10月5日、シェアハウス融資の不正で揺れるスルガ銀行(以下、スルガ)に、金融庁の行政処分が下った。シェアハウス融資について、金利引下げや返済条件見直しの他、元本の一部減免を含めた適切な対応を求めている。金融機関に対する処分命令に債権の一部放棄を具体的に含めるのは極めて異例だが、監督官庁としての責任をそれだけ重く考えているのだろう。
元本の一部減免が既定路線となれば、気になるのはその内容だ。そもそも彼らはどのくらい割高な価格でシェアハウスを買わされていたのだろうか?
■適正価格の2倍超えも
日経新聞によれば、多くのシェアハウス・オーナーが「実勢の2倍超の家賃を保証し、不動産の価値やリターンを高く見せかける手法」により吊り上げられた価格で物件を購入していたという(参照・家賃保証 実勢の2倍超も スルガ銀シェアハウス問題 日本経済新聞 2018/10/11)。
また、独立した公正・中立な弁護士らによる第三者委員会は、シェアハウス融資のサンプル127件について、売買価格の平均額は、スルガと異なる方法で改めて算出した評価額の2倍であったと報告している(参照・調査報告書(公表版) スルガ銀行株式会社 第三者委員会 2018/09/07)。
収益不動産の評価で一般向けに用いられることの多い直接還元法では、物件価値は【予想純収入】÷【還元利回り】で計算される。例えば年間120万円の収入で3%の利回りを求めるならば、120÷0.03=4000万円、という計算になる。
ここで【予想純収入】に適正水準の2倍に増額された家賃保証額を当てはめると、シェアハウスの価値も同様に適正価格の2倍あるように見えてしまう。スルガが採用したのもまた、この直接還元法であった。
(※還元利回り......類似物件の賃料水準や投資の期待収益率等を考慮して決められる物件評価のための利回り)
■「銀行からのお墨付き」は物件の価値でなくオーナーの収入。
シェアハウス・オーナーらは、スルガからの融資が約束されることで、売買価格にお墨付きを得られたと思い込んでしまったのだろうか。上述の調査報告書によれば、スルガの担保評価額は売買価格より平均で15%程度低かったが、評価額の120%まで融資を認める運用もあり、事実上必要額のほとんどがシェアハウス融資でカバーできていたようだ。
家賃保証の水準が実勢を大きく超過する可能性や空室率が極めて高い可能性について、2015年にはスルガ側も既に認識していたにもかかわらず、その後も極めて緩い融資体勢を続けていたのである。
日本の個人投資家向け賃貸不動産ローンは、物件賃貸による収入以上に債務者本人の支払能力を重視することも多い。スルガの場合、債務者本人の年間所得の40%と満室時想定賃料収入の70%を合計した金額がローンの年間返済額を超えなければ、融資可能と見なされていたという。
例えば年間所得が1350万円あれば、賃料収入がゼロでも1億円以上が融資可能だ(年率3.5%の場合)。物件から十分に回収できなくとも高所得の債務者から取りっぱぐれることはないと高をくくっていたのだろう。オーナーらがスルガの融資によってお墨付きを得ていたのは、シェアハウスの価格ではなく、彼ら自身の信用力だったわけだ。
■貸倒引当金は元本の1/4程度?
売買価格が実際の物件価値の2倍ほどなら、融資元本の半分近くが減免されれば理論上は資産と負債はおおむね釣り合い、売却によってプラスマイナスゼロになるはずだ※。オーナー側としてはできるだけ有利な条件を望む中で、この「半額免除」が問題解決に向けた一応の目安にはなるだろう。だがこれは、スルガにとって許容できる水準なのだろうか?
(※シェアハウスのような特殊な不動産を売却する場合、評価額を大きく下回る水準で取引される可能性もある。物件ごとの個別性も高く、個々の状況等を考慮した対応が期待される。)
2018年3月期の訂正決算短信によれば、スルガの貸倒引当金(かしだおれひきあてきん)は現時点で701億円だ。貸倒引当金とは、貸付金や売掛金(ツケによる販売)などが回収できない事態に備えた会計上の費用だ。
当期新たに繰入れた引当金588億円はその71.5%がシェアハウス向けだ。701億円の貸倒引当金全体が同じ比率であると仮定して計算すると、701億円の71.5%で、500億円ほどがシェアハウス融資の貸倒引当金になる。
一方、第三者委員会によれば、シェアハウス融資(簡易宿所とコンパクトアパートを含む)の残高は2018年3月末時点で2036億円だ。訂正決算短信を発表した6月時点ですでに、元本の1/4程度の損失を覚悟していたと考えて良いだろう。
先ほど示したオーナー側の一応の目安である半減した物件の価値と貸倒引当金によるカバー割合1/4の差は、1/2-1/4=1/4となり、まだ大きなズレがある。例えば1億円でシェアハウスを買ったばかりのオーナーであれば、手元にある5000万円の物件と1億円の借金、そこから1/4の2500万円が返済免除となれば、仮に売却したとしてもまだ借金が2500万円残る状態、つまり当初借入額の1/4という計算になる。
この差が埋まるか、あるいはさらに踏み込んだレベルまで救済されるのか、その見通しは11月末までに提出される業務改善計画によって相当程度分かるはずだ。
業務改善計画は、金融庁と密にコミュニケーションをとりつつその意向を図りながら作成されるため、そこで引当金増額等の具体的な手当てがあるようなら、その水準が金融庁が考える落としどころと見なされよう。
シェアハウス・オーナーが満足できる回答は得られるのだろうか。今後の動向に改めて注目したい。
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本田康博 証券アナリスト・馬主
【プロフィール】
現役JRA馬主の証券アナリスト。米系金融グループの統計・データ分析スペシャリストとして、投資の評価やリスク推計を担う。日本初の住宅ローン担保証券等、組成した案件の受賞歴多数。京都大学MBA首席。