大きなビジョンと小さなゴール バングラデシュで起業した山口絵理子が大事にしてきたこと

【連載】マザーハウス・山口絵理子が歩む"ThirdWay”(第1話)
山口絵理子さん
山口絵理子さん
マザーハウス提供

「途上国から世界に通用するブランドをつくる」という目標を掲げ、途上国で生産したバッグやジュエリーを販売している「マザーハウス」。代表取締役兼チーフデザイナーの山口絵理子さんが起業してから13年がたった。

バングラデシュやネパールなど、各地の上質な素材に光をあてた商品で、いまでは日本国内だけでなく香港、台湾、シンガポールにも店舗をかまえるまでに成長した。

創業当時、大学院を出たばかりだった山口さん。「途上国から世界に通用するブランドをつくる」までに何を考え、どんな行動を起こしてきたのか。その歩みを語った。

ハフポストブックスから刊行された『ThirdWay 第3の道のつくり方』 の内容を抜粋したり一部編集しながら、山口さんが実践するThirdWayの極意を伝える全13回連載の第1回。壮大なビジョンを着実に遂行していくための思考法をお届けします。

山口絵理子さん
山口絵理子さん
マザーハウス提供

私がマザーハウスを起業したのは、大学を卒業して、大学院に進んだ後のことだった。気づけば13年もの時が流れた。

今では、自社の工場や工房が、バングラデシュ、ネパール、インドネシア、スリランカなどアジア各地にあって、毎日せっせと稼働している。

私がデザインしたジュート(バングラデシュの麻素材)や皮革のバッグ、小物入れ、そして最近ではジュエリーも生産し、日本、台湾、香港、シンガポールの路面店や商業施設内などの直営約38店舗を通して、お客様にお届けしている。

現地の素材を使ったり、地元の職人たちと一緒に働いたり。国の経済力などに関係なく、その国ごとの「個性」をどんどん引き出しながらブランドを育ててきたつもりだ。

まったく新しいタイプの工場づくりにも取り組んでいる。アジア以外のエリアへの進出も具体的になってきた。夢はどんどんふくらんでいく。

私は起業前、大学のゼミで途上国の発展を考えるための開発学を勉強していた。4年生のときはアメリカ・ワシントンの国際機関で働いた。だが、国際機関のスタッフは「現場」のことがまったくわからず、机上の空論でものごとを進めていることを知ったため、「アジア最貧国のことを知ろう」と、縁もゆかりもないバングラデシュへ。

空港に降り立ち、町へ出る。私はそのときの「におい」を今でも覚えている。

マザーハウス提供写真
マザーハウス提供写真
マザーハウス提供

泥沼のような、大衆浴場のような場所。その周りに、掘っ立て小屋が乱立し、異様なにおいを発生させている。ゴミをあさる人もいて、街中には、すえたにおいが広がっている。初めてのスラムだった。

「もっとこの国のことを知りたい」「バングラデシュの役に立ちたい」

私はそう思って、リキシャ(バングラデシュ式の三輪自動車タクシー)でダッカ市内の大学院に行ってそのまま勢いで入学し、そこから私の長い旅が始まっている。

こうした私の経歴を話すと決まって、言われることがある。

「信念の人ですね」

「ずっと社会貢献という理想を捨てずに生きていて、立派ですね」

褒めていただくのはうれしいが、「私はそんなすごい人ではないんだけどな……」と思ってしまう。

もちろん原点にあるのはバングラデシュ。「この国の力になりたい」という思いは消えていない。少しでもバングラデシュの人の暮らしをよくしてきたいと一日たりとも思わなかったことはないし、ぼろぼろになりながらも、自分の信じた道を突き進んできたという自負はある。

でも、社会貢献がしたいという思いだけではビジネスはできない。

日本では約200人、グローバルでは約600人のスタッフが

マザーハウスで働いている。

給料を払い、彼らの家族をも支えなくてはならない。

社会的に熱い思いがあったとしても、現実に出店している商業施設では、100年以上の歴史のあるビッグメゾンが立ち並び、一方では、ファストファッションがどんどんお客様を吸い寄せていくような環境で、プロダクトとして勝ち続けないとビジネスは続かない。

私が肌身離さず抱えてきたテーマは、「社会性とビジネスの両立」。相反する概念と思われがちなこの二つを、いかに共存させ、お互いに高めていくかという挑戦の連続が、私の13年間だったと言ってもいい。

マザーハウス店舗
マザーハウス店舗
マザーハウス提供

ゴールは小分けにして考える

「途上国から世界に通用するブランドをつくる」

マザーハウスのビジョンは非常に大きくて、やや抽象的だ。

途上国に住む人の仕事を生み出して、豊かな国づくりをお手伝いしたいという「社会性」のイメージが強い目標。それでいて、職人たちには厳しいプロ意識を求め、「東京をはじめ世界の都市で勝負できる商品をつくる」というビジネスの視点も忘れてはいない。

私は〝社会性〟と〝ビジネス〟という一見矛盾する二つのゴールを追い求めている。起業して13年になるが、歩いても、歩いても、毎年年末には「1年前よりも、私は夢に近づいているのだろうか……」と考えてしまう。

私たちマザーハウスはさっき書いたように、とてつもなく大きくて抽象的なビジョンを掲げて13年やってきたが、自己採点をするとどうだろう?

