平成の30年で「コスパ」の感覚は変わった。「安くても買わない」若者に、ブランドができること

流行のファッションより、日々こつこつのスキンケアの方がしっくりくる。それが女性のリアル
栗原洋平

「ブランド品よりも、ユニクロを着こなしてインスタで“いいね”が欲しい」

「いいものを買うなら、何度か着てメルカリでちゃんと売り抜きたい」など、ミレニアル世代の買い物感覚は多様化している。

平成という時代をファッション、コスメの観点で振り返ると、女性たちの「コスパ意識の変化」が浮かび上がってくるーー。

そう指摘するのは、ファッション編集者・軍地彩弓氏と、オルビス株式会社代表取締役社長・小林琢磨氏だ。日々変わりゆく流行で消費者を“動かす”ことが難しい時代、ブランドは何をすべきか? 2人が語り合った。 

ファッションを追い抜いたコスメ消費 

軍地 ファッションを生業としている者としては由々しき事実ではあるんですけど、2017年に初めて世帯支出で化粧品がレディスファッションを上回ったんですよね。

小林 そうですね。

軍地 確かにミレニアル世代を見ていると、それも必然だと感じるんです。彼らは圧倒的に「コスパ」主義。ファッションもメイクもシーズンごとに新作が出るけど、ファッションは一度着ると“バレてしまう”というか、新鮮味がなくなってしまうから、高いものを買うともったいないと感じる世代です。コスパのいいアイテムを買うか、いいものを買ったとしてもメルカリを活用して、上手に販売サイクルを回している。

でも化粧品なら、投資をした分だけ肌のキレイさや見た目に返ってくるし、インスタでもたくさんいいね!をもらえる。より確実なところに“投資”している気がします。

栗原洋平

小林 両者で一つ大きく違うのは、「切迫感」のようなものだと考えています。化粧品の場合、プロダクトの価格と効果には比較的連動性があって、歳を重ね、一度いいものを使うと、なかなかグレードを落とせなくなる傾向があります。ファッションだと、価格によって素材やデザイン、縫製などは変わってきますが、一定の価格帯の範囲内なら、そこまで違いは感じられないのではないでしょうか。

軍地 いまの女性たちのマインドとしては、「毎日を変化させたい」というより、「穏やかな毎日を少しずつアップデートしたい」みたいな、“安定の中での豊かさ”を求めているような気がするんです。

私自身、赤文字系雑誌の編集者として、ファッションに一番勢いがあった時期を見ていますが、当時は「今シーズンはこれが来る」とか「〇〇と△△のコラボアイテムが誕生」とか、次々と新しい情報を提供しては、それに女の子たちが飛びついていた。でも、いまはそう簡単にトレンドが作れなくなりました。

小林 確かにそういう意味では、ファッションよりもスキンケアのほうがしっくり来るのかもしれません。ファッションは「自分を表現する」ようなものだけど、スキンケアは「自分をより良くする」ものですから。

「安い」だけでは計れないコスパの本質

軍地 ハイファッションはもちろん素晴らしくクリエイティブなものだけど、これだけファストファッションが広がって、安価でもそれなりにトレンドを楽しむことができるようになったのも、影響は大きかったと思います。

10代、20代の子たちを見ていると、「ハイブランドを着てオシャレ」なのは当たり前すぎて、それに対する憧れも薄れてきています。

栗原洋平

軍地 それよりも、いかにインスタでかわいく表現できるかどうかが重要で、検索ワードでも「ユニクロ コーデ」「GU オシャレ」とかが上位に来る。ファッションにも「デフレ」が起きたというわけです。

これだけユニクロがファッショナブルになるなんて、10数年前には考えられませんでしたよね。いまやクリストフ・ルメールが「UNIQLO U」のクリエイティブ・ディレクターを務め、「ヒートテック」で、アレキサンダー・ワンとコラボレーションしています。

