スーパーマーケットや食肉加工施設の働き手たちが、これほどまでに必要とされたことはなかったかもしれない。
新型コロナウイルスのパンデミックが深刻化する中で、スーパーや食肉加工施設、薬局の従業員の多くが、命を危険にさらしながら働き続けている。
体調を崩した人も、中には亡くなった人さえいる。しかし彼らが働き続けてくれているおかげで、私たちは食べていけるのだ。
その一方で、彼らの賃金は医療など他の「必要不可欠」とされている職に比べて低い。
スーパーマーケットなどで働く労働者の、不安や不満の受け皿となっているのが「アメリカ食品商業労働組合(UFCW)」だ。
UFCWはアメリカで最も大きな民間の労働組合の一つで、アメリカとカナダの約130万人の労働者が加入している。
そして、UFCWはそのメンバーゆえに、今最も重要な労働組合になっている。
メンバーの多くがスーパーマーケットや食肉処理場、そして薬局などで働く労働者だ。
医療以外の民間の労働組合で、今これほど多くメンバーが働き続けている組合は、ほとんどない。
UFCW理事のマーク・ペローネ氏は、組合のメンバーだけでなく、加入していない労働者の相談に対応するために、全力を尽くしているとハフポストUS版に話す。
彼らの多くがここ数週間、「仕事に対して十分な対価が支払われていない」「十分に守られていない」と感じながら働いていると、ペローネ氏は話す。
■すでに多くの人たちが犠牲になっている
実際、スーパーや食肉加工施設で働く人たちの多くが、すでに犠牲になっている。
UFCWはまだメンバーの感染や死亡者のデータを集めている途中だが、新型コロナウイルスのパンデミックが始まってから約30人が死亡したことがわかっている、とペローネ氏は話す。中には、新型コロナウイルスに感染していたかどうかが、確認できていない人もいるという。
彼らの死は、ニュースにもなっている。スーパーマーケット・ジャイアントの店員だったレイラニ・ジョーダンさんも、犠牲になった一人だ。
ジョーダンさんは障がいを持っており、メリーランド州にあるジャイアント店舗の障がい者プログラムで働いていた。
新型コロナウイルス感染が拡大し続ける中、仕事を続けることは命の危険を意味していたが、ジョーダンさんは人手不足の職場を助けたいと勤務を続けていた。
しかし3月に体調を崩し、新型コロナウイルス陽性が確認された後、亡くなった。
食肉加工施設で働く労働者も、大きな危険にさらされている。
食肉加工大手のタイソン・フーズでは、少なくとも3人が亡くなっている。
アメリカ最大手の豚肉生産会社であるスミスフィールドは、従業員230人が新型コロナウイルス陽性と診断されたために、施設の一つを当面閉鎖すると発表した。
■進まない、従業員を守るための取り組み
スーパーマーケットや食肉加工施設で働く人たちを守る施策が進んでいないことに、UFCWは大きな苛立ちを感じているとペローネ氏は話す。
その一つが、マスク着用推奨の遅れだ。ペローネ氏は、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)に数週間早くマスク着用を推奨して欲しかったと話す。
CDCが、マスク着用を推奨したのは4月初旬。それまでは、体調が悪い人と医療従事者のみが公共の場でマスクを着用するよう推奨していた。
それまで、雇用主の多くが従業員たちにマスクをつけさせるのを渋っていたとペローネ氏は語る。それは、マスク入手が困難だったと理由もあるかもしれないが、客に不快感を感じさせたくなかったからだという。
パンデミック初期の頃、雇用主たちは「CDCがマスクは必要ない言っている」と主張して、従業員にマスクを着用させようとしなかった、とペローネ氏は振り返る。
「我々は『CDCの言っていることは、筋が通らない。我々は従業員にマスクをつけさせる必要があると思っているし、組合員もマスクが必要だと感じている』と主張しました」
ペローネ氏によると、スーパーマーケットの1日の平均来客数は800〜1200人だ。
しかし、人々が食べ物や日常品を買いだめするようになると、店舗によってはこの数が最大で1万人にもなる。そうすると、従業員たちと買い物客の距離が密接せざるを得なくなる。
