テレビは「オワコン」なのか?

広告のクライアントも、ページビューは多いけれど、出ている情報が信頼できないようなところより、安心して広告を出せるコンテンツのほうを希望しています。
Renold Zergat via Getty Images

―― 最近はテレビCMの販売収入が好調のようです。一時はインターネット広告の急激な成長によってシェアを取られてしまう、とも言われていましたがこの状況をどう見ていますか?

長澤 広告主・スポンサーは、テレビとインターネットをある意味でうまく使い分けています。テレビは「ブランディング」のため、例えば新商品の告知のために集中的にスポットCMを打つ、というような使い方ですが、インターネットはテレビを見ていない層に訴求したいと考えたり、もっとターゲットを絞って販促活動をしたいときに使う、といった感じでテレビとネットとの「棲み分け」が何となくできていると思います。

 ネット広告の場合にはダイレクトレスポンス系と呼ばれる通販関係のスポンサーが多いと言われます。

インターネットを通じて、パソコンを利用しているターゲットの人達の趣味や嗜好が把握できるからです。ヤフーのページを開くと人によって違うバナー広告が出るのはヤフーのほうがそういう利用データを活用しているからです。もちろんテレビでもターゲッティングとして時間帯や地域、番組の内容などである程度は行われていますが手法が全然違います。

 日本の広告費全体としてはこのところはほとんど増えていません。テレビ広告費も横ばいです。一方、新聞や雑誌の広告費はピーク時に比べて半分以下に激減しています。新聞や雑誌の読者が高齢化していること、それと新聞の案内広告はほとんどすべてがネットに置き換わりました。そういう意味で、テレビ広告はまだネットの影響を深刻には受けていないと言えると思います。

 アメリカではテレビ広告費が減少し始めていますが、もともとケーブルテレビによる視聴で番組が細分化されていて多言語・多文化対応をしなければならないなどテレビをめぐる環境が日本と異なっているところがあります。そこへアメリカではネット上の動画広告が発達してきてテレビのシェアを奪っています。このところ日本でもネット上で長尺のコンテンツが見られるようになってきましたがこれはユーザーの口コミ効果を狙ったものでアメリカほどの影響は今のところはないと思われます。

 日本のテレビは視聴者へのリーチが強く、視聴率というデータによってある程度広告効果も測ることができます。しかし、最近は平均視聴率も低下してきて視聴スタイルも録画視聴が増えるなどしているのでテレビとしてもインターネットを無視できない状況になってきているとは言えると思います。

―― 在京キイ局が共同で、来年からインターネットによる見逃し番組の配信サービスを開始する、と報じられています。

長澤 テレビ局が共同してコンテンツをネット上に出すというのは収益効率性が高いやり方だと思います。「ユーチューブ」などインターネットでコンテンツを流通させるプラットフォームと、そこへコンテンツを提供するテレビ局側とで、広告の販売権等イニシアチブをどちらが握るかの争いになると思っているからです。

 新聞がインターネットに進出しながら、結局ポータルサイトであるヤフーの一人勝ちになってしまったのは、各新聞社がバラバラに対応したからだと思います。ユーザーはパソコンでニュースを見る時に各新聞社のサイトからではなく「ヤフーニュース」から見るのです。ネット利用者の情報流通プラットフォームへの依存度がそれだけ高いとも言えるでしょう。

 ヤフーは、どんな利用層が、いつ、どのくらい、どのニュースを見ているのかといったデータを膨大に蓄積しています。そしてヤフーニュースではページビューの多いニュースを中心にマスメディアの編集経験者の視点も入れながらニュース項目を編成しています。ここで働いているのは実際には三〇人くらいでローコスト・高収益構造だと言うことができます。

 コンテンツ制作者の側では誰が何をどれだけ見ているのかといったデータを単独で多く収集するのは難しいですからテレビ局がそれぞれ独自にネット上でコンテンツ流通を手掛けるのは多難だと思います。ネットの世界では情報流通プラットホームは多様な利用層ごとのターゲッティングが可能で、さらに顧客を獲得するのに要した単価まで追跡し算出することができます。

