テクノロジー分野の企業PR支援を生業に、プロボノで「テクノロジー・ネットワーク」を運営する中の人です。
昨日の出社が年内最後、仕事納めでした。今年は、業務の中の激変を包含しながら、プロボノ活動も発展させ、なんだか40代にしてようやく、人間として形になってきた気がしています。人生の折り返し地点でようやく、個人として発言することへの恐れを払拭し、自分のアイデンティティを定義しはじめました。そしてこの「アイデンティティ」というのが、今年をしめくくるキーワードでした。
Identity, Copyright Chad Lindstrom [Repost Prohibited]
師走の上旬に聴講したワールドマーケティングサミット東京 2017では、イノベーションがもたらすマーケティング変革(Transformation Through Innovation)が議論されました。概括すると、AIを含むテクノロジーの発展、データ活用による社会のデジタル化が進み、不確実性が高まる中で、企業が利益を上げるだけでなく、世の中に価値をもたらす商品、サービスを提供し、消費者とともに将来を作るマーケティングをどう実現するか、が国内外の経営者や研究者の多面的な視点、切り口で語られました。
このメッセージをどうくみ取り行動するか。考えつつ年の瀬が迫る中、新潟国際情報大学 安藤潤 准教授が執筆した日本経済新聞「やさしい経済学 アイデンティティと経済行動」連載で取り上げたアイデンティティ経済学は、労働、消費を含む人間行動の理解を深めるものでした。ノーベル経済学賞受賞者でカリフォルニア大学バークレー校アカロフ教授とデューク大学クラントン教授が2000年に論文を発表したアイデンティティ経済学は、今年の10月開催WRD. IDNTTY.でカリフォルニア大学経済学者ジャン=ポール・カルヴァーリョ氏の発表テーマでもありました。(参考:「わたし」と「経済」の関係性を考える--アイデンティティ経済学とは何か?)
■「わたしとはどのような人間か」を考えて人は動く
筆者なりに「やさしい経済学 アイデンティティと経済行動」記事を要約すると、アイデンティティとは「わたしとはどのような人間か」を説明するもの、いわゆる自己同一性です。そして、合理的に説明できない人間の行動は、社会学と心理学を組み込んだアイデンティティ経済学のモデルで説明できます。
人間はさまざまな社会カテゴリーで特定のグループに属し、それぞれの行動規範があります。自分や他人が、その規範に従わない行動をとった場合、あるべき姿と現実の姿が一致せずアイデンティティが喪失します。これにより生じる不安を払拭して、「あるべき」と「現実」の一体感を取り戻そう、アイデンティティを守ろうとする結果、人間は損してでも、社会的ルールに従う、人を社会的ルールに従わせるよう動きます。(姿およびルールは原文中「行動規範」と記載)
例えば、男女雇用機会均等法の施行から30年、労働力人口が減少する日本で、今でも女性活用推進の政策が必要な理由が、アイデンティティ経済学で理解できます。日本には、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という伝統的な性別役割分担の行動規範が根強く残っています。職場には、長時間労働で働く男性のアイデンティティがあります。女性が男性の職場で働くことは、女性のアイデンティティを損ないます。そこまでして働きたくないと考える女性は、労働時間を調整しやすいパートタイム労働に就いたり、専業主婦になったりして、職場における女性活用が進みません。
また、『妻が同等に外で稼ぐことで男性としてのアイデンティティを失う』と考える夫は、家事を避けることでアイデンティティを回復しようとします。妻も、『夫に一定以上の家事を分担させることは女性としてのアイデンティティを損なう』と考え、夫の家事を抑制し、夫婦間の家事分担が変わりません。
行動規範の変化には時間を要しますが、日本でも男性の育児休業取得率が徐々に上昇してきたように、啓発活動などによって人々の規範を変えていくことはできる、と安藤氏は指摘します。アイデンティティモデルによる経済行動分析は、マーケティング応用の可能性が示唆されます。消費者のアイデンティティがどこにあり、どう消費行動に影響するかを分析することで、ヒットする商品の開発やプロモーションに役立つからです。
■労働者、消費者としてのアイデンティティ
上述のワールドマーケティングサミットで描かれたのは、経営者やリーダーが進めるべき企業の自己変革でした。同サミットを主導するノースウェスタン大学 ケロッグ経営大学院 フィリップ・コトラー教授は、マーケティングにおける、テラバイト級のデータのリアルタイム処理による消費者インサイト獲得と消費者接点の動的最適化をアナリティクス2.0と呼び、さらなる数値活用の有効性を唱えました。
Analytics 2.0
これにアイデンティティ経済学を重ねると、アイデンティティと人間行動のデータが、労働や消費に新しい解釈をもたらす可能性が期待されます。
そして、一個人としても、自分や他人のアイデンティティを考え、それぞれの成長、自己変革のためのアイデンティティ形成を考える、2018年への準備となりました。いよいよ今年もカウントダウンです。
(2017年12月29日「コウタキ考」より転載)