フランス南部のペルピニャン(Perpignan)地方に、人口8000人程度の町エルヌ(Elne)がある。この小さな町が、世界の注目を集めることになった。それは、地元出身の画家エティエンヌ・テルス(Etienne Terrus、1857~1922年)の作品を集めた美術館で、収蔵作品140点のうち82点が贋作であることが判明したからである。
贋作の歴史は長い。絵画収集家は作品よりも、サイン、つまり誰が作家かを見て作品を買う。そこにつけ込む詐欺師たちがいる。いくつかの例をあげる。
1960年後半から1970年代にかけて世界中で大問題となった美術品偽造事件であるルグロ事件はよく知れている。
その顛末については、贋作者であるレアル・ルサールが書いた告白本、『贋作への情熱:ルグロ事件の真相』、(鎌田眞由美訳、中央公論社、1994年)に詳しい。1964年、日本の国立西洋美術館も、アンドレ・ドランの「ロンドンの橋」、ラウル・デュフィの「アンジュ湾」をルグロから購入したが贋作であった。
実際に描いたのはレアル・ルサールであったが、彼は、ヴァン・ドンゲン、モディリアーニ、ドラン、デュフィなどの贋作を大量生産したのであった。
フェルメールは作品の数が少なく、世界中に熱狂的なファンが多い。このオランダの大家の贋作を描いたのが、ハン・ファン・メーヘレンである。この事件については、フランク・ウイン著『私はフェルメール:20世紀最大の贋作事件』(小林賴子・池田みゆき訳、ランダムハウス講談社、2007年)が興味深い。
彼が真相を告白したことによって、それまでフェルメール作とされ、有名な美術館に収まっていた作品が、次々と偽物でることが分かっていった。
もう1人、ギィ・リブという男がいる。彼は1948年生まれで、1975年頃から有名画家の模倣をはじめ、1984年頃から本格的な贋作活動を行うが、2005年に逮捕される。ピカソ、ダリ、シャガール、マティス、ルノワールなど、みごとに描いていった。彼自身が書いた手記が『ピカソになりきった男』(鳥取絹子訳、キノブックス、2016年)である。
2012年のフランス映画「ルノアール陽だまりの裸婦」は、ルノアールの生涯を描いた秀作であるが、彼は、年老いてリューマチで悩むルノアールの手の役を演じた。
贋作は、美術市場、作品の評価、美術品流通のあり方など、様々な問題を浮かび上がらせるが、結局は人間の欲望が背景にある。
エティエンヌ・テルスという画家は、日本ではほとんど知られていない。しかし、今回の贋作事件で有名になり、またエルヌの町を訪ねる観光客も増えるかもしれない。そうなれば、贋作の思わぬ効果となろうが、町や美術館が贋作に支払った金額が回収できるかどうか。
フランス警察が捜査を開始したが、贋作に関わった者たちを特定するのはさほど困難ではあるまい。
(2018年5月1日舛添要一オフィシャルブログより転載)