 だから、テレビ局がそこまでしてネットの世界に入って行くべきかどうか、という考え方もあると思います。ただ、それならテレビ局側が独自に「テレビ離れ」対策を取らなければならなくなります。それよりも各局が共同でリスクヘッジをしながら、番組に関する視聴データなどはなるべく内部で勝用できるようにしてネット進出する――というやり方は優位と私は思います。

 ネットの世界では、広告の「効率主義」が徹底していて、買い手のほうが値付けをするオークション的なものまであります。ある意味でそういう状況に慣れたスポンサーが、テレビメディアに対してどのような対応を取ってくるのか、ということを考えると、テレビ局のほうとしても番組が実際に視聴者にどのように見られているのか、といったデータを持っておくのは非常に重要なことだと思います。

 いま計測されている個人視聴率でもある程度は年齢や性別に関するデータを把握できますが、これだけインターネットが普及した今となっては中途半端なデータでしかない、という印象です。むしろ従来のような世帯視聴率で大きな傾向をつかみ販売するほうが効率的という側面もあるでしょう。

 ただ視聴者にどのように見られているか、ということは、例えば深夜帯で視聴率が低い番組でも、若者が見ているというデータを出せる番組なら生き残れる時代はきつつあるということです。若者をつかんでいることがわかれば、若者向けのスポンサーがつく、ということですから。ネットではあたり前の事ですが。

 地デジのデータ放送も、情報を取るだけならインターネットで十分だということにもなりますし、双方向性といっても「上り」の回線をどう確保するかという問題が常について回ります。テレビ局が視聴者の利用データを把握するためにどうするかというのは難しい問題ですがインターネットの時代においてはコンテンツの利用データを情報プラットフォーム側が持つのか、テレビ局側が持つのかという勝負になると思います。そこには価格決定権が連動します。

 また、番組の出し方についても、最初にインターネットで有料配信して、その後で衛星放送や地上波で無料広告放送する、というようなやり方も考えられるでしょう。いちばん儲かる順番はどれか、ということを考える「マルチデバイスの編成力」といったものも、これからのテレビ局に求められることになるかもしれません。

―― そのようなテレビ局のネット展開はキイ局主導で行われていますが、系列ネットワークのローカル局は、どういうことを考えなければならないでしょうか?

長澤 ローカル局という存在は、このインターネットの時代には、非常に厳しいものになってしまうのではないか、という印象を私は持っています。仮に、ローカル局が自分でサイトを開設していても、そこへコンテンツを見に来るような視聴者は限られていると思うからです。番組供給をキイ局に依存しているようなローカル局にとっては、とくに厳しい状況になると思われます。

 ただ、ネットに進出することで、ローカル局が制作している質の高い番組が放送地域の視聴者以外には目に触れなかったものが、全国どこでも見られるようになる、というメリットはあると思います。例えばキイ局が共同で作る配信センターのようなところにそういう良質な番組を出していく、ということも考えられます。しかし問題は、各局がどれだけ番組制作にコストをかけられるか、ということにあります。ネット配信だけで番組制作の費用を回収する、というのは難しいと思います。

 地方紙の中には、観光情報なども掲載して、自分のエリアのポータルサイトになることにチャレンジしているところがいくつかあります。ローカル局としても、地方発の番組を全国に載せるチャンスと考えて、積極的にネットに進出することを検討してもいいと思います。いいコンテンツならスポンサーを得られると思います。ただ、それが局の経営を支えられるほどのものになるかどうかはわかりません。

 実際、私たち日本インターネット広告推進協議会の会員社は、九割が東京の会社で、地方の会員社はほとりません。

―― テレビの広告収入が好調な一方で、ラジオのほうは長期低落傾向が続いています。ラジオとインターネットの関係について、どのように見ていますか?

