客からの理不尽な要求や暴言、脅迫などの著しい迷惑行為を指す「カスタマーハラスメント」。東京都は4月1日に「カスタマー・ハラスメント防止条例」を施行する。
条例の内容を解説するとともに、飲食、コールセンター業界のカスハラ対策や課題、また専門家にカスハラ行為者になりやすい人の特徴、条例の有効性について聞いた。
東京都のカスハラ防止条例の内容は?
条例では、カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)を「顧客などから就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するもの」と定義。「何人も、あらゆる場において、カスハラを行ってはならない」などと規定している。
条例の指針によると、「著しい迷惑行為」は暴行や脅迫、傷害などの違法な行為、または正当な理由のない過度な要求など。店舗や事業所の窓口といった対面だけでなく、電話やインターネットにおける行為も含まれるという。
例えば、就業者を大声で執拗に責め立てたり、人格を否定するような言動を行ったりなどの「精神的な攻撃」、謝罪の手段として土下座を強要する、長時間の居座りや電話などで就業者を拘束するーーなどの行動は、カスハラにあたる可能性がある。
SNSでの誹謗中傷も「カスハラ」の対象に
また、「就業者」には、企業や国、地方公共団体で働く人のほか、企業経営者や個人事業主、フリーランス、ボランティア活動に従事する人、企業などで就業体験を行うインターンシップ生、自治会役員なども含まれる。
カスハラの行為者・被行為者の例としては、客・店員、乗り降り客・乗務員、患者・医師、沿道住民・マラソン大会のボランティア、居住者とマンションの管理人、著名人のSNSの投稿欄にコメントを書き込む人・著名人ーーなどが想定される。
条例では、客の責務として「就業者に対する言動に必要な注意を払うよう努めなければならない」とし、事業者には「就業者がカスハラを受けた場合、速やかに安全を確保するとともに、非行為者に対して適切な措置を講ずること」などを求めている。
一方で、条例の適用にあたっては「顧客などの権利を不当に侵害しないように留意しなければならない」とし、正当なクレームを不当に制限してはならず、障害者や認知症の人など、合理的配慮が必要なケースもあるとしている。
ケンタッキー、店舗にもポスターを掲示
近年、カスハラを巡っては、厚労省が2022年に「対策企業マニュアル」を作成し、23年には精神障害の労災認定基準に加えることを決定した。24年は、航空会社や鉄道会社など大手企業が次々と対外的にカスハラ対応方針を発表。24年末、厚労省は企業にカスハラ対策を義務づける方針を決めている。
日本ケンタッキー・フライド・チキン(日本KFC)も24年12月に、カスハラに関する対応方針を発表した。店舗に該当行為を描いたポスターを掲示し、顧客に周知するとともに、対応マニュアルを作って従業員研修も実施するという。

カスハラに該当する行為について「頻繁に来店し、そのたびにクレームを行う」「自らの要求を繰り返す、揚げ足を取る」「SNSでの従業員での誹謗中傷や氏名などの公開」といった具体例を挙げた。悪質な場合は警察と弁護士に相談の上、厳正に対処するとしている。
不特定多数の消費者との接点が多い飲食店は、カスハラが起きやすい業種だ。
一方、“お客様は神様”という日本独特の「顧客至上主義」の考えは根強く、「カスハラという言葉が広がる前は、方針に記載したような事例があっても『自分たちの言動に不備があったのでは』という認識で、それをハラスメントと捉える指標がなく、現場から被害を訴える声が上がることは多くありませんでした」(日本KFCの広報担当者)という。
ただ近年、カスハラが広く問題視される中で、徐々に現場のスタッフから「従業員相談センター」に声が届くようになったという。広報担当者は「従業員を保護するとともに、お客さまにも適切な対応を求めて、安心して働ける健全な職場環境を作るのが(方針を作る)目的だった」と語る。

「カスハラ文言」をAIが検知→管理者に報告
コールセンターなどでは、カスハラ対策にAIを活用する企業も増えている。
AIを活用して営業電話や社内外の音声解析を手がけるRevComm(レブコム)が提供する「MiiTel Call Center(ミーテルコールセンター)」は、オペレーターと顧客の会話をリアルタイムで文字起こしできたり、顧客の音声から感情を推定できたりするサービスだ。現場を管理する「スーパーバイザー」の業務支援を目的に作ったもので、近年はカスハラ対策に役立てている例が増えているという。
例えば、「納得できない」「ふざけるな」などカスハラに繋がりそうな言葉を検知した際、管理者が見ている画面に通知が行き、即座に三者間通話に切り替えたり、応対を代わったりできる。また、通話時間が平均を超えている場合はステータスごとにアラートが表示され、「長時間拘束」を防ぐことができる。

