「婚姻平權!亞洲第一!(婚姻平等!アジア初!)」
今月17日、台湾で同性婚を認める法律が成立。今日(24日)から、台湾の同性カップルは法的に結婚ができるようになる。
報道では、少なくとも157組の同性カップルが結婚登録をする予定だという。
アジアにおける歴史的な一歩を踏み出した台湾。同性婚法制化の実現の道のりは決して簡単なものではなく、その背景には、当事者の粘り強い運動や台湾の民主主義に対する強い意識があった。
台湾はどのようにして同性婚法制化を実現できたのか、台湾の法律に詳しい明治大学法学部の鈴木賢教授に話を伺った。
民主化と共にはじまったLGBTムーブメント
台湾では80年代の民主化運動にともない、LGBTの権利獲得運動も盛り上がりを見せはじめた。そんな中、1986年にゲイの祁家威さんが同性婚を求めて、国会である立法院に請願するも「同性愛は公序良俗に反する」と回答された所から、同性婚法制化への道のりはスタートする。
その後、1996年には同性カップルの結婚式がメディアで取り上げられ話題に。2003年には台北でLGBTのイベントが開催され、翌年から大規模なパレードになった。2004年には「性別平等教育法」、2008年には「性別就業平等法」が成立。学校や職場での性的指向による差別が法的に禁止された。
その後も何度か同性婚を認める法案が立法院に提出されたが、キリスト教系の団体を中心とした反対派の抗議が強く、当時は民進党が野党だったこともあり、いずれも廃案となった。
2016年の選挙で民進党が大勝し、国民党から政権を奪取。
「民進党が与党となったことで、同性婚に関する法案が積極的に議論されるようになりました」と鈴木教授は話す。
「しかし、2016年に同性婚に関する3つの民法改正案が提出されましたが、いずれも(全3回中)2回目の審査にすら辿りつくことができませんでした。理由は、根強い同性婚反対派に対して蔡英文政権は強行突破できなかったからです」
決め手となった「大法官」の判断
突破口となったのは「司法」だった。
長年同性婚を求める運動を行なっていた祁家威さんが2015年に提起した憲法解釈要請に対して、2017年5月24日、台湾の憲法裁判所である大法官が、「同性どうしの婚姻を認めていない民法は違憲である」「2年以内に民法を改正するか、新しい法律を作らなければならない」と判断したのだ。
鈴木教授によると「大法官は『三権分立』を特に気にしながら同性婚について判断を下したとのではないかと思います」という。
「司法が立法や行政に介入することになるので、その理由を示さなければなりません。大法官は『本来は立法過程で解決すべき問題だけれど、長い間続いている当事者の運動や、何度も婚姻平等の法案が提出されていることに対して政治は応えていない。当事者の人権に関することなので放置することはできず、ここは司法の出番だ』ということを挙げていました」
この大法官の判断により、台湾では2019年の5月24日から、同性婚ができるようになることが確定した。
「2年以内に民法を改正するか、新しい法律を作らなければならない」とあるように、民法改正なのか、新しい法律をつくるのかの判断は立法に委ねられることになったのだ。しかし、その後1年半、国会である立法院で同性婚を認める法案審議は進まなかった。
反対派による「国民投票」を使った巻き上げ
法案審議が進まない間に、同性婚反対派は署名を集め、国民投票を提案してきた。そこで問われたのは「民法で定める婚姻は男女間に限るべき」「同性婚は民法以外の法律で規定すべき」「義務教育でLGBTについての教育は行うべきでない」の3つだ。
それに対抗して、同性婚賛成派も国民投票を提案。「民法を改正し、同性間と男女間の婚姻を平等にすべき」「義務教育でLGBTを含む性の多様性について学校で教えるべき」という2つの項目を提出した。
2018年11月24日に国民投票が行われ、結果、上述した5件全てで同性婚反対派の得票が多数をしめてしまった。
大法官判断から2年後である2019年5月24日から同性婚が可能となること自体が否定された訳ではないが、同性婚は民法の「婚姻」の規定を改正するのではなく、新しい「特別法」をつくることによって法制化されることになった。
反対派は特別法にすることで、異性間の婚姻よりせめて法的な効果だけでも限定したいという思惑があったのだろう。
同性婚をめぐり提案された「3つの法案」
「新しい法律」を作ることで同性婚を認めることになった台湾。立法院には、国民投票の結果を受け、3つの法律案が提案された。
まず、日本でいう内閣にあたる「行政院」は、2017年の大法官の判断と、国民投票の結果の両方が反映された法律案「司法院釋字第748號解釋施行法」を2月21日に提出した。
「台湾では、国民投票の結果は3ヶ月以内に法案として提出しなければいけないという義務があります。国民投票が行われた11月末から3ヶ月後ということで、2月末になったのだろうと思います」と鈴木教授は話す。