今、私たちは5カ国の途上国で生産し、4カ国の先進国で直営店をもっているので、少なくともまったくダメな「ゼロ」点ではない。

そんな私が、ビジョンとして掲げた大きなゴールに向けて進むうえで、心がけていることがある。

ゴールと現在地の間に、「小分けしたゴール」を準備する。

一つの「小分けしたゴール」を達成したら次を探す。

設定して、達成を目指す。

そうやって少しずつ進んでいく。

もしかしたら、会社や組織においての「中期目標」と近いかもしれない。

マザーハウスの場合、まず一つ目の「小分けしたゴール」は、バングラデシュ国内で、もっとも品質と労働環境がすぐれた工場を目指そうというものだった。

そのため、苦労もしたけれど、自社工場にこだわって運営をしてきた。こういう小分けしたゴールがあると、「途上国から世界に通用するブランドをつくる」という大きくて抽象的なビジョンが具体性を帯びてきて、行動に移しやすくなる(現在、バングラデシュ国内のバッグ産業では、おそらくもっとも高い単価の商品を輸出をしている)。

二番目の「小分けしたゴール」は、日本においてバッグメーカーとして代表格になることだった(現在、ちゃんと上位に食い込んでいる)。

そしてさらに次の「小分けしたゴール」として、ネパール、インドネシア、スリランカと生産地を広げ、アジアのものづくりを変えていく存在になることを掲げた。

こうしたいくつかの小さなゴールたちは少しずつ達成され、最近ではシンガポールのチャンギ空港に隣接した商業施設に直営店をオープンした。私たちが広げる地図は、確実に大きくなっている。

マザーハウス提供
マザーハウス提供
マザーハウス提供

大きなビジョンと小さなゴール

ゴールを小刻みにしていく作業は、とても繊細だ。

間違った時間軸で、ざっくりと刻む小分けの仕方をしてしまうと、達成できずにショックを受けることになる。

とにかく、今の自分、今のライフスタイル、今の心の余裕、それらをきちんと自己査定しながら、理想をブレークダウンしてみる。そうすることで、自分のビジョンがとてもよく見えるようになった。

大きなビジョンを掲げるとどれだけがんばっても、自分のがんばりが取るに足らないもののように思えてしまう。

私も小分けする習慣が最初からあったわけではないので、起業してすぐの頃は、毎年同じ時期に会う友人に「まだ何もできていない。何も成長していない」とグチをこぼしていた。

友人は意外に感じたらしい。

「へ?? そんなにがんばって、まだ何も成長していない? ストイックすぎない?」

その言葉を聞いて、私は気づかされた。たしかに、いろいろアクションも努力もしている。何も成長していないわけではないなあ、と。

私には大きなゴールしか見えていなかったのだが、そこにつながる道にはたくさんの交差点もあり、歩道橋もあり、右折左折もある。

「小分けしたゴール」たちを道にきちんと散らばせよう。最初の交差点にはもしかしたらもう立っているかもしれないな。

そう思えると、自分でもエネルギーが湧いてきた。つまり、経験から得た学びだ。

小分けしたゴールは自分次第でいくつでも配置できる。

最終ゴールまでの道のりが長すぎて息切れしそうなときには、

まずは小分けしたゴールの一つ目に向かおう。

ついつい「ゴールを現実に寄せる=妥協する」と発想しがちだけれど、それだと考え方がネガティブになってしまうし、理想から遠ざかってしまう。

そして、「ビジョンは大きく、抽象的で」と書いたのには理由がある。

「少年よ、大志を抱け」は、とても好きな言葉だ。

私がもし、「バングラデシュからバッグのブランドをつくる」という、今よりちょっと「小さめで、具体的な」ビジョンを掲げていたとしたら、生産国が5つに広がり、店舗が38店舗になっている今のマザーハウスは存在しない。自分で決めたビジョンの範囲が、すべての行動を決めてしまう。

だからこそ、「大志」と言えるぐらい大きいビジョンのほうが、小分けする楽しさも増えていく。そして小分けしたゴールのつくり方、たどり着く方法は、あくまで流動的に、柔軟に、時代や風向きに合わせてどんどん変えるべきだと思う。

(編集協力:宮本恵理子・竹下隆一郎/ 編集:大竹朝子)

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山口絵理子さんの著書名「Thirdway(第3の道)」というメッセージは、ハフポスト日本版が大切にしてきた理念と大変よく似ています。

これまで私たちは様々な人、企業、団体、世の中の出来事を取材してきました。多くの場合、そこには「対立」や「迷い」がありました。両方の立場や、いくつかの可能性を取材しつつ、どちらかに偏るわけでもなく、中途半端に妥協するわけでもなく、本気になって「新しい答え(道)」を探す。時には取材先の方と一緒に考えてきました。

ハフポストは「#私のThirdWay」という企画で、第3の道を歩もうとしている人や企業を取材します。ときどき本の抜粋を紹介したり、読者から寄せられた感想を掲載したりします。 

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