この記事は2018年7月24日サライ.jp掲載記事「ハーバード大学も認めた「太極拳」高い健康効果の秘密」より転載したものを元に加筆・修正したものです。
文/中村康宏
いま太極拳の健康効果に世界的な注目が集まっています。太極拳は「中国の健康体操」といったイメージがありますが、現在、欧米諸国でもその健康効果が話題となり、デメリットがほとんどなく健康効果が高いエクササイズとして、人種や老若男女を問わず大流行しています。
その背景には、科学的に病気を考える西洋医学の限界と、「心」と「体」を総合的に捉え個別に対処する必要性が医学会に広まってきていることが挙げられます。
そこで、今回は「太極拳」の健康効果について解説します。
■太極拳とは
太極拳は中国で生まれた武道の一つです。様々な種類の太極拳が存在しますが、健康増進を目的として用いられるのは、深く呼吸をしながら、ゆっくりと柔らかく体を動かすものです。
もともと、古代中国で生まれ、武道や護身術の一つとして始まり、その後、健康増進も目的とした太極拳が実践されるようになりました。意識を集中したり特別な姿勢を維持したりするなど、「型」となるテクニックを用いて意識的に精神機能を働かせ、思考の流れを中断し、心身をリラックスさせるために行うものです(*1、2)。
■太極拳の効果
ハーバード大学では、太極拳を「No pain, Big gain」とし、デメリットがなくメリットが大きい健康法として取り上げており、その健康効果が注目を集めています(*3)。このように注目を集めている太極拳ですが、すでに世界中で太極拳は健康増進活動やリハビリテーション訓練の一環として広く取り入れられており、多くの身体的・精神的効果が報告されています。例えば、
・副交感神経刺激による血圧低下作用(*4)
・ウォーキングより優れた抗酸化作用(*5)
・コレステロールや中性脂肪などの血中脂質低下作用(*6)
・筋力維持や協調運動・柔軟性が改善されることによる転倒予防(*7)
・認知機能の改善・ボケ予防(*8)
・関節炎や関節拘縮の予防・改善(*9)
・睡眠の改善(*10)
・うつ病や気分障害(気分の落ち込み)の予防・改善(*11)
■なぜ太極拳は体にいいのか?
太極拳は様々な健康効果があるが、どのようなメカニズムでこの恩恵がもたらされるのでしょうか。これには、細胞レベルで病気に立ち向かう西洋医学的な考え方の限界を超えており、科学的に説明することが難しいのが現状です。そこで、身体全体の調和を図る「東洋医学」的な視点から考える必要があります。簡単に東洋医学と西洋医学の違いを説明しましょう。
■東洋医学と西洋医学の違い
東洋医学と西洋医学は、一人の人間の持つ病気を診断し治療するにも関わらず、それぞれ別の方向性から対応する性格の異なる医療体系なのです(*12)。
・西洋医学:異常値から病気を診断し画一的な医療を行います。心と体は別物という考え方(心身二元論)で、例として病院での検査や高血圧の薬などが挙げられる。
・東洋医学:「病」そのものを総合的に解析して個別的な治療を施すものです。(心身一元論)例えば、漢方や鍼治療、太極拳などが挙げられます。
臨床現場では「どんな検査をしても異常がなく、明らかな病気があるわけではないが健康でもない」という状況や、「ガンがあっても信じられないくらい長生きする人」など、西洋医学で説明がつかないことにしばしば遭遇します。これらに対し、東洋医学は、総合的に病態、患者状態、抵抗力を分析し、治療効果を発揮することがあります。
■東洋医学的な視点からみた「太極拳」
太極拳は東洋医学的な視点から、「気の流れ」と「陰陽のバランス」に注目しています。
・気(Qi):体のエネルギーの流れのことです。気が流れず留まってしまうと、体に不調が起こるとされています。
・陰陽(Yin and Yang):ありとあらゆる事物は、消極的な性質の「陰」と積極的な性質の「陽」に分けられ、陰と陽のバランスが取れていることを「正常」と考えます。そして、陰陽バランスが崩れてしまうと病気になるとされています。
太極拳を実践することによって、健康的な陰陽バランスを保ち、気の流れを整えることができます。これが、上記のような様々な健康効果をもたらすメカニズムと考えられています(*3)。
■太極拳を始める前に
どんな運動にも当てはまりますが、始める前には医師の診察を受け、心肺機能や関節に異常がないか確認することをお勧めします。また、インターネットやDVDで個人的に始めることは可能ですが、怪我を防ぐためにも最初は太極拳のクラスに参加し指導を受けることが大切です。
以上、太極拳の健康効果を中心に解説しました。太極拳にはさまざまな健康効果があり、どんな人にも無理なくできる動作が多いため、多くの人が太極拳に取り組むことができます。さらに、心と体の動きを完全に一致させることで、新たなエネルギーを感じたり、リラックスできたりと効果が実感しやすいこともメリットとして挙げられます。興味がある方は気軽にはじめてはいかがでしょうか。
【参考文献】
1.厚生労働省
2.NIH. Tai Chi: an introduction. 2010.
3.Harvard Medical School
4.Wang J, et al. Evid Based Complement Alternat Med. 2013: 215254.
5.Juana Rosado-Perez, et al. OxidativeMedicine and Cellular Longevity.2013:298590
6.Tsai JC. J Altern Complement Med. 2003; 9: 747-54.
7.Gillespie LD, et al. Cochrane Database Syst Rev.2012;9:CD007146.
8.Wayne PM,et al.2014;62:25–39.
9.Kang JW, et al. BMJ Open. 2011;1:e000035.
10.Sarris J,et al.Sleep Med Rev.2011;15:99–106.
11.van der Heijden MMP, et al.Diabetologia.2013;56:1210–2.
12.Ushiroyama T. Kampo Med. 2007; 5: 705-8.