法律の名前には「同性婚」や「婚姻平等」という名前は使われていない。これについては、「反対派をなるべく刺激しないよう、名を捨てて実をとったということです」
行政院の案に対抗して、同性婚反対派である国民党の頼士葆議員が、3月15日に2つめの法案である「公投第12案施行法(同性家族法案)」を提出した。
「これは同性カップルに『婚姻』ではなく『同性の家族関係』を認めるという内容でした」
後述するが、「家族関係」を認めるという内容でも、それは婚姻関係と同等の権利を得られる内容の法律ではない。
立法院の議席数は民進党が多数を占めていたため、このまま行けば1つめの行政院の法案が通ると予想されていた。しかし、5月になって同じ民進党の中から反対派の案が提案されてしまったのだ。
それが5月3日に民進党の林岱樺議員から出された「司法院釈字第748号解釈暨公投第12案施行法(同性結合法案)」だ。
「この法案は1つめの行政院の案と、2つめの国民党の案の間を狙おうと作られました。しかし、(同性婚を認めたくないので)『婚姻』ではなく『同性結合』という名前になっています。
これは英語だと『Same-sex union』で、いわゆる典型的なパートナーシップ法律に近く、『これは婚姻ではないけれど、婚姻のいくつかの権利を認める』という形になります」
鈴木教授によると、実は民進党の議員も全員が同性婚に賛成をしていたわけではなく、多くの議員は関心を持っておらず、態度も決めかねていた。
「そのため、3つ目の法案が民進党内から出てしまったことで、票がそちらに行ってしまうのではと思ったLGBTコミュニティの人々は、地元の国会議員に『行政院の法案に賛成してください』と電話をたくさんかけて回ったようです」
4万人が見守る中での採決
法案が3つも提出されてしまったので、立法院ではどのようにして絞るか審議が行われた。しかし、いずれの立場も一向に譲らない態度で、1つの法案にまとめることがないまま採決をすることとなった。
採決日の5月17日。約4万人が悪天候の中、立法院の前に集まり採決の様子を見守った。
結果は、行政院が提案した「司法院釋字第748號解釋施行法」が賛成多数で可決。5月24日から、台湾は正式に同性婚が認められることが決まった。
「(国会である)立法院では、3つの法案の各条について対照表が議員に配られました。そして1条ずつ採決をしていったのです。結果的に行政院の法案の条項が採用されましたが、もしちぐはぐな内容の採決になっていたらどうなったのか。1つずつ条文を採決する事態は初めて見ました」と鈴木教授は話す。
今回の法案では、特に「1条」「2条」「4条」の条項が重要だったという。
「もともと行政院の法案は、『1条』に法律の目的として、『(同性カップルの)婚姻の平等を保護するため』と書いていましたが、その部分が法案採決の前夜に削除されていました。これは、行政院の法案への賛成を集めるために、(婚姻という言葉をなくすことで)なるべく目立たないものにしようとした工夫だと思います。
また、2条では、今回の法律に該当するカップルを『同性の婚姻関係』としていたのが、『性別を同じくする二人が、共同生活を営むことを目的として、親密性及び排他性ある永続的な結合関係』に変わっていました。
1条と2条がこのように修正されたかわりに、4条の『手続』という項目では、『2条の関係の人たちは”結婚登録”ができる』とし、婚姻の自由や同性婚という言葉を削除したけれど(同性カップルも)『結婚の手続きができる』という言い方に変えたのです」
こうした修正は、やはり「婚姻」ではない形にしたいという反対派に憂慮し、なるべく反対派を刺激しないような書き方に変えたということになるだろう。
しかし、そもそも今回の新しい法律は『(2017年の)大法官解釈を施行するための法律』という目的で作られている。
鈴木教授は「すでに大法官によって、婚姻の自由は同性カップルにも保障されていることが明らかにされています。なので、わざわざ今回の法案にそれを書かなくても前提は変わりません。
反対派を刺激する文言は外して、採択は順調にいくようにしたけれど、それ以外の条文は変わっておらず、実質的な内容は譲歩していないのです。こうした工夫によって、結果的に票を集めることができたという部分もあるでしょう」
もし行政院以外の2つの法案が通ってしまっていた場合、どうなっていのだろう。
「他の法案が通ってしまった場合、それは今回の法整備の目的である『2017年に大法官が判断したことを受けた法律』を”作ることができなかった”ということになるでしょう。
ですが、そもそも大法官は『同性カップルを排除している現行の婚姻に関する民法は憲法違反である』という判断を下しています。
そのため、多くの同性カップルが、新しい法律を利用するのではなく『(大法官が上記の判断を下したことを理由に)既存の異性カップルの法律婚と同じ結婚登録』をしに、役所に押しかけていたでしょう。
