ものづくりをする上では、二つの「考え方」がある。
効率良く、たくさんのお客さんに商品を届けるための「大量生産」。一方、じっくりと一つ一つの商品をつくっていく「手仕事」。
「どちらにも良いところがあり、私は両者から学んでいます」。そう語るのが、マザーハウス代表兼チーフデザイナーの山口絵理子さん。途上国の職人の個性を生かしつつ、作ったモノがきちんと届くためのオペレーションも大切にしているそうです。「大量生産」は効率が良いが、同じような単純作業になりがちで、仕事の喜びが見いだしにくい。一方、職人の「手仕事」を大事にし過ぎてしまうとスピードが落ち、商品を安定したペースでお客さんに届けにくい。山口さんはどうしているのでしょうか?「ものづくり大国」日本が生かせるヒントを語ってもらいました。
ハフポストブックスから刊行された『ThirdWay 第3の道のつくり方』 (ディスカヴァー・トゥエンティワン刊) の内容を再編集しながら、山口さんが実践するビジネスの極意を伝える全13回連載はいよいよ第12回。マザーハウスのビジネスの“本丸”とも呼ぶべき、大量生産と手仕事の“ThirdWay”について語ります。
職人が作ってきた4000種類のバッグ
「美しい職人芸を、効率的なオペレーションでつくる」。
私たちのバングラデシュの自社工場では、それを実践している。
これまで作ってきた4000種類以上のバッグはすべて職人の手でつくられたもの。「手仕事」ではあるが、私たちの工場では毎月1万個近い数のバッグを生産している。「いかに手仕事を効率的に行うか」を考えて工場をつくってきた。
ほかの工場とのいちばんの違いは「ライン生産」ではないこと。生産フロアには、13の小さなグループがあって、それぞれがまったく違う型(モデル)をつくっている。「トートA」のグループ、「バックパックA」のグループ、という具合に。
それらのテーブルは、裁断チームが素材を切った後から、最終仕上げまで、一括して、担当する。
だから工場なのに、「僕は、このバッグを担当する」という言葉が、職人たちからよく聞かれる。ある意味、職人が一つのパーツだけを黙々とつくる「分業」ではないのだ。
さらにもう一つ、このテーブルの利点は、不良品が出たときにどのテーブルが責任者なのかを明確にすることができる点だ。
私たちの商品にはお客様に見えないところに小さい数字の書かれたタグがついている。
その数字をトレースすると、いつ、どのテーブルでつくられたのかがわかり、日本から不良品の情報があがると、常に生産テーブルへとフィードバックする仕組みになっている。
各モデルの売り上げが明確になると、テーブルごとの競争意識も生まれ、職人のモチベーションにつながる。
たとえば糊(のり)をつける職人が、一日中糊をつけている姿を従来の「ライン生産」工場で見てきて、感じたことがある。
「この職人さんの技術は成長するんだろうか?」
「一人ひとりの職人の技術力を高めるためには、ゼロからバッグをつくれるようにならないといけない」
テーブル方式は、そんな問題意識から生まれた。
テーブルごとに生まれる「小さな工夫」
確かにライン生産の方が、スピードは速い。
でも、テーブル生産では、手仕事を効率化する小さな工夫がたくさん見受けられる。
たとえば、道具入れ。
同じテーブルのすべてのスタッフが手に取りやすいように、どんな形がいいか、どこに置くのがいいか、彼ら自身が開発し、工夫して配置している。
あるいは「コバ塗り」という革の端になめらかな処理をし、色を塗る作業。
これはもっとも時間がかかる作業だ。
彼らは自分たちで、わずか数ミリの革の端に均等に色を塗れるスティックや、染料を入れたポットを開発した。
それから、糊をつける作業。
一枚一枚塗るのではなく、均等な段差をもって革を配置し、いっぺんに大きなハケで塗る。
これもまた一つの小さな工夫だ。
そのような工夫を自分たちで考えることを奨励されるのは、テーブルごとにきちんと「品質」と「スピード」を評価する、全体の人事評価制度があるからだ。
私たちのバッグは、よく「手仕事なのに安いわねえ」と言われる。
それは、こうした効率的な生産の工夫をふんだんに取り入れているからで、そのヒントの多くは、大量生産型工場にあった。
素材管理の方法、前述した評価制度、梱包するときの流れ作業の工程などもそのほとんどは大量生産型の工場で効率性を突き詰めた上に生まれた知見を参考にしている。
価値観によって違う「仕事の意味」
大量生産と手仕事では働いている人の考えも、価値観もまったく違う。
おそらく「仕事」という言葉の意味も違うかもしれない。
だからこそ、これまでこの両者は同じ世界にいるようで、実はまったくと言っていいほど交流がなく、むしろ批判し合ってきたのではないだろうか。
対極として見られることに慣れすぎて、お互いのよさを発見して組み合わせてみようという発想すら、もてなくなってしまっていたのかもしれない。
私はそこに大きな可能性を感じている。
大量生産と手仕事のよさをピックアップし、かけ算し、新しい付加価値を生み出す。
それこそが、また新しい需要をつくり上げる可能性を秘めていると思うのだ。
妥協じゃない、新しいものづくり。
これこそが、サードウェイ的ものづくりだと、私の胸はずっと高鳴り続けている。
新しい付加価値はきっと、新たな価格や形状も含んだものになるだろう。
バングラデシュで実践しているサードウェイの方法は、必ずしもネパールやインドネシアで応用できるものではない。
それぞれの国に適した、異なるサードウェイが必ずある。
それを見つける旅が、本当に楽しい。
最近立ち上げたインドのマザーハウスでは、ガンジーの時代から紡がれていた手紬手織りのコットン生地(カディ)を、お洋服にしている。
ここでもまた、手仕事の村にいかに効率性を取り入れられるかの実験をしている。
そして効率的になる一方で、もっともっとその人にしかできない技術や、手仕事の付加価値の高みを目指していきたいと思っている。
最終的には規模でも質でも、その国に合った方法で、国や地域や職人の「個」の力を引き出すことができたら─。
価格競争を避けながら、国際市場のスポットライトをすべての国に当てることができるのではないか。
私はそれを夢見ている。
(編集協力:宮本恵理子・竹下隆一郎/ 編集:大竹朝子)
山口絵理子さんの著書名「Thirdway(第3の道)」というメッセージは、ハフポスト日本版が大切にしてきた理念と大変よく似ています。
これまで私たちは様々な人、企業、団体、世の中の出来事を取材してきました。多くの場合、そこには「対立」や「迷い」がありました。両方の立場や、いくつかの可能性を取材しつつ、どちらかに偏るわけでもなく、中途半端に妥協するわけでもなく、本気になって「新しい答え(道)」を探す。時には取材先の方と一緒に考えてきました。
ハフポストは「#私のThirdWay」という企画で、第3の道を歩もうとしている人や企業を取材します。ときどき本の抜粋を紹介したり、読者から寄せられた感想を掲載したりします。