ここ数年でコンビニエンスストアに並ぶコーヒーの「勢力図」は様変わりしました。
かつては缶コーヒーが人気を誇りましたが、今は各店舗にドリップコーヒーを淹れられるマシンが置かれ、手頃な値段で上質な味を楽しめるようになりました。
そんな時流に乗るべく、サントリーが「新しい」コーヒーを投入したのは2年前のこと。透明ペットボトルが目を引く「クラフトボス」シリーズです。
これまでにないようなすっきりとした味わいとみずみずしさ。そして見た目のオシャレ感。「クラフトボス」シリーズは発売当初から注目されました。
ところが、「ブラック」、「ラテ」に続く3つ目の「ブラウン」は、先の2つに比べると予想外の低迷に陥ります。
そのまま売り続けるか、それとも思い切ってリニューアルするのか──。開発チームは難しい決断を迫られました。
挫折から再起を果たした開発者たち。彼らを支えたクラフト(職人)魂の物語を、チームのリーダーを務める桜井弓子さんに聞きました。
「ブラック」、「ラテ」は大ヒット!
「クラフトボス」は、「ブラック」、「ラテ」が立て続けにヒットし、上々の滑り出しとなりました。そんな市場の好感触を背景に、桜井さんたちが次に取り組んだのが「ブラウン」でした。
ブランドのコンセプトは、「ブラックでもラテでもないおいしさ」でした。
「第三の味」に狙いを定めたのは、ブラックコーヒーにミルクやシロップを加えるお客様が3割いることが調査で明らかになったからです。
「ブラック」でも「ラテ」でもない新たなニーズを掘り起こすべく、開発が始まりました。
「ブラックコーヒーにミルクとシロップを1ずつ足したような」味をコンセプトにすえました。新たな層を念頭にした商品でした。
社内はもちろん、社外モニターらによる試飲の結果でも評判はよく、2018年6月、満を持して発売となりました。
ところが、SNSでは予想外の厳しい反応が続出しました。
「薄い」「思っていたよりニガい」「コクがない」「1本飲めない」……。そんな言葉が並びました。
桜井さんは当時をこう振り返ります。
「ブラックとラテが成功し、ブラウンに対する社内の期待は高かったんです。『それがなぜこんなことに』と、受け入れられない気持ちが強かったです」
迫られる決断
売上も次第に鈍くなり、ついに開発チームは決断を迫られることになります。
これまで通りのブラウンを売り続けるか。それともリニューアルして再チャレンジするか。
桜井さんは迷いました。
「『すぐに手を打たなくても』と思うところもありました。最初は失敗を認めたくなかったんでしょうね。売上は失速しましたが、それでも新しいお客様にリーチできている面もありましたので、そこへのマーケティングを強化し、そのまま売り続けるという選択もありました」
失敗に光あり
最終的に桜井さんらが選んだのは、リニューアルの道でした。
チームの中に、失敗を認め、そのまま終わらせるのではなく、お客様が納得してくださるまで改善を試みたいという前向きな姿勢が生まれたからです。
より多くの困難が伴うことは明らかでしたが、SNSの反応を改善のヒントに、「失敗から学ぶ」を実践することになりました。
彼女たちを突き動かす原動力になったのは「あきらめない。とことんまで作り込みたい」という職人魂でした。
改善への道
最大の改善点は、ミルクの量を倍に増やしたことでした。桜井さんは打ち明けます。
「当初は”ブラウン”というネーミングからも、お客様がしっかりミルクが入っていると期待をしてくれていたんです。実際には味とのギャップがあったため、そこを改善しました」
「ブラックコーヒーにミルクを注ぎ足すなどして飲む人が、開発段階の調査で一定数いらっしゃることがわかっていました。それを元にブラウンの配合を工夫したつもりだったのですが、よくよくデータを見直すと、ミルクを多めに入れる人がいたり、個人差があることがわかりました。ちょうどいい配合割合で味を作るのは難しいと改めて気付かされましたね」
「ただ、お客様の声により、求められている味わいはわかったので、思い切ってミルクを倍増し、お客様が期待する”ブラウン”の味わいのイメージに合わせました」
モニターテストでは「最初からこの味で出せばよかったのに」という声が上がりました。桜井さんは手応えを感じました。
「初代は苦くて1本飲みきれなかった人も、これだったら1本ごくごく飲み干せるという人もいました。そこはクラフトボスらしさに合う中味になったと思います。また、初代の味が好きだという方からも、『この味わいならリニューアルも納得できる』とおっしゃっていただき、安心しました」と桜井さんは言います。
すばやく改良にこぎつけた背景には、桜井さんたちがSNSで上がった声に真摯に向き合ったからでもあります。
桜井さんは明かします。
「非難のお声には正直、傷つきました。それでも、150円程度の飲料に対してここまで多くのお声をいただくのは本当にありがたいことで、お客様とコミュニケーションしながら商品をつくりかえていくのは、メーカーとして本来あるべき姿だと思いました」
こうしてブラウンはパッケージとともにリニューアルされ、この春、再び店頭に並び始めました。
さて、気になるのは、前回厳しい声が上がったSNSの反応です。
桜井さんたちが恐る恐るSNSをのぞいたところ、「これだったら買います」「リピートします」という投稿が並びました。開発チームの人たちは胸をなでおろしました。
桜井さんはリニューアルを通じて、ものづくりについて改めてこう語りました。
「ここまでの大刷新をお客様が今後も受け入れてくれるかどうかはわかりませんが、愚直に作り続けることが、クラフトボスらしいとも感じます」
市場に出したばかりの新商品をすぐさま改良するのは、勇気がいります。桜井さんたちが決断できたのは、ものづくりに対するサントリーの社風そのものと言えるでしょう。
桜井さんは指摘します。
「毎日お店で飲み物を買われる方は多くいらっしゃいます。選択肢は数多ある中で、お客様に選んでいただける一本をつくり続けたいです。そのためには、お客様の声に真摯に向き合いつづけることが大事なんだと実感しています。それが働く人に寄り添うBOSSブランドに携わる者の役割だと思っています」
桜井さんの言葉には、消費者と商品にとことんまで向き合い、細部にまでこだわり続ける職人魂を感じます。
さて、新しく生まれ変わった「クラフトボス ブラウン」。桜井さんたちの奮闘ぶりを想像しながら味わってみませんか。