他人事でない「心臓突然死」と「AED」の効用--医療ガバナンス学会

日頃の健康状態と無関係に心臓突然死は起こりえます。

【筆者:濱木珠恵・ナビタスクリニック新宿院長】

これまで診察室で出合う病気について紹介してきましたが(『MRIC』バックナンバー)、今回は、診察室の外での私の活動の一部として、AED(Automated External Defibrillator=自動体外式除細動器)のことについてご紹介したいと思います。

サッカー元日本代表の突然死

最近、日常的にジムに通ったりランニングをしたりする人が増えています。青少年向けのスポーツ教育も盛んに行われており、学校やクラブチームでの活動も熱心に行われています。しかし一部の人においては、運動が生命リスクに関わる問題となることに対して、関心がまだまだ低いと感じています。

今年の7月21日、新潟県の高校野球部の女子マネージャーがランニング直後に倒れて意識不明の重体となり、8月5日に亡くなったという事故がありました。心室細動という不整脈による「心臓突然死」と言われています。ピンと来ないかもしれませんが、一見健康そうな10代20代の若者であっても、突然心臓が止まってしまうことは珍しいことではありません。

サッカーが好きな方でしたら、元日本代表の松田直樹選手の名前をご存じでしょう。松田選手は2011年8月2日、所属チームの練習中に突然倒れ、心肺停止の状態で緊急搬送され、2日後に亡くなりました。現役で活躍している34歳のプロサッカー選手が心臓突然死で亡くなったという事実は、衝撃的でした。この事故をきっかけに、日本サッカー協会がJリーグ、JFLなどでの試合や練習にAED常備を義務づけたと聞いています。

一刻も早くAEDを

突然死とは、一見健康そうだった人が予期せず突然に亡くなることを言い、そのなかでも心臓の異常が原因だったものを心臓突然死としています。日本では年間約10万人の突然死があり、そのうち心臓突然死は7万人、つまり毎日200人近くが心臓突然死していることになります。

心臓は、通常、血液を全身に送るポンプの働きをしています。

しかし心臓発作を起こすと、心室細動という不整脈がおこります。心室細動では、心臓は速くて不規則なリズムで動くので、心臓が痙攣したように細かくプルプルと震えてしまい、きちんと血液を送り出すことができなくなります。「心臓の突然停止」という状態です。この状態では心臓がポンプの役割を果たせず、全身に十分な血液を送り出すことができません。脳への血流も途絶え、数秒で急に意識を失ってしまいます。この状態でそのまま放置しておくと、数分で心臓突然死に至ります。この心臓突然死を防ぐには、一刻も早くAEDを使って、心室細動の状態から正常な脈拍に戻してあげる必要があります。

2009年3月の東京マラソンでは、タレントの松村邦洋さんがスタートから約15 km地点で急性心筋梗塞による心室細動で倒れました。幸い周囲にいた方や救護班が迅速に対応し、AEDもすぐに使用されたため、大きな後遺症を残すことなく仕事にも復帰されています。

今では駅や銀行、コンビニなど街中にも広く設置されているAEDですが、一般人による除細動が行えるようになったのは2004年のことで、高円宮憲仁親王殿下がスカッシュの練習中に倒れ、急逝された2002年11月21日の事故を契機に広まりました。心室細動による心臓突然死だったと言われていますが、日頃からスポーツを嗜まれていた高円宮様が47歳の若さで亡くなられるとは、誰も想像もしなかったことでしょう。

しかし、プロサッカー選手の心臓突然死はその後も続発しており、2016年5月6日にはカメルーン代表MFのパトリック・エケング選手が試合中に心臓発作で倒れ、さらに翌7日にはブラジル人MFのベルナルド・リベイロ選手が試合中に死亡。8日にはカメルーン女子1部リーグに所属しているGKの選手が突然死し、連日の死亡事故で世界中に衝撃が走りました。

