クエンティン・タランティーノ監督の最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の劇場公開(8月30日)を前に、タランティーノ監督と主演を務めたレオナルド・ディカプリオ、プロデューサーのシャノン・マッキントッシュが来日。東京都内で8月26日、記者会見を開いた。
ディカプリオの来日は、2016年3月に『レヴェナント: 蘇えりし者』のプロモーション以来3年5カ月ぶり。タランティーノ監督は2013年2月に『ジャンゴ 繋がれざる者』の公開以来、6年半ぶりの来日となる。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』どんな話?
タランティーノ監督にとって9作目となる『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、ヒッピー文化が全盛期を迎えた1969年8月9日に発生した女優シャロン・テート殺人事件を題材にしている。
事件では、チャールズ・マンソン率いるカルト集団「マンソン・ファミリー」が、『戦場のピアニスト』などで知られるロマン・ポランスキー監督の当時の妻で妊娠中だったシャロン・テートを友人ら3人とともに刺殺。その残虐性から全米を震撼させ、事件を起点にヒッピー文化は衰退していった。
さらに、1969年は、反体制的なアウトローを主人公とした「アメリカン・ニューシネマ」が台頭し、ハリウッドが変革を迎えた時代だ。
タランティーノは作品について、「この時代はカウンターカルチャーが変化し、ハリウッドという街や業界も変化していた時期。シャロン・テートの事件に至るまでの時間軸で物語を描くことで、この時代を歴史的に掘り下げられておもしろいのでないかと思った」と説明。
映画を愛するタランティーノ監督が、ディカプリオとブラッド・ピットという2大スターとともに、激動のハリウッドをどう描くのか。多くの注目を集めている作品だ。
ディカプリオは同作で、西部劇の人気テレビドラマに出演したものの、落ち目を迎えている俳優リック・ダルトンを演じている。初共演となるブラッド・ピット扮するクリフ・ブースは、リックに雇われた付き人でスタントマン、そして親友でもある。
ディカプリオは、ハリウッドスターとしての自身のキャリアと作品を重ねて、「今の状況、仕事がある俳優であること、決定権や選択肢が与えられた俳優でいられること。それ自体が、俳優としては奇跡だと思います」と感慨深げに振り返った。
質疑応答の一部は以下の通り。
ーーリックという役を演じるにあたって、何を大切にして役作りしたか?
レオナルド・ディカプリオ:たくさんの俳優を参考に役作りしました。リサーチした時に未知の世界に入り込んだ感じがしたんです。ご存知の通り、クエンティン・タランティーノ監督は映画マニアで、とんでもない映画の知識の宝庫なので、いろいろな映画や俳優を紹介してもらいました。
私はある意味、この映画は、この業界、ハリウッドという場への祝福のような作品だと思っているんです。私たちが愛した多くの作品に貢献した多くの俳優、多くは忘れ去られていると思うんですが。
役作りのためのリサーチの旅に出た時、リックというキャラクターを作るにあたって、私が知らなかった人たちのことを知りました。これまでほんの一部の人しか知らなかったんです。
どんどん文化が変わり、映画の作り方も変わってく中で、ハリウッドは魔法のような世界で、その中でリックはまだ仕事ができて、この業界に存在している。彼はラッキーな方なんだと思いました。こういうリサーチをしたことは、私に取っては素晴らしい経験になりました。
ーー69年の古き良き時代のハリウッドのセットやヒッピーカルチャーやファッションも見どころの一つ。監督自身、この時代を作り上げる上で、楽しかったことは?
タランティーノ:この時代に息吹を吹き込むこと自体がすごく楽しい作業でした。
特別な満足感を感じるのは、やっぱり、今実際に生きている街であるLAの時間を40年間巻き戻して、CGも一切使わず、スタジオ撮影もせず、バックロットのような場所でセット組むわけでもなく、実際にビジネスが日々行われていて、車や人通りもある日常の場所で、衣装や映画で使う様々なトリックを駆使して再現できたことです。
自分でも再現できたと自負していますし、そこに一番のマジカルな満足感を感じます。
ところで、1969年は、日本で、蔵原惟繕監督の『栄光への5000キロ』という大ヒット映画が公開された年だそうです。あと2日ほど日本にいるので、英語字幕付きのビデオがあったら、絶賛募集中です。
ーーみなさんの身の回りに起きたことのある奇跡は?
タランティーノ:この業界で映画のキャリアを続けてこられたこと自体が奇跡だと思っている。
9本も映画を作ることができて、日本にきても自分が誰だか知っている人がたくさんいて。96年にはビデオストアで働いていた自分がいたと思うと、本当にこれがミラクルだと思います。
たくさんの素晴らしい機会を与えられて、仕事だからではなく、一人のアーティストとして映画を作ることができる。仕事だからではなく、自分の道のりを前に進むという形で、物語を綴ってくことができる。
それがすごく幸運だし、そのことを絶対に忘れないでいようと思います。
ディカプリオ:監督の言葉に完全に同意するんですが、僕はハリウッドで生まれて、LAに育ちました。この業界を知っているので、俳優であり続けることがどれだけ大変なことかを知っている。
世界中からたくさんの人が夢を見てここ夢の国、メッカにやってくる。でも、なかなか夢を叶えられないというのが現実だと思うんです。自分はここで育ったので、学校帰りにオーディションを受けるというような生活ができた。
なので、今の状況、仕事がある俳優であること、決定権や選択肢が与えられた俳優でいられること。それ自体が、俳優としては奇跡だと思います。それについては、本当に感謝しているし、みんなと一緒に仕事ができたことも本当にミラクルだと思っています。
ーーみなさんにとってハリウッドとはどんな存在ですか?
タランティーノ:まさにレオとよく話していたことですが、ハリウッドには2つの意味がある。
一つは映画業界、そしてもう一つは街としてのハリウッド。作品はこの両方を扱った、あるいは描いた作品です。市民が住む街でもあり、同時に一つの業界として、大きな成功、中くらいの成功、小さな成功、小さな失敗、中くらいの失敗、大きな失敗・・・全てが隣り合わせにある街でもあります。
人々のポジションがどんどん変わってく街でもあって、そこが興味深い街でもある。感覚的にはずっと同じ高校に通っているような感じです。どう思う?レオ。
ディカプリオ:私もそう思います。
私に取っては、ハリウッドという街もLAも生まれ育ったところなので偏見もあると思いますし、かなり悪評、悪い人もいるのは確かです。
でも、私にとっては家族や友人のいる、私の一部。ある意味ここは夢の工場で、大きな成功も大きな失敗も生み出す。
世界中から集まった多くの素晴らしい人たちに出会えるし、政治的な意見が合う人もいる。僕にとっては、戻ってくるとハッピーな気持ちになる場所なんです。