長澤 FM局のサイトを見てみますと、けっこう力を入れて作っていると思われるところがありますね。リスナーとのコミュニティづくりなどインターネットとの連動をかなり意識しているようです。各地方の地域産品の通信販売がネット広告によってこのところ売り上げを伸ばしているので、ラジオとしてもCM出稿ではなく物販連動でインターネットに本格進出する、というのも一つの手かもしれません。

 それと、ラジオはもともとリスナーとのコミュニティを作りやすいので、インターネットでリスナー層を把握することもできるでしょう。もちろんテレビも、番組のコミュニティを視聴者と作ることは可能ですけれども、サイズが大きすぎてメンテナンスがたいへんになってしまうおそれがあります。

 これは放送全般に言えることかもしれませんがそのようなコミュニティを作って管理できるノウハウを持っている人材やネットでビジネス開発できる人材が非常に少ないのではないでしょうか。実はインターネット関連の仕事をしている人の中で、マスメディアで仕事をしたいと考えている人は少なくないようです。スポンサーからの要求に従ってデータ分析ばかりしているような仕事よりも、番組作りなどクリエイティブな仕事をしたい、と考えている人が結構いるようなのでそういう人材を放送局が積極的に採用するのもいいかもしれません。テレビ局の中では、日本テレビにデジタルに強い人が多いなという印象を私は持っています。

長澤 私は電通にいたころ長く新聞の担当を務めていましたが、ネット新聞が、プラットフォームであるヤフーの一人勝ちになってしまったことは、新聞業界の失敗だったと思っています。

 一つは、新聞には宅配制度があるので、宅配の専売店を守るために積極的にインターネットに進出することが難しかったことがありました。もう一つは、新聞の読者として若年層を開拓することが十分でなかったことにあると思います。それと、先ほども言いましたが、新聞各社がバラバラにネットに進出して、新聞社間競争をネットの世界でもやってしまったことです。

 テレビ業界も、ネットの世界では視聴者をうまくカバーできるか、視聴者データをハンドリングできるかが問われています。ネット上ではプラットフォーム業者などにテレビのコンテンツに関するデータを吸い取られるリスクがある。しかし、ネットに進出しないとすると、若い人たちの「テレビ離れ」をどう防ぐか、という対策を迫られます。若い層にも受け入れられる、参加型の新番組を開発することなども求められるでしょう。

 新聞業界では「孫市場」、つまり孫を持っている世代を消費のターゲットにするような発想が出ているようですが、グローバル市場を相手にするなら、シニア世代だけをターゲットにする、というわけにはいきません。

 テレビ局は、テレビ局間の視聴率競争をネットの世界にまで持ち込むようなことをせず、手を取り合えるところは取り合って事業を進めるのが大事だと思います。たたかうべき相手はライバル社ではありません。そういう意味で、ネット配信を利用した見逃し視聴サービスをキイ局五局が共同で取り組んでいることは意義があると思います。また、ネット配信に際してCMを飛ばせないような仕組みを導入していることも、スポンサーからは歓迎される工夫と言えるでしょう。

 もう一つ、インターネットで気になることは、荒れている世界もあるメディアだということです。うっかりしていると出会い系のサイトやアダルト系のサイトにつながってしまったりして、はっきり言って無秩序とも言える状態です。

 そういう意味では、ネット側の要請としても、ちゃんとしたコンテンツが出てきてほしい、と考えています。その点、テレビのコンテンツはやはり質が高く、いろいろ問題があったとしても、まだ信頼性があると思います。

 広告のクライアントも、ページビューは多いけれど、出ている情報が信頼できないようなところより、安心して広告を出せるコンテンツのほうを希望しています。だから、マスメディアがこれまで培ってきた信頼性を、ネットの世界でも生かしてほしいと思っています。

 インターネット広告の売り上げが急激に伸びても、テレビ広告はそれほど落ちなかったのは、やはりこの信頼性にあったということだと思います。

*メディア総合研究所編集「放送レポート252号」より転載

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