これまで日本の会社を象徴する言葉は「終身雇用」でした。ところが、いまは転職を繰り返す人の働き方が注目されたり、個人の副業を解禁する会社も増えたりしています。
「組織」より「個人」を優先させた働き方が主流になってきたのは確かです。
でも、あまりにも「個人主義的」だと、会社はバラバラになり、オフィスは単なる「集まる場所」になってしまう。個人を尊重しつつ、どのようにしてチーム感を出していけばいいのでしょうか。
創業13年のマザーハウス。バングラデシュやスリランカなど途上国5カ国に生産拠点を持ち、国内外のスタッフは600人。代表取締役兼チーフデザイナーの山口絵理子さんが目指している「家族的な会社」の姿とは。
ハフポストブックスから刊行された『ThirdWay 第3の道のつくり方』 の内容を再編集しながら、山口さんが実践する働き方・生き方「ThirdWay」の極意を伝える全13回連載の第8回。「組織」対「個」を論じます。
「組織」対「個人」をどう考えるのか
私は会社をつくった創業者なので、人に雇われたことがない。
だから、このことを100%理解できているかはわからない。けれども、9カ国に600人のスタッフがいるので、組織対個人というのはすべての国にとって共通のテーマであり、個人と組織の価値観をどう一致させ、異なりをどう尊重していくかは永遠の課題だと思う。
この大きな二項対立をいろいろな場面で感じている。
会社や店舗を「帰る場所」に
少しステレオタイプ的な見方ではあるけれど、これまでの日本の会社は「組織」を大事にして成長してきたんじゃないかと思う。
会社のゴールを優先させて、個人の幸せを犠牲にしながら働いてきた人もいるかもしれない。
組織につぶされながら、我慢をして満員電車に乗っているのが、漫画や映画で描かれてきた「典型的なサラリーマン像」だ。
その反動からか、世の中では「個人主義的な働き方」がここ数年で流行ってきたように感じる。
自分の給料やスキルアップを最優先にして、働いている職場が合わなくなったら転職するという働き方。
そうやって、人が会社と会社の間を行き来したほうが経済は元気になるし、最近だと大手企業でも副業を認めるところが多くなって、自分らしく働く環境が整ったのはきっとよいこと、だと思う。
会社は単に集まる「場所」なのか?
でも、だからといって、バラバラの個人が単に一時的に「集まる場所」に会社がなっていくのだ、と考えるのは少し寂しい。
同じ時期に、同じところで働くようになったというのも何かの縁だろうし、できれば会社が自分を成長させ、安心感を得られるような空間にしたいとも私は思う。
会社のゴールを強制的に押しつけるのではなく、個人を支えるようなコミットの仕方ができないだろうか。
経営者として常に向き合っている問いだ。
私は組織のあり方についても、個人主義的でもない、かといって集団主義的でもないサードウェイ的な考え方を探っている。
家族的な組織とは
私が会社づくりにおいて、目指してきたもの。
それを言語化してみると、「企業第一でも個人の力だけでもない、両者のいい部分をかけ算した〝家族的〟な組織」なんだと思う。
わかりやすい象徴が、私たちがバングラデシュで運営する工場のコンセプト。それは、「第2の家」。
もともと「マザーハウス」という社名にしたのも、「帰れる場所になる」という意味を込めたかったから。
「会社」は働く場所。「家」は住むところ。二つを区別する人も多いと思うけれど、私は最初から「ハウス」を会社の名前に入れたかった。
会社は「働きに行く場所」。
だけど、「守る場所」にもしたいし、「帰れる場所」にもしたい。
働いている従業員のみならず、お客様にとっても、ブランドを「家」のような存在にしたい。そんなことをビジネスの根っこの部分では願ってきた。
デザインと効率性のぶつかり合い
組織だけでなく、お店もそう。マザーハウスのお店の中のデザインを考えるとき、「リラックスして、家に帰ってきたような空間」を目指している。
店づくりの途中では、デザインと効率性がいつもぶつかり合う。
売り上げを大きく伸ばすためには、バッグや服は小さくたたんで、狭いスペースも無駄にせずに、できるだけ多くの商品を並べないといけない。でも、マザーハウスのお店は広々とした空間だと感じられるよう、「スペースの空き」にこだわっている。
空間だけじゃなく、働く人たちの姿勢が、必要以上に「売ることばかり考えている」ならば意味がない。
お店にモノを買いに来たというより、友達や家族の家に「帰ってきた」という感覚で時間を過ごしてくださるお客様もいるぐらいだ。
人を大事にする組織とは
会社で働いている従業員を「家族」みたいに考えて、組織を動かしていくと決めたなら、それなりにお金がかかることを覚悟しないといけない。
「人を大事にする組織」にするためには、給与、休暇、制度の充実が不可欠だから。でも、ベンチャーや小規模な企業の場合は、「そんなことやりたいけれど、やれない」というのが本音ではないだろうか。もどかしい思いを何度も味わっている経営者は少なくないはずだ。
だからといって、お金をかけて社員一人ひとりに対して、あの手この手で一生懸命サービスをする、というのとも少しニュアンスが違う。
本人の意思にできるだけ耳を傾けながら、組織として必要な結果につなげる方法を探ることが大事なのだと思う。
個人の〝やる気〟に勝るものはない
「あなたの人生が一つの物語だとしたら、クライマックスはどこですか?」
これは、マザーハウスで新しいスタッフを採用するときの面接でよく聞く質問だ。
話しながら泣いてしまう人たちも多いし、なかなか言えないようなパーソナルな悩みを打ち明けてくれる子も山ほどいる。
面接官であるスタッフみんなの姿勢がそうさせている。
目の前の相手を理解する気持ち、それぞれの人がもっている「違い」をそのまま受け止めていくスタンス。
「マザーハウス以外では僕は受け入れられないと思う」とまで言ってくれた社員は何人もいた。
両親が別々のルーツをもっていたり、性的少数者(LGBTQ)の事情を抱えていたり。
残念ながら、まだまだ日本の組織は、「みんな同じ」というモノカルチャーに染まりすぎているから、生きづらさを感じてきたのだろう。
組織でありながら、スタッフの「個人的な部分」にこれからも向き合っていきたいと思う。
山口絵理子さんの著書名「Thirdway(第3の道)」というメッセージは、ハフポスト日本版が大切にしてきた理念と大変よく似ています。
これまで私たちは様々な人、企業、団体、世の中の出来事を取材してきました。多くの場合、そこには「対立」や「迷い」がありました。両方の立場や、いくつかの可能性を取材しつつ、どちらかに偏るわけでもなく、中途半端に妥協するわけでもなく、本気になって「新しい答え(道)」を探す。時には取材先の方と一緒に考えてきました。
ハフポストは「#私のThirdWay」という企画で、第3の道を歩もうとしている人や企業を取材します。ときどき本の抜粋を紹介したり、読者から寄せられた感想を掲載したりします。