「カスハラ顧客は段々と排除されるのでは」
また、通話終了後、オペレーターが「優しかった」「疲れる相手」「圧が強い」といった対応時の感情を手動でタグ付けし、心理的な負担を可視化することも可能。そのデータをもとに特定のオペレーターに難しい顧客が偏らないよう調整するーといった対策を講じる企業もあるという。
レブコムは今後、AIオペレーターが対応するボイスボット機能も提供予定。悪質なクレームや言動を繰り返す顧客の電話番号を自動的に振り分け、オペレーターに繋げず、ボイスボットのみで対応するといった使い方をするコールセンターも現れるのではないかと予想しているという。
MiiTel Call Centerのプロダクトマネージャーを務める中村有輝士さんは「セクハラが社会問題となり、加害者が批判される流れが生まれたように、カスハラ顧客も今後は相手にされず、段々と排除されていくのではないか」と見ている。一方で、対策についてはコールセンター業界ならではの課題もあるという。
「コールセンターという業界は、基本的にクレームに対応するのが当たり前という考えが染み付いています。カスハラという概念が広がったとしても、上層部が『それくらいは当たり前』だと従来の価値観で気に留めなければ、対策は浸透しないのではないでしょうか」
カスハラ行為者の特徴とは?
カスハラを巡っては、各業界が対策を急いでいるが、どんな人が「加害者」になりやすいのだろうか。
消費者心理や悪質クレームについて研究する関西大学の池内裕美教授によると、国内外の複数の研究者が、カスハラ行為者には高学歴、高所得、社会階層が高いなどの特徴が見られることを認めており、それに当てはまりやすいのが“中高年男性”だという。
「役員や管理職などに就いている人は、社内での地位を社外に持ち出す傾向があり、『自分は特別だ』という意識を抱きやすいと言えます。あるいは高齢者の場合は、そうした地位にいた人がカスハラ行為者になりがちです」
中高年のカスハラ行為者には、地位や権威を振りかざしながら自分の主張を通そうとする「筋論型」、後輩を育成するような感覚でクレームをする「世直し型」、思い通りにならないと声を荒げる「ストレス発散型」が目立つようだ。
「個人差はありますが、一般的に感情を抑制する前頭葉の働きは、年齢とともに衰えていくことがわかっています。感情をコントロールできないと、些細な不満やストレスを抑え込むことができず、結果的に悪質クレームをすることに繋がります。
また、高齢者は聴力が弱っている分、声が大きくなり、本人は普通に話しているつもりでも荒々しく聞こえることもあります。『ああ?』と聞き返したことが、従業員からすれば恐怖を覚え、『カスハラ』と認識される側面もあるでしょう」
こうした理由も相まり「当事者は『自分がカスハラを行っている』という認識がない場合が多い」という。

一企業だけでなく、業界としての方針も必要
条例施行については「罰則のない理念条例なので一足飛びにカスハラが減る可能性は低い」とした上で、「カスハラの認知を促進する第一歩としては有効。また、様々な状況を想定したガイドラインが整備されたことで、その実効性が一層強化されるのでは」と評価する。
「カスハラを社会全体に浸透させるとともに、企業に対しても問題意識を喚起し、対策を講じるきっかけとなるでしょう。従業員側においても、カスハラに関する明確な基準が設定されることで、声を上げやすくなり、結果として職場環境の改善が期待できます。ただ同時に、消費者が適切に意見を伝えるための体制も、企業側で整備する必要があるのではないでしょうか」
また、池内教授は今後の課題について次のように語る。
「自治体の条例や企業のマニュアルは、一度作成しただけで終わらせず、適宜見直しを行うことが重要です。現場でカスハラがどの程度起きているのか、あるいは減っているのかという情報収集を継続的に行うことが求められます。
また、一企業だけで体制を整えることは重要ですが、それには限界があり、企業間で対応に格差が生じる可能性があります。すでに取り組みを始めている業界もありますが、より実効性の高い対策を実現するためには、各業界の実情に即した対応基準を策定することが不可欠だと考えます」