震災直後、弁護士がしたこと その3<震災相談4万件のデータベース化>

弁護士に相談した被災者のすべての声をデータベース化し、課題をフィードバックすると同時に、法改正にも活用する。これこそが、被災地外の弁護士にしかできない、復興支援であると確信しました。

■弁護士に何ができるのか

2011年3月11日のその瞬間は、霞ヶ関にある内閣府合同庁舎の8階にいました。2009年10月より、内閣府に出向し、行政改革や規制改革を担当していたのです。ビリビリという小刻みな震動の後、長時間にわたる激しい揺れに襲われ、机の上に積みあがっていた書類は全て吹っ飛んでしまいました。直後のテレビの画面には信じられない光景が映っていました。沖から何本もの白い筋が沿岸に向っていて、次々と田畑や家屋や自動車を飲み込んでいきました。これが「津波」というものなのかと愕然とし、ただただ「大変なことになった」という認識しか持てませんでした。

弁護士の自分に何ができるのか

3月下旬には、津久井進弁護士らが立ち上げた「saigai-ben」のメーリングリスト(ML)に入りました。内閣府勤務の利点を生かし、政府発出の支援情報にアンテナを張り、情報が公開されるたびに、MLに流すようにしました。4月になってすぐに弁護士会の無料電話相談も担当しましたが、多くは宮城県都市部で地震被害を受けた方であり、電話すらできない津波や原発事故被害に遭った方の声には触れられないでいました。もっとできることがあるはずでは。経験を還元できる余地はないのか。自問自答を続けていました。

■埋もれかけていた3000件の声

4月初旬頃、本当の被災地のニーズを知りたいと思い、震災直後から行政や住民向けの相談活動を始めたという、岩手県宮古ひまわり基金法律事務所の小口幸人弁護士に連絡を取りました。小口弁護士によれば、被災各県の弁護士会が実施した無料法律相談の結果が、「やりっぱなし」で積みあがっているということでした。弁護士作成の相談記録(相談票)は、3月下旬から4月初旬までに、3000件以上になっていました。データ入力していた弁護士会もありましたが、その活用や分析にはとても手が回っていませんでした。これは、弁護士が収集した被災者のニーズが日の目を見ることなく埋もれていることを意味しましたが、当時それを指摘する者はいませんでした。

弁護士に相談した被災者のすべての声をデータベース化し、課題をフィードバックすると同時に、法改正にも活用する

これこそが、被災地外の弁護士にしかできない、復興支援であると確信しました。小さな声を集めて形にし、多くの方に伝える。内閣府で政策形成過程に関わってきた経験が、私にヒントを与えてくれたのだと思います。あのとき小口弁護士に電話をしていなければ、『災害復興法学』も、この連載も誕生しなかったはずです。

■被災地の声から政策課題を発見せよ

弁護士の相談記録には、被災された方の、絶望的ともいえる生々しい声が記載されています。それは震災直後の報道などでは知りえない情報でした。「家も、家族も、仕事も失った。まずはどこで、なにをすればいいのか、これから何が起きるのか」「関係団体から借りたローンが返せないが誰にも相談できない」という、想像を超える悲痛な声です。私は、「既存の法律で対応できないことが多く出るはずだ。法改正が絶対に必要になる」と思いました。そのためには、「生の声」を集め、そこから課題を発見しなければなりません。さらに、制度改正の根拠とすべく、数値によって「見える化」することが必須だと考えました。

私は、すぐさま日弁連の幹部に面会を求め、全国の相談記録を集めて、データベース化し、分析する権限をもった専任のポジションが必要だと直談判しました。言うからには、その役目は自分が担うしかないと覚悟はしていました。結局、異例のことですが、内閣府職員を続けながら日弁連災害対策本部室長にも就任することになったのです。4月中旬のことでした。

■運命の出会いがデータベース化を実現

2011年4月、日弁連研究員に採用された小山治・現同志社大学助教との出会いは運命的でした。教育社会学者で、専門社会調査士等の資格を活かして常時膨大なアンケートの取りまとめを行っているというのです。