潜在的な素因

このように、日頃の健康状態と無関係に心臓突然死は起こりえます。では、どのような人に心臓突然死のリスクがあるのでしょうか。

高齢者では、狭心症や心筋梗塞が主な原因です。一方、小児や若年者の場合、心臓の器質的異常(肥大型心筋症や拡張型心筋症、不整脈といった、心臓そのものの異常)や先天性不整脈が原因となることが多いとされています。

たとえば、2016年6月の『New England Journal of Medicine』誌に、オーストラリアとニュージーランドにおける1~35歳の心臓突然死について、3年間に発生した490例の調査報告が掲載されています。

この報告によると、1~35歳では年間10万人に1.3例の心臓突然死があり、運動中や前後だけでなく、むしろ安静時や就眠時により多く発生していました。また、全体の40%(198人)は、病歴や解剖結果からは心停止の原因を特定できない原因不明の心臓突然死でした。この198人のうち113例で法医学的な遺伝子検査が行われ、27%の症例で不整脈や心筋症に関係する遺伝子変異が見つかりました。つまり、心臓突然死の症例約10%には、臨床的に症状がなくても潜在的に心停止するような心臓疾患の素因があったと言えます。これらの遺伝子変異のあった症例の家族を追跡調査していくと、不整脈や心筋症などの診断がつく家族がみつかったそうです。

この報告では、心停止後に回復した方のデータがないため断定的なことは言えないのですが、心臓病や不整脈の既往がなくても、何らかの心疾患の素因をもっている方は一定の割合で存在していることは明らかです。

遊んでいるときでも

また、意外と見過ごされがちだが忘れてはいけないのは、心臓震盪(しんとう)による心臓突然死の存在です。野球やソフトボールなどの練習中、取り損ねたボールが胸にあたった直後に急に脱力して倒れてしまう事故は、この心臓震盪によるものです。胸部に強い衝撃を受けて心臓が不規則に痙攣し、心室細動から心停止にいたります。強い衝撃でなくとも、遊んでいて肘や膝が胸にあたって起きることもあります。心臓に病気のない健康な子どもに起こるため、予測することはできません。どんなに健康でも、身近な誰かが心停止で倒れる可能性はあるのです。

さいたま市の『ASUKAモデル』

AEDは、心停止が起こった際に、電気ショックを与えるための装置です。電気ショックが必要になる心室細動の有無を自動的に計測してくれるので、心停止が疑われる状況であれば、まずはAEDを使うべきです。必要であればAEDが音声指示を出してくれるので、それに従って電気ショックのスイッチを押すだけです。

また同時に、脳に十分な血液を送り出してあげるために、胸骨圧迫(心臓マッサージ)や人工呼吸などの心肺蘇生術が必要になります。1分救命措置が遅れるごとに約10%の救命率の低下があると言われています。

しかし、まだまだAEDが積極的に使われている状況ではありません。

このため、消防庁や各地の消防署、救急医学関連の団体が、胸骨圧迫の方法やAEDの使い方などの心肺蘇生術について、一般向けの講習会をひらいています。

私も4年前から友人達とともに、年に1回ながらも『PUSHプロジェクト』の講習会を開催しています。心肺蘇生のなかでも最も重要な「胸骨圧迫とAEDの使い方」だけを集中的に練習する講習会です。

私がこの活動に参加したきっかけは、さいたま市の小学6年生の桐田明日香ちゃんが2011年9月に駅伝の課外練習中に倒れ、そのまま亡くなった事故を知ったことでした。教師たちは心臓が止まっていると考えなかったため、救急車がくるまで校内にあったAEDは使われませんでした。胸骨圧迫とAEDについてきちんと理解してもらえていれば、少なくとも死亡は防げたかもしれません。この事故の反省をふまえ、さいたま市教育委員会では『体育活動等における事故対応テキスト~ASUKAモデル~』が作成されています。

重要なのは「ためらわない」こと

先ほど述べたように、突然の心停止は、いつ誰に起こるかすぐに予測はできません。少しでも多くの人に心臓突然死について知ってもらいたいと考え、医療関係ではない友人たちに声をかけ、人づてに東京慈恵会医科大学附属病院救急部の武田聡先生や「東京PUSHネットワーク」の方を紹介していただき、あえて早朝のオフィス街で講習会を始めました。