窓口としては、新しい法律があるけれども、その法律は大法官判断にのっとると『憲法違反』な状態の法律なので、同性カップルは異性カップルと同様に結婚できるのでは…?などを理由に、現場に混乱が生じることになっていたのではないかと思います」
3つの法案の「効力」を比較
提案された3つの法律案では、それぞれ法的な効力はどう違っていたのだろう。それぞれの法律案のポイントがまとめられた「にじいろ台湾」の記事を引用する。
1.行政院が提案した「司法院釋字第748號解釋施行法」
・制度適用は18歳以上、未成年(20歳未満)は法定代理人の同意が必要
・同性カップルに「婚姻」関係を認める
・「血縁関係にある子供」を2人の養子にできる
・夫婦財産制、遺産相続の権利を認める
・2人双方の同意のもとに離婚できる
2.反対派の、国民党の頼士葆議員が提案した「公投第12案施行法」
・制度適用は20歳以上
・同性カップルに「家屬(家族)」関係を認める
・養子は不可、書面での委託によって「共同監護権」を認める
・書面での約定によって、共同での財産管理や遺産相続の協議も可
・2人のうち、どちらか一方の要求があれば、関係を終了できる
3.民進党の中の反対派の林岱樺議員が提案した「司法院釋字第748號解釋暨公投第12案施行法」
・制度適用は20歳以上
・同性カップルに「結合」関係を認める
・養子は不可、「共同監護権」を認める
・夫婦財産制、遺産相続の権利を認める
・3親等以内の親族に、2人の「関係不成立」を要求する権利を認める
さらに、以下は、提案された3つの法律案の主な要件を比較したものだ。
例えば、同性カップルが子どもを持つことについて。今回採用された行政院の案では一方の「連れ子」についてのみ養子縁組を認め、血の繋がっていない子どもを養子にすることはできないという形になってる。
これは、例えばレズビアンのカップルの片方が精子提供を受けて子どもを出産した場合、もう一方のパートナーは当然に「親」になれるわけではなく、新たに子どもと「養子縁組」をしなければならないことになる。そして、第三者の子どもを養子をしてむかえることはできない。
「ちなみに、反対派の2つの案では、そもそも子どもを養子にすることもできず『共同後見人』になれるとしていました。養親ではないので親権はない状態で、ある意味里親に近い位置かもしれません」と鈴木教授は話す。
国際同性カップルに対しても制約がある。
台湾では、異性の国際カップルの場合、それぞれの国で結婚ができる法律があれば結婚ができることになっている。これは、近親婚の範囲や、一夫多妻制など国によって婚姻の成立要件が違うことから設けられているという。
今回の法案では、特にこの部分に国際同性カップルに対する特別な規定はつくられなかった。そのため、日本と台湾のカップルなど、両方の国で同性婚が認められていなければ結婚は認められないのだ。
鈴木教授は「ドイツなど、同性婚ができる国の中には、相手の国で同性婚が認められていなくても法的に婚姻をすることができる国もあります」と指摘。
その他の要件について、例えば国民党の提案した法案に「変な規定があります」と鈴木教授は話す。
「国民党の『同性結合法』には『第三者から同性カップルの結合の無効の訴えができるようになっているのです。
これは『偽装結婚』をした際に、親や検察などが無効の訴えをできるとしていました。なぜ同性カップルについてだけ悪用とか偽装という考えが出てきてしまうでしょうか。二人の婚姻関係を本人じゃない人に否定させるという異性婚にはない規定を作ろうとしていたことは疑問を抱きます」
行政院の法案を通すことができた理由
今回、結果的に行政院の法案を通すことができた背景には、やはり2017年の大法官判断と、民進党が与党であり、蔡英文総統が法律を通しやすい議席状況だったからというのが大きいだろう。
「実は、採決の際に民進党の議員団長は『私は同性婚のことを理解できませんが、憲法の前では拘束されずを得ません』とスピーチをしていて、同性婚をしぶしぶ認めた人も一定程度います」と鈴木教授は話す。
世論調査でも「あなたは同性婚に賛成ですか?」という問いに対して、つい最近でも過半数が同性婚に反対している現状がある。
さらに、蔡英文総統の掲げる6大政策の中の一つに「婚姻平等(同性婚)」が入っているが、これに対する世の中の満足は33%、不満が58%と、国民の多くは同性婚に賛成しているわけではない。
「蔡英文総統はそれがわかっているから、今回の法案に対して民進党の中に造反がでることを心配していました」
それでも蔡英文総統は同性婚の法制化を実現させた。
蔡英文総統は「台湾は進歩的な国です。法律を通じて、各人の愛を平等に保障しました。これは長い道のりでしたが、ついに辿りつくことができました。これは終着点ではありません。台湾社会がお互いにより寛容になるための新たな出発的となることを希望します」とコメントを発表した。
