レオタードが苦手?体操・杉原愛子さんが広げた選択肢「これなら着られる」「安心できる」選手や保護者から届いた声

「選択肢がないなら作れないだろうか」という思いを形にした杉原愛子選手。新しい挑戦へと突き動かす原動力は何なのだろうか
群馬県の高崎アリーナで開催された第63回NHK杯に出場した杉原愛子選手(2024年5月16日)
群馬県の高崎アリーナで開催された第63回NHK杯に出場した杉原愛子選手(2024年5月16日)
Kiyoshi Ota via Getty Images

「女子体操選手のユニフォームといえばレオタード」という考えが変化しつつある。

2021年の東京オリンピックでは、ドイツ代表チームが足全体を覆うユニタードを着用して競技した。

ユニフォームが多様になる中、日本で新たな選択肢を作った選手がいる。長年トップアスリートとして体操界を牽引してきた杉原愛子選手だ。

杉原選手は2022年に一度選手生活に区切りをつけ、2023年には体操の普及を目指す会社「TRyAS」を立ち上げた。

その後に現役復帰したが、第一線を退いていた時に気づいた選手以外の視点をもとに、ショート丈のユニフォーム「アイタード」を作った。

「多様性の時代だから、選手としてだけではなく色々なチャレンジをしたい」と話す杉原選手に、なぜ選択肢を増やすことが女性アスリートが活躍するために重要だと思うかを聞いた。 

アイタードを持つ杉原愛子選手
アイタードを持つ杉原愛子選手
Rio Hamada / HuffPost Japan

アイタードを作るきっかけ

アイタードの着想のきっかけになったのは、TRyASの男性スタッフに「女子体操のファンだと言いづらい」と言われたことだったという。

公言しにくい理由は「ユニフォームがレオタードだから」。それは杉原選手にとって初めて聞く悩みで、驚きだった。

杉原選手にとってレオタードは性的な視線で捉えるものではなく、当たり前のユニフォーム。それでも、「子どもにはレオタードを着させたくない」と感じている保護者がいることも知った。

何かできないかと考えた杉原選手の頭に浮かんだのが、2021年の東京オリンピック出場時に見た、ドイツ代表選手のユニフォームだった。

ドイツ代表は、2021年のヨーロッパ体操競技選手権に続き、東京オリンピックでも足首まで隠れるユニタードを着て参加した。

東京オリンピックでユニタードを着用したドイツ代表のエリザベト・ザイツ選手(2021年7月25日)
東京オリンピックでユニタードを着用したドイツ代表のエリザベト・ザイツ選手(2021年7月25日)
Laurence Griffiths via Getty Images

レオタード以外のユニフォームを初めて目にした杉原選手は「こんな選択肢もあるんだ」と気づいた。

ただし、ユニタードは技術面から杉原選手自身が着ようと思える選択肢ではなかったという。

「ユニタードは膝を持つ技などをする時に滑るのではという恐怖感があり、東京大会で見た時には私にはレオタードしかないなと思っていました」

ユニフォームが、体操競技を広める障壁になっているのであれば、ユニタードでもレオタードでもない、新しい選択肢を作ってみてはどうだろう――。

改めてユニフォームの規定を確認すると、女子はレオタードかユニタードを着用せねばならず、レオタードは「臀部から2センチ以内」と定められていた。

FIG(国際体操連盟)によると、ユニタードは1997年に認められたが、主に新体操のみで使われており、女子体操競技でも取り入れられたのは最近だ。

ドイツ代表チームはユニタードを選んだが、杉原選手は視点を変えて「股下2センチ」に着目。足の付け根から2センチ下まで長さのある、第3のユニフォームとしてアイタードをつくることにした。

試行錯誤で完成したアイタード

新しいユニフォームを製作するにあたり、特に力を入れたのがデザインや機能性だ。

股下2センチまで足を覆っても動きにくくならないよう、伸びる素材を選んだ。

また、ハイレグのレオタードは足を長く見せる効果があるが、ショート丈にするとその効果が薄れてしまう。その分、生地の切り返しを高めの位置に設定したり、腰の位置が高く見えるような線を入れたりするなど工夫を凝らした。

