対テロ戦争・欧州は米国の誤りを繰り返すな

ISは、欧州諸国をシリア内戦に引きずり込むことによって、「欧州人は中東でイスラム教徒を殺している」というプロパガンダを行い、自分たちの組織の戦闘員をさらに増やすことをめざしている。

 2015年の師走。ヨーロッパの街角では、クリスマスツリーが立てられ、商店街はプレゼントを買い求める市民で賑わっている。

欧州市民の頭上にはテロへの不安が漂っている。写真はミュンヘンのクリスマスの市(筆者撮影)

だが今年のヨーロッパには、テロと戦争の暗雲が垂れ込めている。今や欧州版の対テロ戦争の幕が、切って落とされようとしている。

11月13日・金曜日の夜にパリでテロ組織「イスラム国(IS)」がコンサートホールやレストラン、サッカー競技場を襲って130人の市民を殺害した事件は、フランスだけでなく世界全体に強い衝撃を与えた。

*無差別攻撃にエスカレート

パリでは、今年1月にもイスラム過激派のテロリストが風刺新聞「シャルリ・エブド」の編集部とユダヤ系のスーパーマーケットを襲撃し、17人が殺害された。だが今回のテロ事件は、1月の事件と大きく質が異なる。

11・13事件で犠牲者になった人々は、予言者ムハンマドを風刺するなどして、イスラム教徒を憤慨させたわけではない。テロリストたちは完全に無差別に、市民たちに自動小銃を乱射した。彼らにとって、殺す相手は誰でもよかった。1人でも多くのパリ市民や観光客を殺すことによって、社会に恐怖感を与えることが最大の目的だった。

8人のテロリストが3つの班に分かれて、ほぼ同じ時刻に攻撃を開始するという、長期間にわたって周到に準備された犯行だった。彼らはフランスで初めて、自爆ベストを使って自決した。自爆ベストの製作や調達には、時間がかかる。これも、テロ組織による計画的な犯行であることを示している。

フランスは今年9月から、シリアのISの拠点に対する空爆を行っていた。ISは、11・13事件をフランスの空爆に対し、パリ市民という「ソフト・ターゲット」に銃弾を浴びせることで報復したのだ。

1月のテロ事件の直後には、「言論に対する攻撃は許さない」として数百万人の市民がパリの路上を埋めてデモ行進を行い、外国の首脳たちもパリに駆け付けてフランスへの連帯を示した。

*オランドは「戦争行為」と断定

だが今回の事態ははるかに深刻である。そのことはオランド大統領がこの攻撃を「戦争行為」と断定して、非常事態を宣言したことに表われている。非常事態宣言によって、集会の自由が制限されたほか、警察は裁判所に令状なしに家宅捜索を行うことができるようになった。欧州の雰囲気は、2001年9月11日にニューヨークとワシントンDCで同時多発テロが起きた時の米国に似ている。

いまフランス人たちは、「シャルリ・エブド」事件の時よりも深い悲しみの中に沈み、テロリストたちに対する強い怒りを抱いている。

オランドは武力によってテロ組織と対決する道を選んだ。フランスは空母「シャルル・ドゴール」を地中海に移動させ、ISの拠点への空爆回数を増加させた。だが、アフガニスタンの例を見ればわかるように、テロ組織を空爆だけで壊滅させることは、不可能だ。地上部隊の投入は不可欠である。このためオランドは、欧州連合(EU)のリスボン条約に基づき、「フランスは軍事攻撃を受けたので、他の加盟国はフランスを軍事的に支援してほしい」と要請。英国は、フランスの空爆を支援する姿勢を表明した。オランドは米国のオバマ大統領、ドイツのメルケル首相とも次々に会談し、支援を求めた。

その結果、ドイツ連邦議会は12月3日に、連邦軍がシリアとイラクでISと戦う有志国連合に軍事的支援を与えることを承認。具体的にはトルナード電子偵察機や空中給油機を派遣するほか、フリゲート艦を地中海に送って、シリア沖に展開するフランス軍の艦船を警護する。約1200人のドイツ軍将兵は、12月中旬には中東地域へ向かい、米国のタンパとクウェートに司令部を置く、米国中東派遣軍の指揮下に入る。

