ノーベル生理学・医学賞を受賞された京都大学の本庶佑特別教授は、学生や若手研究者をとても大切になさる先生として知られる方ですが、実は私ども作新学院の生徒も、昨年その恩恵に浴しました。
年に一度は本庶先生から科学技術政策全般に亘りご指導いただくため会食の機会を頂戴するのですが、昨秋は丁度その際に、本学の高校生が修学旅行で京都を訪れていました。
折角の機会でしたので失礼を顧みず、会食前に生徒たちと面会のお時間を頂戴できないでしょうかと申し込むと、間髪を入れず快諾のお返事をいただきました。
しかしながら、修学旅行の直前に決定した日程だったため会場に現れた生徒は、トップ英進部の生徒わずか6名のみ。
いずれも女子で、特段に医学や理系を志望している生徒ではなく、わざわざ貴重なお時間を本庶先生に拝借しながら、そのご恩に報いることができるほどの話ができるのか、内心不安でたまりませんでした。
面会の前には、あらかじめ本庶先生の業績などについてきちんと学んで来るよう引率の教諭に指示し、迎えた面会当日。
緊張のあまり顔面蒼白になっている私を尻目に、会場に入って来た生徒たちは格別に普段と変わった様子もなく、目の前にいるこの人が世界的研究者であることを果たして理解しているのだろうかと、訝しく思えるほどでした。
全員が着席するや否や、なんと本庶先生から矢継ぎ早に生徒たちへ質問が!
そういう展開は予想だにしていなかった私の脳はパニックを起こし、さらにその質問に対し互いに顔を見合わせたりしながら明確な返答ができない生徒たちを前に、もう卒倒寸前。
とにかく、話を一旦こちらに引き取り、結局一から本庶先生の偉大なる研究成果について生徒たちに説明をし、なんとかその場を凌ぎました。
冷や汗ビッショリとなりながら、「それでは、予定したお時間も随分と超過してしまいましたので、...」と話を締めくくろうとした瞬間、生徒たちが自分のバッグから取り出したのは、なんと色紙!
それも一枚ではなく、それぞれが持ってきているではありませんか...
もう呆気に取られながら、「いや、それは余りにも失礼だから...」と私が制止するより早く、生徒は本庶先生に決然と色紙を差し出してしまいました。
先生とお会いするに十分な事前学習をして来たとは言えない面会結果となってしまっても、準備してきた色紙にサインを求めることだけは諦めない。
女子にありがちな抜け目のなさと途轍もないハートの強さに、私はただただ圧倒されるばかりでした。
次々差し出される色紙に、明らかに戸惑われながらも、本庶先生はその一枚一枚に丁寧に座右の銘とされている「有志竟成(ゆうしきょうせい)」という言葉をしたためて下さいました。
「有志竟成」とは、志を曲げることなく堅持していれば、必ず成し遂げられるという意味で、出典は『後漢書』、斉攻略など不可能だと思っていた光武帝が、それを成し遂げた耿弇(こうえん)を称賛して述べた言葉だそうです。
本庶先生の偉大さを認識していれば、とても畏れ多くてサインを求めることなど天地が逆さまになってもできるものではありません。
しかし、そこが若者ならではの「怖いもの知らず」が成せる技。
恥ずかしさと情けなさで、この時はこのまま消えてしまいたい!と思うほどのショックを受けましたが、本庶先生のノーベル賞が決まられた今となれば、あの女子生徒の蛮勇があったればこそ、本学にはこの色紙が存在している訳です(ただ所有者の生徒が卒業してしまえば、残るのは画像だけになるとは思いますが...
さて、この一件ですっかり意気消沈した私は、本庶先生に合わせる顔がないではないかと引率教諭に綿々と嘆きを訴えつつ、とにかくお礼状だけは生徒たちにしっかりと書かせるように厳命しました。
するとある日、トップ英進部のS部長が、「本庶先生からご丁重なお手紙を頂戴しました!」と興奮気味に、そのコピーを持参してくれました。
早速拝読すると、その文面には私がこれまで知ることのなかった本庶先生の、次世代を思うとびきりの温かさと強さが溢れていました。
このお手紙は学院の子どもたちにとって"宝"であることはもちろんですが、その内容は日本中、いえ世界中の子どもたちに伝えたい言葉なので、その全文を掲載させて頂きます。
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2017年11月17日
作新学院高等学校 様
冠省
過日、作新学院高等学校のみなさんと長楽館にて楽しいひとときを過ごすことができ、嬉しく思っておりましたところ、ご丁寧なお手紙をお送りいただき、ありがとうございました。
私との短い懇談の中で、それぞれが自分自身について考えることができたとのこと、そして今後の進むべき道についての足がかりをみつけていただけたようで、何よりと喜んでおります。
生徒のみなさんには、当日お話したように6つのCを大切に、輝かしい未来を進んでいただきたいとお伝えください。
Curiosity(好奇心)を忘れず、Courage(勇気)を持って困難な問題にChallenge(挑戦)し、必ずできるというConfidence(確信)を持ち、全精力をConcentrate(集中)して、諦めずにContinuation(継続)させること、また、いつか成長された折にお会いできることを楽しみにしております。
海外出張に出ておりましたので、お返事が遅くなってしまいましたこと、ご容赦ください。
今朝の寒さはひとしお、どうぞ皆様お体をお大切に。
不一
京都大学高等研究院
特別教授 本庶 佑
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教育という仕事に携わって来たからこそ、子どもたちを本庶先生に引き合わせたからこそ知ることができた、「有志竟成」という言葉と6つの"C"。
本庶先生の言葉をいつも心に、自分自身もいつか本懐を遂げるその日まで精進し邁進せねばと心に誓う、ノーベル賞決定でありました。