大学1年の頃、クラスのみんなに恋愛はしないと豪語していた。
それはなぜかというと、 高校時代の恋愛が面倒だったから。
面倒というと誤解を生みそうだけれど、当時の彼氏はとっても優しくてあまりにも紳士的で、
「君を守ってあげるよ、僕についておいで。」といった感じだった。
その時の私は彼の「ついておいで」という話をうわの空で聞きながら
「あんたに守ってもらわなくても自分でできるし!頼りたいわけじゃないし!」と思っていた。
そんな高校時代の恋愛経験もあって、 恋愛=面倒と思ってきたため、恋愛しない宣言をしていた。
どちらかといえば「一人で生きてゆく女性」に憧れていたのだ。
とはいいつつ女子のいわゆる「仲良くグループ」みたいなものも嫌いなので、
さばさばした女子や男子といる方が気楽で、そういう人とばっかり一緒にいた。
その中で出会ったのがのちに夫になる人だった。
女子とよく一緒にいて、人に頼ってばっかり(テストとか、テストとか。)のまったりした性格の男子で、
「何も考えてなさそうだなこの人。」が第一印象。
一緒に遊ぶ男友達の一人として仲良くなり、
おばあちゃんの家に一緒に行ったり、私が好きな街の散策に付き合ってもらったりしていた。
そうこうするうちにどんどん仲良くなり、結果、大学1年の終わりに付き合うことになった。
"付き合う"ということをしたくないという私を友達が説得した結果だった。
彼とは一緒にいて気楽で、楽しくて、なんならずっと一緒に居られるくらい雰囲気が合ったのが決め手。
大学2年の間は普通に大学生の恋愛をしていった。
授業はほとんど一緒だったし、休日も会って一緒に遊んでいた。
そうして日々過ぎていく中、人生最大の転機となる日が訪れた。
その日は突然やってきた。大学2年の春休みだった。
その日朝早く起きた私は生理が遅れていたのもあって、妊娠検査薬を使ってみた。
それまでに何回か使ったことがあったので(そのたびに陰性だったけど笑)なんの高ぶりもなく使ったけれど、今回はすぐに線が出た。
つまり陽性だった。
それまでも妊娠したら中絶しないということは考えてきたし、言ってきていた。
なぜそう考えていたかというと、高校で学んだ生命倫理の影響が大きかった。
命の多様さとそのひとつひとつの貴重さ、大切さを自分なりに受け取っていたのかもしれないなと今は自己分析している...
当時は中絶という選択肢をそもそも頭に浮かべなかった。
結婚ということも二人ですでにそれとなく考えてきていたし、この人とならずっと一緒に暮らしていけると思っていたのも産むという決断を揺らぎないものにしていたと思う。
まず、妊娠検査薬の写真を撮った。それから、考えた。
「やることが増えたな」
それしかなかった。動揺もしたけれど、高揚感に近い感情だった気がする。
アドレナリンが出すぎている状態みたいな。
まずは彼氏に連絡。一人で抱えているものを吐き出せた安心感で泣いてしまった。
そして次の日直接会った。
その時に
これから頑張っていこう!楽しもう!
と言ってもらえたことがすごく心の助けになった。
産むという決断は主に私がして、彼はそれを快く認めてくれたという感じだった。
そしてここから学生として母になるべく、小さくて大きな一歩を踏み出すことになった。
文章:柳下桃子