「すみません、道に迷ってしまったみたいで...」。
京成線・町屋駅から徒歩10分と聞いていた。余裕を持って約束の20分前には駅に着き歩き出したが、目標の建物が見つけられない。
「多文化共生センター東京」は荒川区にある。下町の風情が残った細い路地を進み、それらしき大きな建物を見つけたと思ったら、さらにその脇道へ入る。たどり着いたと思ったら、入り口が分からない。外階段を登った先に、ようやく教室があった。
2001年に設立されて以降、外国にルーツを持つ子どもたちを対象に、日本語や学校で習う科目の学習支援にあたってきたNPO法人だ。多いのは15〜20歳で、中国人を中心に、ネパールやベトナム人ら50人余りが通っている。
彼らの多くは来日する前に義務教育を終えてきている。そのため日本の中学校には通えない。かといって高校を受験できる日本語力も学力もない。
こうした子どもたちは「学齢超過生」と呼ばれる。日本でどのように勉強し、就職していいか分からない。そんな子どもたちが口コミを頼りに教室へ辿り着くという。
「日本語が十分でないまま育っていけば、社会の中で必要とする情報を自分で探せないうえ、将来の選択肢も非常に狭くなってしまう」と代表理事の枦木(はぜき)典子さんは話す。
都内に外国人が増えるにつれ、助けを求めて教室を訪ねる子どもの数も多くなっていった。数十人に授業を行えるスペースがないか荒川区に相談したところ、廃校の一角を提供されたが、いずれも数年で退去を迫られ転々としてきた。
2018年には区の教育センターが入っていた今の施設にたどり着いた。しかし、日本人の記者も迷ってしまった立地だ。助けを求めてやってくる外国人には見つけにくく、周辺で1時間以上迷っていたケースもある。その場所も、近く解体されることが決まっている。
枦木さんは「荒川区には感謝していますが、やはり場所を転々とせざるを得ないことがある。教育の場は、安定してあり続けることが非常に大事な条件」と訴える。
運営面も綱渡りだ。一時は国の補助金を得ることができたが、2014年までで期限切れ。授業料も払ってもらっているが、寄付金や新たな助成金がなければ続けられない。
国の調査によると、日本語指導が必要な外国人児童の数は平成28年時点で3万4335人と右肩上がり。今後も増える見込みだが、その子どもたちの日本語教育を支援するNPOなどは自主的な運営が求められている。
大学教授などで作るグループは、日本語教育を法的に位置付ける法律を2019年の通常国会で成立させるよう急いでいる。この法律が成立すれば、日本語教育を担うNPOなどに、各自治体から予算が支給される可能性が出てくる。
数年後に、活動をしていられる保証の無いぜい弱な運営。枦木さんたちは、公的な支援が途切れることなく続いていくことを望んでいる。
「(子どもの教育支援が)十分ではない国に、外国の方が子どもを連れて働きに来たいとは思わないでしょう。もし本当に子どもたちがきちんと教育を受けられない状況であれば、ほかにもっといい国があるか探すと思います」
■「居場所」に集まる子どもたち
外国にルーツのある子どもたちに必要なのは、言葉の支援だけではない。
新宿区のNPO法人「みんなのおうち」は、区との共同事業として、子どもたちに数学や英語、理科などを教えている。目指すのは高校進学だ。
活動は勉強を教えることだけではない。子どもたちの「居場所」の運営だ。
「居場所」には勉強をしている子どもたちだけでなく、すでに教室を「卒業」した高校生や大学生も代表の小林普子さんたちを頼ってやってくる。
支援の内容はビザの更新や就職の相談、それに家庭内トラブルの仲裁などだ。家庭で満足にご飯を食べられない子どもがいれば、夕食を作ってあげている。
小林さんは「最初はそこまでやるつもりではありませんでしたが、『居場所』へ戻ってきまうので相談に乗っています。それだけ、行政の支援システムが十分ではないということだと思います」と話す。
「みんなのおうち」では2019年、外国ルーツを持つ中学生3年生、10人が高校受験に挑み、全員が都立高校などへの切符を勝ち取った。しかし、小林さんたちの「支援」はここでは終わらない。
3月、卒業式を終えたばかりのタイにルーツを持つ女子生徒2人が、小林さんの呼び掛けで新宿駅にほど近いハンバーガー店を訪れた。一日限定で、店員の仕事を体験するためだ。
「彼女たちは、何のためにここへ来させられたかよくわかっていないと思います。ただ勉強とは違って、短い時間で変化が見られますよ」と小林さん。
参加した渡辺ナッタガーンさんはタイ生まれ。日本語での会話には困らないが、受験問題に出てくる国語は「文章から気持ちを読み取るのが苦手だった」と苦しんだ。
都立高校への合格を決め、参加した職場体験。最初は緊張した面持ちで、先輩社員の側でじっと佇むだけ。それが、先輩店員の手ほどきを受けると、徐々に自分から入店前の客にメニューを手渡すようになり、最後には先輩と離れても店内をキビキビと動き回っていた。
渡辺さんは「人見知りだから人と話すのが怖かったけど、話せるようになったというか、気持ちが楽になった」と笑顔で振り返った。
「みんなのおうち」の卒業生は、6割が非正規労働者として働いている現実がある。小林さんは「今まではタイ人コミュニティの中で過ごすことも多かったと思うし、日本社会の中で働く経験をして欲しかった。将来就職するとき、今日の経験が少しでも活きてくれれば」と狙いを話す。
■日本語も就職支援も...限られる公的支援
その「みんなのおうち」もNPO側の努力によって運営を続けている。受験勉強に使える施設は新宿区の負担で使え、講師の交通費なども一定程度支払われる。
一方で、「居場所」は支援の対象外だ。毎月13万円あまりの家賃や光熱費の負担は軽くない。「多文化共生センター」と同様に、助成金を乗り換えたり、講演の謝礼をつぎ込んだりしてやりくりしている。
さらに、日本語教育に予算をつける法律が成立したとしても、小林さんたちのような学習面以外での支援活動には予算がつかない可能性がある。
公的支援はなく、法整備も救いの一手にならない現状。小林さんは「日本語教育だけで子どもが救われる訳ではない。日本語教育をしさえすればOKという考え方が広まれば、救われない子がいっぱい出てきます」と訴える。
日本に住む外国人は2018年末で273万人を超えた。これは広島県の人口(281万)に迫る数字だ。新たに入管法が改正されたこともあり、今後も日本で暮らす外国人が増えることは間違いないと見られる。
その子どもたちが増加するのは当然だ。人手不足などを背景に外国人を受け入れる一方で、子どもたちの支援の大半をNPOなどに任せている現状がある。
小林さんはたとえ行政から支援が得られなくても、「居場所」を続けていくつもりだ。「ここまでやってきたんです。やめるわけにはいかない」