フォン・デア・ライエン国防大臣は、「ドイツも、ISの標的だ。ドイツを守るための戦いは、シリアでも必要だ」と述べ、フランスと連帯して戦うことの重要性を強調した。だがドイツ政府は、地上部隊の派遣も含めて、戦闘任務への参加は拒否している。

*武力だけではテロ問題は解決できない

フランスでは、極右政党「フロン・ナショナール(国民戦線=FN)」が近年支持率を増している。再来年に大統領選挙を控えたオランドは、同国史上最悪のテロ事件で軟弱な姿勢を見せた場合、FNに多くの有権者を奪われる可能性がある。したがって、彼は米国のブッシュ大統領が見せたような、「テロと戦う強い指導者」という顔を見せているのだ。

極右政党FNのデモ(パリにて筆者撮影)

だがフランスの軍事攻撃は、ISの思う壺である。ISは、欧州諸国をシリア内戦に引きずり込むことによって、「欧州人は中東でイスラム教徒を殺している」というプロパガンダを行い、自分たちの組織の戦闘員をさらに増やすことをめざしている。米国はアフガニスタンとイラクで苦しい戦争を行ったが、過激勢力の根絶には失敗した。

米国はアフガニスタンとイラクに侵攻する際に、明白な「出口戦略」を持っていなかった。このため、最近これらの国で治安が悪化しているために、両国からの撤退にブレーキをかけている。フランスが出口戦略を持たないまま、シリアでISに対する戦いを挑むのは、極めて危険である。

フランスが抱えるもう一つの大きな問題は、国内にすでに約1万人の過激勢力が住んでいることだ。彼らの大半は、アルジェリアやモロッコなどからの移民の子どもたちであり、フランス国籍を持つ。11・13事件の犯人たちの多くも、フランスかベルギーの国籍を持つイスラム教徒の子どもたちだった。彼らの中には学校でドロップアウトしたり、就職で差別されたりしたことのために、西欧社会に深い憎しみを抱いている者が少なくない。インターネットやイスラム教の礼拝所で過激派の思想に感化され、シリアへ渡って戦闘訓練を受けて、フランスやベルギーに戻ってくる者もいる。つまりISは、すでにフランスやベルギーに多数のエージェントを潜伏させているのだ。

フランス政府は、国内の差別問題、移民の多いバンリュー(郊外)と白人の多い地域が分離してしまっている問題(二重社会)について、解答を出さない限り、「ホーム・メード・テロリスト」の問題を根本的に解決することはできない。

ドイツでも今年は、約100万人の難民が流入し、外国人の数が急増する。大半の難民は、戦火を逃れてきた善良な市民である。しかし将来ドイツ社会に失望して、過激思想に感化される者が現れるかもしれない。ISが難民の中に戦闘員を紛れ込ませている可能性もある。

今後ヨーロッパでは、ISによる報復テロの危険が高まるだろう。12月5日には、ロンドンでテロリストと見られる男が通行人にナイフで切りつけ、負傷させた。これは、半年前からイスラエルで頻発しているテロ行為である。米国カリフォルニア州でも、2人のイスラム過激派が自動小銃で14人の市民を射殺した。

イスラム過激派の思想で洗脳された彼らは、ISから直接攻撃命令を受けなくても、自発的にテロを行う。ある意味では、マインドコントロールを受けたスリーパー・エージェント(残置工作員)が欧米の各地に潜伏しているようなものだ。捜査当局がこのような分散型・非集中型のテロ組織を摘発し、犯行を未然に防ぐことは、極めて難しい。

私は、2000年代前半に、自爆テロが吹き荒れるイスラエルを4回訪れた。その時の経験から、「欧州はイスラエル化する」と主張してきたが、残念なことに事態はそうした方向に進んでいる。

2015年は、残念なことにイスラム・テロの年となったが、来年はどのような年になるのだろうか。ヨーロッパ人には、米国が犯した過ちを繰り返してほしくない。

ドイツ・ニュースダイジェスト掲載の原稿に加筆の上転載

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