東日本大震災の無料法律相談はすでに4000件以上になっていました。今後、それらを集約して分析しなければなりません。後につながるデータベースをつくるには、どうしたらよいのか。膨大な被災者の生の声をまとめ、被災地の「リーガル・ニーズ」を「見える化」したい。報道機関や政策担当者が有効活用できる基礎資料としたい。課題を伝えると、小山助教は、これに添うかたちで、法律相談情報の入力フォーマットをつくりあげました。集計や入力のミスが少なくなるよう、データが抽出しやすくなるよう、工夫されていました。

この二人は出会うべくして出会った

周囲からはそう言われましたが、この未曽有の危機において何か引力が働いたとしか思えませんでした。実際の相談入力作業は、全国の弁護士有志が無償で引き受けてくれました。皆の思いに感動を禁じ得ませんでした。私自身も、特に夏頃までは、休日もすべて返上して、連日真夜中まで、相談の入力・分類作業に没頭しました。内閣府の勤務時間後に、入力後全データのチェックも行いました。この時期は何かに取りつかれたような状態だったのかもしれません。

■声を聴いた「責任」がある

被災地から送られてくる相談票の解読と入力は、法律家でなければ困難です。時間を惜しんで記録した相談票には、暗号のような図表や単語も散見されますが、法律家であれば、自らの経験に照らし、相談を再現できる蓋然性が高いのです。どんな些細な声も無駄にしないためには、法律家の手で改めて見直すことが重要でした。さらに、その相談を「借家」「相続」「行政相談」「ローン」「税務」「保険」など24のカテゴリーに分類します。この作業もまた法律家しかできない作業でした。

そのころ小山助教が私に述べた言葉は、今でも胸に刺さっています。

「弁護士の無料法律相談から導き出されるさまざまな事情は、アンケート調査で得られる情報より、はるかに重みがあります。その情報は、弁護士がその地位にもとづいて、対話の中で聞き出した『真実』に他ならないからです。アンケートでは決して得られない情報です。」

このことは、私自身も常々思っていたことであり、大変な作業を支えるモチベーションでした。私が忘れられないのは、続けられた次の言葉でした。

「入力は常に正確に、何重にもチェックをかけて行うべきです。バグを取り除き、データ取り違えがないようにしなければなりません。万一、1件でもミスをすれば、その声はなかったことになってしまいます。そして、間違った声が世界中に発信されるということになるのです。それは被災された方にとって最大の背信です。だから、絶対に正確なデータを作らなければなりません。正確な情報のとりまとめ、それこそが最大の支援です。」

声を聴いた責任、それを発信する責任が大変重たいものであることを改めて自覚しました。

■データベースから政策形成

多くの弁護士や研究者や事務局の協力を経て、1年余りで4万件を超える相談がデータベース化されました(東日本大震災無料法律相談情報分析結果)。

その過程で多くのニーズを「見える化」し、発信したのです。たとえば、メディアや政府に、「二重ローン問題」対策の必要性を強く印象付けたのは、沿岸部において住宅ローン問題の相談が2割近くもあることを、証明できたからではないでしょうか。

また、データベースを活用して「生の声」から「政策」を形成する技術や活動は、今後の巨大災害に立ち向かう知恵でもあります。これを伝承するのは、4万件の声を毎日のように追体験してきた者の責任ではないかと考えました。これこそが『災害復興法学』誕生の原点です。このほかのエピソードは、同名の書籍にも多数収載していますが、追って、この「弁護士が見た復興」の連載の中で紹介したいと思います。

■すべては人と人の繋がり

非常時において頼りになるのは、組織や役職の抽象的な繋がりではなく、人と人との繋がりではないかと思います。私は、出来る限り、「あの人とあの人を繋いだら、きっと素晴らしい化学反応が起きるのではないか」という発想を持つようにしていますし、そう思った時は「人繋ぎ」を実践しています。表面上のポジションにこだわるのではなく、キーとなる人と人とをどう繋ぐか。これもまた巨大災害を経て伝えていくべき教訓であると信じています。

(2015年3月14日「東北復興新聞」より転載)

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