小林 僕らからすると、ヒートテックってスキンケアに近くて。要するに「保温」とか「保湿」とか、“スペック”をうたうことでマーケティングしている。

スキンケアも、高価格帯のものになるとある種ブランド化して、付加価値が生まれるのですが、中低価格帯のものは付加価値が付きにくく、どうしても「CoQ10」とか「ヒアルロン酸」とか、スペックをうたうことに行き着いてしまう。ですから、ユニクロのすごいのは本質的なコストパフォーマンスを追求しながら、ブランドとしての付加価値を高めているところだと思います。

軍地 ミレニアル世代と話していると、彼らのコスパ意識にも変化があって、「安ければいい」ではなくて、「安くても本当にいいものが欲しい」という意識が高まっているんですよね。例えば、一見コスパがよく見える福袋だけど、結局使えるものが1着くらいしかないなら「コスパが悪い」になる。

コスパ意識が細分化されて、“安かろう悪かろう”ではない時代になったからこそ、本質的な物の価値を理解した上でいかに妥当な価格をつけて商品やサービスを提供できるか、そのバランスの取り方をわかっているかどうかが明暗を分けているような気がします。

小林 同感です。「コスパ」の意味が、より本質的な価値を求めるものとなっている。

軍地 ファッションでいま勢いのあるD2C(ダイレクトコンシューマー)系のブランドでは、中価格帯でも本質的な価値を追求していて、素材や縫製といったスペック面だけでなく、サスティナビリティや社会貢献性のある企業理念を掲げているところも出てきました。ユーザーはその情報や背景も踏まえて、モノを選ぶ時代になってきています。

小林 化粧品もまさにそうですね。特にサスティナビリティは不可欠なものとなってきている。ですから、スペックはもちろんのこと、ブランドとして「イケてる」かどうかも含めてコストパフォーマンスを追求していく時代になってきていますよね。

その「イケてる」というのも、ブランドがドヤ顔して、購入者が「周囲にマウンティングできる」ものではなく、ブランドの思想や価値観がプロダクトを通して、いかに一貫性のあるものとして表現できているかどうか、ということなんです。

栗原洋平

軍地 それでオルビスは「ここちを、美しく。」 というメッセージを打ち出したんですね。

小林 そうですね。化粧品業界はいま二極化してきていると思うんです。一つは、美容医療といった高度化への方向性。グループ会社のポーラで発売した「リンクルショット メディカル セラム」はその最たるもので、化粧品で初めて「シワの改善」を厚生労働省から承認され大ヒットしました。美容と医療の領域はますます近づいていて、細胞レベルでシワやシミを消すことが不可能ではなくなってきた。化粧品メーカーの多くが高度な“スペック勝負”に振れようとしているいま、オルビスはもう一つの方向性である、思想や価値観の一貫性……いわばビジョンドリブンなストーリーの追求に重きを置きたいと思っています。その決断の理由は創業時に遡ります。

軍地 というと?

小林 1987年の創業当時、世はまさにバブル経済真っ只中です。あらゆるものが華美になっていって、アンチエイジングの概念が生まれ、オイルリッチな化粧品が人気を集めている中で、質朴さや「オイルカット」を打ち出した。余計なものは省き、シンプルに「人が本来持つ、肌を潤す力を引き出そう」と、オルビスが生まれたわけです。そしてバブルが崩壊し、デフレの時代になってから本質的な価値が認められ、売上を大きく伸ばすことができました。

時代は変わって、手段が変わっていったとしても、既存ブランド、つまり「固定概念的な価値観へのアンチテーゼ」を担うという原点回帰は大切なことだと考えています。

いま、ブランドに求められる「正しさ」とは

軍地 私も当時、マハラジャの取材に出かけたりしていましたけど、本当にどこもかしこもきらびやかで、女性はみんな化粧も濃くて、サンローラン、ディオールとか外資系コスメに殺到していましたよね。