「私は本当に腹を立てています。閉鎖された空間に大勢の人たちがやってくるのです。感染が起こりやすい場所になります。それにも関わらず、雇用主は顧客にも労働者にもマスクを着用するよう求めませんでした」
都市によっては、顧客にマスクを着用するよう求めているところもあるが、ペローネ氏は従業員や周りの客のためにも、全ての買い物客にマスク着用を求めて欲しいと訴える。
ペローネ氏は先週、従業員と客がどのような対策をしているかを見るため、バージニア州北部の7つの店舗を訪れた。そこでがっかりする風景を見たと話す。
「CDCがマスクを推奨した後だったにもかかわらず、店内にいる人の50%〜60%が、マスクをしていませんでした。従業員もマスクをしていませんでした」
UFCWはまた、労働省の機関である労働安全衛生局が、現場にほとんど介入しようとしないことにも落胆している。
ペローネ氏は同局に、スーパーマーケットや工場の安全の取り組みを強化して欲しい欲しいと願っているが、その見込みは今の所薄いようだ。
「政府は、労働者よりもビジネスを心配しているように思えます」とペローネ氏は話す。
■賃金は上がっている。しかし……
日々増加するリスクに、UFCWは早い時期からスーパーマーケットや食肉加工施設で働く労働者に危険手当を支払うよう、雇用主に求めた。
組合の契約には、パンデミックに関する条項が含まれていなかったという。しかし、パンデミックになってから、UFCWに加入する多くスーパーや食品会社は、何らかの形で賃金を増やしている。
例えば、スーパーマーケットのクローガーは、全従業員の時給を一律2ドル増やした。食料品大手のカーギルは、15%のボーナスを支給した。
「会社側がすぐに給与を上げた理由は、感染を不安に感じた従業員が、辞めてしまうのを恐れたからだと思います」とペローネ氏は話す。
「従業員に辞められると、急速に高まる食品の需要に応えられない可能性がありましたから」
UFCWに加入していない会社の多くも、同じように賃金を増やした。UFCWが賃金交渉をしたことが、組合に加入していない会社への圧力になったとペローネ氏は語る。
しかし、増価額はこの危機の中で働き続けていることへの対価として見合わないと、ペローネ氏は話す。組合はさらなる賃金アップの交渉をする予定だという。
しかし、賃金交渉は必ずしも順調に進むわけにはいかないようだ。
スーパーや薬局、食品関係の仕事を続けている人たちに対して、社会からの感謝や同情が高まっているにも関わらず、交渉のための好条件を失いつつあるとペローネ氏は話す。
アメリカでは、この3週間で10人に1人以上の労働者が職を失い、失業者は増え続けている。多くの労働者が職を求めるようになると、労働人口が増えて賃金交渉に不利に働く。
「現在多くの労働者が、健康と病気になる可能性、そして家族を食べさせるかどうかの間で、選択を迫られています」とペローネ氏は話す。
その一方で、一度増額した賃金を、パンデミック後に戻すのは容易ではないかもしれない、とペローネ氏は考えている。
それは、多くの労働者たちが、自分たちの仕事は平時であってももっと高い賃金を受けるに値する、と感じるようになっているからだ。
「今(スーパーや薬局の店員に対して)支払われているお金に、名前をつけようとする動きがあります。”感謝のお金”と呼ぶ人もいますし、クローガーは“ヒーロー支払い”と呼んでいます」
「しかし私は雇用主たちにこう言いました。『そうですね、だけどヒーローはいつでもヒーローですよね?いつかヒーローじゃなくなる、というものではないですよね? 』」
実際“ヒーロー”であるスーパーの従業員たちの多くが、自分たちの仕事に対する感じ方を変えつつある、とペローネ氏は話す。
これまでUFCWでは、スーパーマーケットや食肉加工会社で働く労働者を対象に、自分の仕事への感じ方を調査するグループミーティングを実施してきた。その結果、従業員の多くが、自分たちを「取り換え可能」だと感じていたという。
しかしパンデミックはその感覚を、変え初めているかもしれない。
「スーパーマーケットや食肉加工施設で働く労働者たちは、彼らが社会の中で果たす役割は大きな価値をもち、必要不可欠なものだと理解し始めたのです」
「(パンデミックが)終わったときにも、同じように感じるでしょうか?少なくとも、“取り替え可能”と感じ続けることはないだろうと、私は思います」
ハフポストUS版の記事を翻訳・編集しました。