現在、民進党は次の選挙に向けた総統選の候補者を選んでいる。この支持率に同性婚はマイナスに影響するだろうと言われていたが、「実際、蔡英文総統の支持率は下落したという世論調査があります」と鈴木教授は話す。
まだ終わったわけじゃない
同性婚の法制化について、今後はどのような展開が予想されるのだろうか。
まだ完全に異性カップルの婚姻と平等になっていない点について「訴訟が起きる可能性はあります」と鈴木教授は話す。
「例えば、今回の法律では嫡出推定が同性カップルに適用されないことになっています。そのため、レズビアンのカップルで一方が出産したけれど、他方が親として推定されない。連れ子養子という形で養子縁組ができますが、そもそも実子という扱いで良いではないか、という訴訟が起きるかもしれません
また、台湾の弁護士たちが心配していたのは、子どもを持った際にパートナーが養子縁組を組むことを拒否した場合です。
カップルで子育てしようと思っていたが、片方が親になりたくないと言い出してしまったとき、養子縁組をしなければ責任から逃れることができてしまいます。『子どもの権利』の観点から、嫡出推定が必要という訴訟が起きるかもしれません」
一方で、台湾の世論の変化について、鈴木先生は「(良い方向に)大きく変わっていくのではないかと思う」と話した。
「同性婚ができたことによる(反対派が想定するような)害悪は何も生じませんし、今後、同性カップルは急速に可視化され、ありふれた存在になっていくでしょう。性的指向による差別や偏見がなくなっていく方向に行くのではないかと思います」
アジアにおける人権の灯台になる
採決の日は約4万人が大雨の中集まった。法案の最後の条項が採決された頃、雨が上がり、空には虹がかかっていたという。
鈴木教授は「若い人を中心に4万人がかけつけ、(法案が採決された後)抱き合って泣いている姿は感動的でした。しかし、こんなあたりまえのことが、こんなにも頑張らないと実現できないのだな…とも思ってしまいます」
採決の当日に掲げられていたメッセージの一つに「台湾で権利の平等を実現しよう、アジアのプライド」というものがあった。
「今回の同性婚法制化に向けたキャンペーンで、台湾の人たちは『アジアにおける人権の灯台になる』と言っていました。そして、これが中国との大きな違いであり、台湾が国際社会で輝いていける道だと考えています」
また、台湾では「若い人たちが台湾自体の存続に危機感を抱いている」と鈴木教授は話す。
「そのため、台湾の若者は『自分の国は自分で救う』という意識がすごいんです。自分たちは小さい国だという意識が強くあり、外国から関心を持ってもらい、評価されるということが中国に飲み込まれない上で重要だと考えています。
そのため、同性婚は台湾ナショナリズムである台湾独立派と親和性が高い政策であるのは確かです」
日本は台湾にどう続いていけるか
台湾の同性婚法制化の道のりを振り返った上で、日本がどのように台湾に続いていくことができるのか。
鈴木教授は「正直なところ、大法官判断によって、すぐに(台湾で同性婚が)実現すると思っていましたが、その後もいくつも展開が重なり、反対派がここまで大きく、そして実現がこんなに苦労するとは思っていませんでした。
日本もいざ実現するとなると、反対派が立ちはだかり、大きく抵抗するのではないかと思います」
しかし、台湾の同性婚反対派が掲げる「反対する根拠」のほとんどは、日本でも挙げられているようなものと変わらなかった。
「反対派の論理は万国共通で、しかもそれらは説得力のあるものではありません。結局、同性婚法制化という方向性を変えるには至りませんでした。
一方で、反対派の運動が根強いため、賛成派を過半数にすることは難しい。マイノリティの人権に関わることなので、多数決による手続きで決着をつけることは非常にハードルが高いです。そこで司法の力は重要になってきます」
台湾の同性婚法制化の運動から私たちは何が学べるか。
「日本と台湾では、憲法解釈をする司法機関の仕組みが違うというのはあると思います。また、日本ではこれまで同性婚について法案が何回も出されていたということもなく、訴訟もまだまだこれからという所です。政治分野での議論の蓄積も少ない。
台湾の訴訟の起こし方はとても戦略的でした。政治的な意識をもって、運動としてやっているので、ここから学べる点は多いと思います。
一方で、台湾の運動体は必ずしもひとつにまとまって動いていたわけではなく、アプローチの仕方もさまざまでした。
日本の運動は動員力が少ないのが課題だと思います。もっと当事者が強く訴えていく必要があるのではないでしょうか」
最後に鈴木教授は「(台湾のみなさんに対して)おめでとうございます。そして『アジアの灯台』になっていただきありがとうございます。日本もついていきます、と伝えたいですね」
(2019年5月24日fairより転載)