小林 DCブランドブームもあって。

軍地 そうそう。赤プリ(赤坂プリンスホテル)のクリスマス予約が9月1日に始まるから、その日は大学の公衆電話に行列ができて……今思うととんでもないですよね(笑)。

栗原洋平

小林 確かに“すごい時代”でした。ただ、オルビスが成長期に入ったのは、それから少し後の1994〜95年あたりなんです。バブル崩壊後しばらくは、「3年くらいすれば株価も戻ってくるだろう」と、皆さん考えていたじゃないですか。それが、いよいよ元には戻らないぞ、となってからオルビスが伸び始めたのは偶然ではないと思っています。

軍地 徐々に低成長時代に突入する中でユニクロも伸び始めましたよね。2000年にはフリースの爆発的ヒットで一躍急成長を遂げました。

小林 時代の変遷でブランドという概念も、その中で少しずつ変わってきたように思うんです。それまではタンジブル(実体・手触り感のある)なものが重要視されてきたけど、よりダイバーシティを内包したサスティナブルな思想が求められるようになってきました。

軍地 最近、私もよくブランディングについて考えるんですけど、「ラグジュアリー」という概念すら変わってきています。

これまで「ラグジュアリー」といえば、高価なファーを着こなし、ドンペリを片手にカッシーナのチェアに座る……みたいなイメージだったけど、いまやルイヴィトンを擁するLVMHグループですら、素材調達や製造工程などトレーサビリティを確保したうえで、環境負荷のかからないモノづくりを志向している。グッチもリアルファーの使用を廃止しましたし、多くのブランドがエコファーに置き換える流れを加速させています。

消費者の中で、“うわべだけのラグジュアリー”は持続しないということが、広く理解されてきたのだと思います。

小林 本当にそうなんですよね。本質を突き詰めていったとき、ブランドとしてどんな姿勢でどんなメッセージを発しているか。そこにはある種の“正直さ”が重要なんです。

栗原洋平

軍地 ブランドの意味が「正しさ」に移行してきていますよね。しかもある一定の思想の中で均質化された同質的な人々ではなく、より多様でさまざまな価値観を持つ人々が共有できる「正しさ」は何かと言えば、やはり人としてのあり方の真っ当さだったり、モノづくりの誠実さだったりするのでしょうね。 

小林 そこで我々に何が求められているか、というと、やはりブランドがあることで、生活がほんの少し豊かになり、心地よくいられるようになること。そのために誠実にメッセージを伝えていきたいと考えています。

軍地 そういった姿勢によって信頼を積み重ね、一期一会の出会いをいかに長くつきあえるお客様にしていけるか。それが、これからの時代には重要なんだと思います。

(企画編集:水野綾子、文:大矢幸世+YOSCA、写真:栗原洋平)

プロフィール

小林琢磨(こばやし・たくま)

1977年生まれ。2002年にポーラ化粧品本舗(現ポーラ)へ入社し、2010年にグループの社内ベンチャーで立ち上げたDECENCIA(ディセンシア)社長へ就任。2017年1月にオルビスへ異動し、取締役兼商品・通販事業担当に着任。翌年、2018年1月1日にオルビスの代表取締役社長に就任。ポーラ・オルビスホールディングス上席執行役員を兼務。

軍地彩弓(ぐんじ・さゆみ)

大学卒業と同時に『ViVi』編集部で、フリーライターとして活動。その後、雑誌『GLAMOROUS』の立ち上げに尽力。2008年に現コンデナスト・ジャパンに入社し、クリエイティブ・ディレクターとして『VOGUE GIRL』の創刊と運営に携わる。現在は雑誌『Numéro TOKYO』のエディトリアルアドバイザーから、ドラマ「ファーストクラス」(フジテレビ系)のファッション監修、情報番組「直撃LIVEグッディ!」のコメンテーターまで、幅広く活躍する。

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