あしたにつながる暮らしのヒントを見つけるメディア「あしたのコミュニティーラボ」は、まちづくりとテクノロジーをテーマとしたイベント「地域をつなぎ、地域の未来をつくる"情報の再編集"とは?」を12月4日に開催した。
イベントは、東北の食文化をテーマにした情報誌「東北食べる通信」編集長の高橋博之さん、徳島県美波町でITを使った事業に取り組む「たからのやま」取締役の本田正浩さん、公立はこだて未来大学教授の木村健一さんがパネリストとして登壇し、それぞれの事業についてのプレゼンテーションと議論が交わされた。
今回はイベント内で特に印象に残った高橋さんのプレゼンテーションを紹介する。
■「東北食べる通信」とは?
東北食べる通信は、去年の7月に創刊した月間1980円の情報誌である。普通の情報誌と違う点は、雑誌に加えてこだわりの東北の生産物が届けられることだ。首都圏の30~40代を中心に定期購読者は1400人を超えている。
「普段生活をしていて得られる食べ物の情報は、価格や消費期限といったものしか分からず、その裏にいる人の存在が全く見えません。だから、『東北食べる通信』は生産者さんの生き様や世界観、生産現場のリアルなストーリーを紙面で届けています。ただ、それだけでは食べる人に伝わりきらないので、『食べ物を付録にしちゃえ』と思いました」
「食べる通信は食べ終わったところから価値が始まる」と高橋さんは言う。「東北食べる通信」を購読すると、読者は専用のFacebookグループに招待される。そのページでは、毎号届けられる食物の生産者や、他の読者と交流することができる。読んで、食べて、交流するーー。最初は「ただ生産者と消費者をつなげたらどうか」と思いつきで始めたが、口コミを通じて生産者と消費者のコミュニティが徐々に広がっていった。
現在は読者が総ポスト数は250、コメントは1500を超えている。消費者の登録率も85%に及び、生産者も食べ物を届けて終わりではなく、インターネット上とはいえ、食べる人の喜びの声に触れることが出来ている。中には直接生産者の家に訪問する方もいるそうだ。
■消費者に決定的に欠けているのは「共感力」
代表の高橋さんは岩手県議会議員だった。一次産業をなんとかしたいと思っていたが、日本の農業をどうにかするといっても手も足も出なかった。有権者も消費者も観客席の上で高みの見物をし、グランドでプレーしている生産者と政治家に文句だけ言っている。自分は安全なところにとどまり、決してグランドに降りようとしない。その大きな問題を自分に引き寄せるために、この「東北食べる通信」を始めたと高橋さんは言う。
「1970年、日本には1025万人も農家はいたんです。それが今は260万人。そのうち、75%が60歳以上の高齢者です。そして、40歳以下の若い農家はたったの17万人しかいません。恐らく、今知った方は『1次産業をどうにかしなければ』と気持ちになっているかと思います。だけれども、この会場を出た途端に皆さんの気持ちはどこかに消えてしまうでしょう。
私たち消費者に決定的に欠けているのは、私たちの命に直結する1次産業の問題を自分事化する共感力なんです。そして、この日本の1次産業を立て直していくために、食べ物の裏側にいる人間の存在を知り、そこと繋がっていくことで共感力を磨いていくことが大事だと思います。そこで、私が考えついたのが『東北食べる通信』でした」
(イベントで熱い思いを語る高橋さん。写真提供:「あしたのコミュニティーラボ」)
■生産者と消費者が分断され、困っていたのは生産者だけではなかった
「東北食べる通信」を通じた生産者と消費者の交流で特徴的な事例がある。2014年の10月号に特集した秋田県潟上市の米農家だ。この農家は耕さない冬水田んぼという方法で人間と自然に優しい米を作っている。ところが、昨年は雨が長引き、稲刈りの時期になっても田んぼがぬかるんで、コンバインを入れても前に進まなくなってしまったそうだ。
家族4人で手刈りをしたとしても、例年の10分の1も刈り取れず絶望の淵に立たされた。そこで、農家の方は苦しい状況について「東北食べる通信」のFacebookグループにSOSを出した。すると、200人にも及ぶ読者をはじめとする仲間たちが、中には有休をとってまで秋田までわざわざ足を運び、裸足になって、田んぼに入り、一緒に手で米を刈ったのだ。
「およそ野球場一つになるぐらいの広大な田んぼの稲刈りが、200人の力によって、たった3週間で終わらせることが出来ました。つまり、読者と生産者が心配しあう家族みたいになっているわけです。読者は、食べ物の裏側にいる人間の存在を知ることで、米農家に降りかかった災難を自分事化して、自らを突き動かして生産現場に訪れていきました。
そして、秋田の米農家さんだけでなく、手伝いにいった読者も元気になって帰っていくんですよ。自分の命を支えている食べ物がどういう自然環境に育まれ、そこに生産者がどういう手間を加えて作っているのかを肌で感じることで、読者は『命が喜ぶ』と言います。
私はこの1年間、食べる人と作る人を繋げる仕事をしてみて気づいたことがあります。それは、生産者と消費者が分断され、困っていたのは生産者だけではなかった。消費者も命が喜ばず元気を失っていたことが分かりました。この両者が交わっていくことで、お互いの元気や生きる力を交換できることを僕は彼らに教わったんです」
■私たちは今完成された消費社会を生きている
「東北食べる通信」はその取り組みが高い評価をされ、2014年度グッドデザイン賞の金賞を受賞した。これは3000件を超える応募の中から、19件のみに与えられた賞だ。メディアにも多数取り上げられ、他地域から同じモデルの展開や協働の声が相次いでいる。
そこで、新たな展開として始まっているのが、「日本食べる通信リーグ」。これは、フランチャイズ方式とは異なり、各地の「食べる通信」がそれぞれ自由に創意工夫を凝らして、ふるさとの味をデザインし、生活者に発信してお互いに競い合う仕組みである。
「既に『四国食べる通信』や『神奈川食べる通信』が始まっており、2015年春には計11の食べる通信が創刊されることに決まりました。各地の「食べる通信」同士が競えば競うほど、東京一極集中の大量消費カルチャーは崩れます。これは、みんなで一緒に"つくる人と食べる人がつながる"血の通った新しいマーケットを開墾していく壮大な挑戦です。
私たちは今完成された消費社会を生きています。スマートフォン1台があれば、マンションにこもって何でも買うことが出来るようになりました。だけども、そこには波乱も困難もありません。そうして、私たちは生きる喜びや実感を失いかけてきたのではないでしょうか。私は『食べる通信』を通じて、そういう狭い世界をひっくり返したいと思います」
高橋さんは最後にこう問いかける。 「食べる人は今のままでいいんですか?」
(東北食べる通信HPよりキャプチャ。その取り組みは今や全国に広がっている)
【関連URL】
(2015年1月12日、「Wanderer」の記事を編集して転載しました)