今年は、初めて私がインストラクターとして進行役をさせてもらい、途中あたふたしましたが、他のインストラクターの方々や参加者の皆さんの協力もあって、なんとか1時間の講習会を終えることができました。

具体的な心肺蘇生の方法は、文章よりも、実際に講習会に参加して体で覚えてもらうのが一番です。

胸骨圧迫について簡潔に説明すると、胸の真ん中を「強く、早く、絶え間なく」押すことです。血液を送り出せるほど強く押すためにはコツが必要ですし、1分間に100拍以上のリズムで、それを2分、3分と続けていくのは、ちょっと難しいと感じるかもしれません。だからこそ一度練習してみてほしいと思います。ちなみに1分間に100拍のリズムは、『ロンドン橋』や『アンパンマン』『ドラえもん』の歌などを思い出してください。海外では映画『サタデー・ナイト・フィーバー』で有名な『Stayin' Alive』が、そのタイトルとあいまってよく使われています。

また電気ショックと聞くと腰がひけてしまうかもしれませんが、AEDは「"自動"体外式除細動器」と名付けられているだけあって、自動的に電気ショックの必要性の有無を判断してくれます。私達は右鎖骨の下と左脇腹にパッドを貼り付けて、AEDの指示を待てばいいだけです。

そして最も重要なことは、胸骨圧迫やAEDの使用を「ためらわない」ということです。人が倒れたとき、心臓が原因かどうかは、普通は分かりません。それが当たり前です。「死戦期呼吸」という喘ぐような呼吸が出ることもありますが、普通は、とっさに判断できないでしょう。

ですから、もし呼びかけても反応がない場合や、とにかく呼吸がどうなっているのか「分からない」場合には、迷わず胸骨圧迫とAEDを試してみてもらいたいと思います。心停止ではない人に、胸骨圧迫やAEDを試してみても、大きな問題は起こりません。胸を押されて嫌がって動くようなら心臓は止まっていませんし、心室細動でなければ、AEDを試しても電気ショックのスイッチは入りません。むしろ、「何もやらない」ということ以上の大きな問題はないのです。

「知って」「試して」

誰かが倒れたとき、一刻も早く救命措置を始めたほうが救命率はあがります。しかし、それは、病院にいる私たち医療者にはできないことです。倒れた現場を目撃した人がすぐに胸骨圧迫とAEDを使うことこそが、何よりも救命率を上げるのです。

初めて誰かに心肺蘇生を行うのは、とても怖く感じるかもしれません。1年目の研修医だった頃の私もビビっていたくらいですから、当たり前です。

だからこそ、あえてみなさんにお願いしたいのです。

胸骨圧迫とAEDについて、知ってください。そして、試してみてもらえませんか、と。

「減らせ突然死プロジェクト」

「PUSHプロジェクト」

「NPO法人愛宕救急医療研究会」一般向け研修  

「PUSHの救命おぼえうた」 作詞・作曲・演奏: 紀々 (p)&(c)2014 kiki

【濱木珠恵氏の経歴】

 北海道大学卒業。国際医療センターにて研修後、虎の門病院、国立がんセンター中央病院にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。都立府中病院、都立墨東病院にて血液疾患の治療に従事した後、2012年9月より現職。専門は内科、血液内科。生活動線上にある駅ナカクリニックでは貧血内科や女性内科などで女性の健康をサポート中。

医療ガバナンス学会 広く一般市民を対象として、医療と社会の間に生じる諸問題をガバナンスという視点から解決し、市民の医療生活の向上に寄与するとともに、啓発活動を行っていくことを目的として設立された「特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所」が主催する研究会が「医療ガバナンス学会」である。元東京大学医科学研究所特任教授の上昌広氏が理事長を務め、医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」も発行する。「MRICの部屋」では、このメルマガで配信された記事も転載する。

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(2017年9月15日
より転載)

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