「お客様の声を聞くこと」は、ビジネスの世界においてごく一般的なこと。多くの会社が、市場のニーズを的確につかもうと分析を重ねます。
しかし、そこには「落とし穴」もある…。そう語るのは、途上国で生産したバッグやジュエリーを販売する「マザーハウス」代表取締役兼チーフデザイナーの山口絵理子さん。
どういう意味なのでしょうか?山口さんが、自身の「主観」を信じたことでつかんだことについて語りました。
ハフポストブックスから刊行された『ThirdWay 第3の道のつくり方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊) の内容を再編集して、山口さんが実践する生き方・働き方「ThirdWay」の極意を伝える全13回連載の第5回。「お客様の声」の罠がテーマです。
主観とお客様の声のはざまで
現在、デザイン、企画、製造に関わる多くの企業が、商品企画の段階で「顧客分析」をしている。
お客様は誰で、どんな特性があり、何を求めているか。顧客分析を通して、お客様の要望をとらえ、タイミングを図って、望まれるものを市場に投入する。
「お客様のことを真剣に考える」。その言葉は、非常にきれいで、ある意味では正しい姿勢だと思う。
私たち自身も起業して2、3年は、とにかく「お客様の声」を聞いた。
「持ち手がもっと長ければ」
「ポケットがここについていたら」
「ボストンバッグが欲しい」
さまざまなお客様の声を店舗から聞き、すぐに工場に伝えた。
工場にいる私は、「店舗からの声」を朝礼や、生産フロアで熱量を込めて現地の言葉で伝えた。瞬時に効果が出た。
みんなが一体となってお客様から工場までつながっている。そんな気持ちが生まれ「これこそ本当に密な製造小売だ!」と興奮していた。予算も達成し、百貨店での売り上げもフロアの最下位から、ぐんぐん上位に食い込んでいった。
しかし、問題はその先にあった。
「お客様の声を聞く」の落とし穴
ある程度の商品が出揃った時期から、お客様の声を聞くだけでは成長が続けられないことがわかってきた。
新商品を投入してからの成長が鈍くなっていく。店舗には、見慣れた色や形が並び、なんとなく「活気」や「新鮮さ」がなくなっていった。それは工場も同じだった。技術力がついてきて、ものづくりにも挑戦はなくなったように感じた。
そんなとき、ふと思った。
「お客様の声を拾い上げるだけではもう足りない」
不満を解消するだけでは、
これ以上先には進めないのかもしれない。
本当の意味での「デザイナー」になれ。
誰かにそう言われている気がして、揺さぶられた。
海外のトップデザイナーの作品を真剣に見るようにもなったのも、この頃だったと思う。
販売サイドを管理する山崎もまた、これまでの方法では限界だと感じていたようで、「もっと自由に、山口絵理子らしくデザインしてみてほしい」と言ってきた。
「私らしく」と言われても……。
しばらくは何からスタートすべきかわからなかった。
でも、ある講演会の帰り道、大きな花束をもらって、それを持ちながら満員電車に乗っているときに〝降りてきた〟。
「花ビラの形ってバッグの型紙にできるかもしれないな」
そんな突拍子のないアイディアをもって、バングラデシュに行った。
花びらの形
「ねえ、みんな、花ってきれいだよね。花びらの形ってなんだかバッグみたいじゃない? ここからバッグをつくってみよう」
リアルな花の写真をいくつか印刷してサンプルルームに貼った。
サンプル職人であるモルシェドは最初その発想にキョトンとしていた。しかし、しばらくしてから花びらの形を紙にトレースし始めた。
それを何枚か重ね合わせて、ふくらみがバッグの容量になってきた。
(おもしろい……)
最初にモルシェドが見せてくれたものは蕾みたいな形で、バッグとしては間口がせまくて機能しなかったが、私は言った。
「すっごくおもしろいよ!!」
「もう1週間も夜ずっと考えて……」
疲れ果てているモルシェドだったが、「何か新しいものをつくろう」という今までにない勝負師の顔をしていた。
個人の主観が感動を生む
それから私自身も手を動かし、サンプルルームは花びらの形をした革でいっぱいになった。それから数週間後、ようやく花びらがバッグになった。
それに合わせてジュートや革に染色をした。
赤や黄色の花びら型のバッグ─お客様の声にはまるでなかった色だったし、形だった。
日本で首を長くして待っていた山崎にも見せてみた。彼も「おもしろいな‼ やってみよう‼」と一言で大賛成してくれて、私たちは初めて素材に投資して、自分たちの主観だけでつくったモノを提案してみた。
「お客様の声を聞かない」初めての挑戦だった。
〝自分の内側〟を、私は初めてさらけ出した。
ドキドキしながら迎えた発売日。
その日は、一時期はマザーハウスの代名詞のようになり、ロングランヒットとなった「HANABIRA」シリーズの始まりとなった。
お客様が想像していないことに挑戦す
自分の内面から生み出したものを、こんなにたくさんの人が買ってくれたー。
そこからはもう夢中になって、デザインの仕事が楽しくてたまらなくなった。
それから夜空や風といった自然をモチーフにしたシリーズなど、私の内発的な感性から生まれた「コンセプトライン」は、シーズンごとに1型、2型と増えていき、今では全体の半分を超えるまでになった。
一連のプロセスを通じて、私はものづくりの楽しさも苦しさも教えてもらった。お客様が想像していないボールを投げることは本当に勇気がいる。
実際に新作の反応が悪くて、売り上げにつながらず、自分自身が否定されたようにショックで、何日も立ち直れないシーズンもあった。怖くて、はさみが動かせない時期もあった。
それでもこれまで15回、コンセプトラインを半年に一度以上の頻度で、必ず出してきた。
その過程で、「自分の感性を信じてみる勇気」が人々の心を動かし、数字をつくり上げるんだと実感した。
データ分析からつくられるものは
安定したヒットを生み出せるかもしれない。
しかし、それらは人々の心に感動を与えられるだろうか?
数字では計れない感動を生むのは、
個人の主観から生まれる創造なんだと思う。
「マーケットインプロダクトアウトか」という言葉がある。
お客様の声を大事にする「マーケットイン」。〝主観〟でまずは商品を出してみて、反応を試すという「プロダクトアウト」。
私は、それらは二者択一のものではないと今は思う。ここにも「サードウェイ」は、必ずあるはずだ。
たとえば、フォルムが斬新な「プロダクトアウト」でも、使いやすいポケットを内側につけて、お客様のニーズに応えられる。今までとは違う大胆な機能のバッグでも、色味は最近のお客様の好みに合わせる。
そんなふうに、主観とお客様のニーズをかけ算していくことで、お客様とキャッチボールしている感覚が私にはある。そうやって生まれたアイディアをさらに昇華させていくことが、私なりのサードウェイのものづくりだ。
(編集協力:宮本恵理子・竹下隆一郎/ 編集:大竹朝子)
山口絵理子さんの著書名「Thirdway(第3の道)」というメッセージは、ハフポスト日本版が大切にしてきた理念と大変よく似ています。
これまで私たちは様々な人、企業、団体、世の中の出来事を取材してきました。多くの場合、そこには「対立」や「迷い」がありました。両方の立場や、いくつかの可能性を取材しつつ、どちらかに偏るわけでもなく、中途半端に妥協するわけでもなく、本気になって「新しい答え(道)」を探す。時には取材先の方と一緒に考えてきました。
ハフポストは「#私のThirdWay」という企画で、第3の道を歩もうとしている人や企業を取材します。ときどき本の抜粋を紹介したり、読者から寄せられた感想を掲載したりします。