長さも、着る前の時点で2センチ丈にすると、着用した時にはレオタードを少し下ろしたような中途半端な見た目になってしまうため、着た時に2センチになるように計算してもらった。

試行錯誤を重ねた末に、2023年にショート丈のユニフォームが完成。名前は杉原選手の名前「愛子」からアイタードに決めた。

アイタード
アイタード
Rio Hamada / HuffPost Japan

3つ目の選択肢への反響

2023年10月に宮崎県で開催されたこけら落としイベントで杉原選手がアイタードを初披露すると、すぐに様々な反響が寄せられた。

体操を習い始めたばかりの女の子の保護者からは「レオタードを着せるのが嫌で子どもには体操を続けてほしくなかったけれど、アイタードなら安心できる」というメッセージが届いた。

現役トランポリン選手からも「レオタードが嫌で大会に出たくなかった。だけどアイタードなら着られるので競技を続けることにした」という声が寄せられた。

高崎アリーナで開催された体操NHK杯の女子床運動で演技する杉原愛子選手(2024年5月16日)
高崎アリーナで開催された体操NHK杯の女子床運動で演技する杉原愛子選手(2024年5月16日)
Kiyoshi Ota via Getty Images

反響の大きさに、杉原選手は「選択肢は競技参加者を増やすことにつながる」と実感した。

杉原選手自身は、体操を始めた時からレオタードが好きで、着たくないと思ったことはない。

それでも、思春期にはユニフォームからショーツが出ていないかなど気になることもあったという。

「私自身もそうなのですが、レオタードに憧れて体操を始めた子たちもたくさんいます。だからもちろん、レオタードを否定するわけではありません」

「だけど思春期の選手たちの中には、恥ずかしくてレオタードを下げて着ている子や、生理の時はレオタードだと気になるという子たちもいます。アイタードがそういった子たちの選択肢になればいいなと思います」

杉原選手は、選択肢が増えることは、選手の安心や体操の発展につながるとも考えている。

日本体操協会は2023年から試験的に、全面禁止だった観客席からの一般撮影を一部解禁する運用を取り入れている。

それまでは、性的画像など選手が望まない写真が撮られないよう、一般撮影は全面的に禁止されていた。杉原選手も、自身を性的に切り取った画像や卑猥な言葉などが送られてきて嫌な思いをしたことがある。

その一方で、撮影の禁止は、体操を世の中に発信する機会を失わせることにもなる。

杉原選手は「体操は、技や演技を競う採点競技。選手の多くはファンの人に見てもらいたいという気持ちを持っている」と話す。

「写真を通して体操を見てみたいという人が増えれば、体操をメジャーにするきっかけになるんじゃないかと思うんです。その時に、ユニフォームを選べれば選手自身も安心できる。アイタードが体操競技を広めるのに一役買えればいいなと思っています」

アイタードと杉原愛子選手
アイタードと杉原愛子選手
Rio Hamada / HuffPost Japan

アスリート自らが声をあげて変える

アイタードを作ってみて感じたのは、アスリート自身が声を上げることの重要さだ。

「女性のトップアスリートの発言には影響力があると講演などで言われて、声をあげてよかったなと思いました」

2024年2月にアメリカに行った時には、体操界のレジェンドであるシモーネ・バイルズ選手もアイタードに興味を持ち「いいね」と言ってくれた。

この時の訪米で、5、6歳の子どもたちがアイタードのようなショート丈のユニフォームを着ているのをみて「小さい頃からユニフォームの多様性があるんだ」と感じた。

誰もやっていなかったことに挑戦するのが好きだという杉原選手。その原動力になっているのが「体操をメジャーにしたい。次世代の選手の子が活躍できる場を作って行きたい」という思いだ。

アイタードの挑戦も、まだまだ途上だという。実際に着てみて、平均台で擦れて生地がダメージを受けるなど、課題点にも気づいた。

「気づいた課題点を改善していきたいなと思います。チャレンジし始めたばかりなので、伸びしろしかないと思っています」

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