「除去土壌」という言葉を知っているだろうか。
東日本大震災から12年が経った今年、東京電力福島第1原発事故による影響で避難を余儀なくされた「12市町村」の避難指示が全て解除され、福島県の地域再生に向けた動きが本格化している。
手厚い移住支援制度や文化の復興、新たな名産品の開発など、明るいニュースも少しずつ増えている一方で、福島の環境再生をめぐる課題は未だ山積している。
中でも大きな課題の1つとなっているのが、除染で取り除いた放射性物質が付着した土壌や廃棄物などの「除去土壌」だ。その量は25mプール2万5000杯分(1400万㎥)にのぼり、2045年までに福島県外で最終処分することが国の責務として法律で定められている。
8月19日(土)、東京都で第9回「『福島、その先の環境へ。』対話フォーラム」が開催され、除去土壌の最終処分への理解醸成を促進するとともに、福島の未来に関する対話が繰り広げられた。
締めくくりとなる今回のフォーラムでは、西村明宏環境大臣や、フリーアナウンサーの政井マヤさん、中野美奈子さん、各分野の教授らが登壇。過去8回のフォーラムを振り返り、より具体的で深い対話を通して、未来を見つめた。
震災・復興の意味は、人によって違う
「『福島、その先の環境へ。』対話フォーラム」は、その名の通り「対話」を中心に据えたフォーラムだが、なぜ復興において対話が重要なのだろうか。
そもそも、一口に「東日本大震災」や「復興」と言っても、それらの意味や関連する方針は、地域や個人で違っている。
対話セッション前半で、中野さんは、これまでいろいろな地域で開催されてきた過去のフォーラムを振り返り「メディアが発信する情報は共通していても、受信する方々は多様な考え方でそれを受け取っているんだなと、参加者の声を聞いて改めて感じました」と語った。
香川で開催した際には、参加者からの「除去土壌が香川に来るから、ここで開催しているのではないだろうか」という不安の声が印象的で学びになった一方で、福島で開催した際には「福島を守りたい、どうにかしたい」という思いで参加していた若い世代の姿が印象的だったという。
また、2045年3月までの県外最終処分の実現に向けた、除去土壌の再生利用の必要性・安全性や実証事業の取組状況などについて説明もされた。
中間貯蔵施設が福島県双葉郡大熊町・双葉町に立地していることを踏まえ、登壇者や参加者、そして動画メッセージを伝えた大熊町長の吉田淳さんからも「漠然とした不安がある中で、福島全体のための苦渋の選択をしてくれた」とコメント。地域住民が対話の末に、重役を担っている事実に光を当てた。
登壇者の遠藤瞭さん(東北大学工学研究科量子エネルギー工学専攻の大学院生)も「みんなが同じような意見を持つのは難しいですし、そこを目指すべ気ではないと思っています」とした上で「事故で福島は特別な場所になってしまいましたが、そうでなくなるのが復興なのかなと私は思います」と意見を展開。
さらに「この先の未来がどのようになっていくのかは誰にもわからないことなので、『どのようになってほしいか』を今のうちから考えて対話をしていくことが大切だと思います」と続けた。
「知っていく」という負担の平等が、未来を作る
対話セッションの後半では、前半のセッションを受けて、参加者からの意見や質問が書かれた付箋が壇上のボードに集められた。
ファシリテーターを務めた開沼博さん(東京大学大学院情報学環准教授)は、寄せられた意見の中に「すべての土は福島へ。県外には一切出すな!」という強い言葉や「道路や公園などに再利用するのは良いが、作物は怖い」などの不安の声が寄せられていることにも光を当て、あらゆる声を掬い上げる、包括的な「対話」らしい進行でセッションを展開した。
寄せられた声の中には「もしかしたら、回収した除去土壌をそのまま再利用すると思っている人が多いんじゃないでしょうか」という、解像度の高い視点もあり、これに対し開沼さんは「実は私も(周囲に)黒い袋に入った土がそのまま埋められているというイメージの人が結構います」とコメント。
佐藤努さん (北海道大学大学院工学研究院環境循環システム部門資源循環材料学研究室教授)は、「多くの土壌は農地から取っているので、水分が多いです。そういった土で盛土を作るのは難しいので、実はいろいろな手を加えて、しっかりと土木資材の基準を満たすように調整しています。その調整の過程も環境省が監督をしています」と回答。除去土壌に関する一般的なイメージと実際のそれとの間には、違っていることがあると説明した。
セッションが終盤に差し掛かると、遠藤さんは「除去土壌に関する問題で、多くの人に知られていないところで誰かがその負担を引き受けているという状況をなんとかする方法を考える。それがこの対話フォーラムの意義だと考えています」とセッションを振り返った。
さらに「科学的な話もたくさんありましたが、不安を感じる権利というものは誰にでもあります。科学的なことが分からなくて不安を感じる人もいますし、科学的なことを聞いても不安を感じる人もいます。不安の対象は風評被害かもしれないし、その他の何かかもしれない。どうして、どこに不安を感じているのかをそれぞれが考えていくことが、対話を進めていくために大切なのではないかなと思います」と、不安の細分化をすることの意義を語った。
開沼さんは、除去土壌に関するキーワードの1つでもある「負担」の平等に焦点を当て、「『土をどうするか』という話はもちろん、それ以前にいろいろな『負担』の種類があります。例えば、知っていく、学ぶということもある種の負担です。今日ここに来てくださった皆さんのように、まずは『知っていく』という負担を平等にしていきませんか」と問いかけた。
今回が締めくくりとなった「『福島、その先の環境へ。』対話フォーラム」だが、この先も対話は続いていく。
震災から12年がたった今、大きな傷を癒すためには、負担を前向きな気持ちで平等に分担していくことが欠かせない。「難しそう」「なんとなく怖い」と腰が引けてしまいそうな科学や除去土壌問題にも、正しい情報を身につけて向き合っていこうと思う。