出てきちゃうと思います。そこを変えるって、結構できないことだなと。
粟田 ほんと思いっきり変えてくれるから、こっちはドキドキです(笑)でもやっぱり現地の人がおいしいというものが、世界を目指していく当社にとってもいいんだろうなと。結果としてハワイ出店で学んだグローバルスタンダードが、その後の海外展開に繋がっていったんじゃないかなと思っています。
「お客様の喜ぶ顔が見たい」その思いは譲れない
山中 グローバルスタンダードを学ぶ一方で、譲れるものと譲れないものってあるじゃないですか。トリドールとしてどのようにすみ分けしているんですか?
粟田 会社のミッションである「Finding New Value. Simply For Your Pleasure.」という、日本語で言えば「お客様の喜びのために、新しい価値を発掘し、これからも変化し続ける」ということは譲れないね。
いくら効率的な経営がもしできたとしても、お客様が来なかったら何もならないですから。
目の前でうどんを手づくりする、実演する、出きたてを提供するといったような、手間暇かかってもお客様の喜ぶことをやろうというのが丸亀製麺をはじめトリドールグループとしての心意気です。それが世界の仲間とも共有できています。でも、味は食文化や嗜好がある。だから、味に関しては現地の方の意見を聞くようにしています。
山中 ちゃんとお客様のニーズも大切にしながら、譲れないところは丸亀製麺も、もちろん他の系列店舗にも展開しているというのが、改めてなかなかできないことだなって思います。他には大衆性も大切にされていますよね。
粟田 そうですね、我々は大衆の方が食べられるものを提供したいんです。
例えば、お寿司とか高級な料理というのは、値段は高いけれどそれを愛する人がいるから、それはそれで僕はいいと思うんですよ。でも大衆の人に来てもらおうと思うと、やっぱり相手の土俵に上がらせてもらうわけなので、合わせていかないと、と思うんです。
山中 その大衆性と普段の粟田さんの生活も、フィットしてますよね。
粟田 結構、大衆的だからね。普段は立って飲んでるからね(笑)
山中 そういうのが嘘じゃないですよね。自分の肌感というか、合うものがそのままビジネスに生きてる。「普段はすごく高貴なものが好きだけどビジネスだから仕方なく大衆向けにしている」ではないじゃないですか。そこが大きいと思うんですよね。
粟田 私は自分の器というものを、自分が一番よく知っているつもりです。自分は決して経営者として強くない。でも仲間がいる。だからこの先の未来も、世界で通用するグローバルフードカンパニーを目指していくし、その夢に向かって果敢に挑戦し続けたいと思っています。
山中 結局一人ができる限界値って、そんなに大きくないですよね。私たちみたいにちょっとずつ地方から出てきてという人たちからすると、「みんなのおかげ」というのが強いんじゃないかな。
粟田 全く同感。ガラパゴス状態から抜け出す自分たちの姿を、どうか見てほしいな。外食業界ってやっぱりネガティブなイメージがあるじゃないですか。そこをもっとオープンに変えていきたいですし、後進の経営者の「希望の星」になれれば嬉しいですね。
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世界に目を向ければ、ビジネスにおいても「サステナビリティ」がますます重要視されている。トリドールの効率を追い求めすぎず、仲間を大切にし、顧客の喜びを一番に考える価値観は、まさにサステナブルな社会の根幹につながっていると言えるのではないだろうか。トリドールはこれからもグローバルフードカンパニーとして活躍の場を広げていきそうだ。
対談の様子を収めたダイジェスト動画もぜひご覧ください。