長年ヴェールに包まれてきた「閉ざされた国」サウジアラビア。今、日本カルチャーに熱視線を送っていることを知っているだろうか。
2019年まで、巡礼やビジネス目的を除いて、海外からの入国は許されていなかった。門戸を急速に開くことになったいま魅力作りに利用するのが、世界から集める芸術・スポーツなどの文化なのだ。
そして、政府が熱視線を送っている一つが、日本のコンテンツビジネス。デジタルテクノロジーを使ったアートを制作する「チームラボ」のインタラクティブ美術館「チームラボボーダレス ジッダ」が2024年6月、メッカの玄関口に創設された。チームラボにとっての初の中東進出は、国主導での誘致がきっかけだった。
さらに、2024年3月には、日本にもまだ存在しない、『ドラゴンボール』のテーマパークが作られることが発表されている(開館時期は未定)。
日本のコンテンツ誘致に熱心になっている理由は何か。現地を訪ねた。

「現代デジタル技術を駆使して約80種類もの芸術作品群を展示し、さまざまな種類の芸術性の向上に役立つでしょう」。「このミュージアムが、サウジアラビアの地域と世界における芸術と文化の中心地となることを目指します」。
「チームラボボーダレス ジッダ」の開館に寄せて、サウジアラビア王国文化省 アブドゥルラフマン・アルモタワ氏は、そんな風に狙いを語っている。

筆者が訪れた2024年12月、中東初の「チームラボボーダレス」には家族連れで訪れる人の姿が多く見られた。
子どもたちが飛び跳ね、アバヤを着た女性たちが光のアートに手を伸ばし、デジタル作品と融合した抹茶をたしなんでいた。
入り口には、大学を卒業したばかりだという3人組の女性たちがいた。サウサンさん(23)は「日本にはハネムーンで行きたいと思っています。ジッダに日本のチームラボが来てくれて興奮しています」と話した。熱烈に話しかけてくれるのに少々驚くくらいだった。
若者の3人に1人が日本のアニメを見ている
滞在中、日本から来たというと話が膨らむことが多かった。別の場所でも「キャプテン翼、私、大好きです」と話しかけられた。たまたま入ったレストランで日本人かと聞かれてそうだと答えると、日本のことを立て続けに聞いてきたのはアブドゥル・アルビナリさん(36)だ。
英国留学経験のある映像作家で日本の漫画を見て育ち、英国でも親しい友人のひとりが日本人だったという。履いているズボンは、サウジアラビアにも進出している無印良品の製品だという。
「欧米よりもサウジの文化に波長が合うのが日本だと思っています。敗戦を経験しても成功している日本を尊敬しています」。アルビナリさんはそう話す。「侘び寂び」に代表される茶道の精神など日本文化が好きで、ジブリ映画や、ドラマ『SHOGUN 将軍』などの作品もよく見ているという。
他にも、道や相乗りした車などでも、『ONE PIECE』、『NARUTO』、『呪術廻戦』など日本の漫画が会話に登場することがしばしばだった。
どうしてなのか。サウジアラビア政府観光局は「サウジアラビアは日本のアニメやゲームなどの愛好家が多い親日国だから」と説明する。
1980~90年代、『キャプテン翼』など日本のアニメ作品が現地で放送され始め、ネットでは先ほど名前が上がった以外にも『名探偵コナン』や『鬼滅の刃』などがよく見られてきたという。同局によると、2022年時点でサウジアラビアの若者の3人に1人が日本のアニメーションを見ているというデータもある。

「開かれた国」目指し
そもそもサウジアラビアは、どんな国なのか。
国家体制は国王が首相、皇太子が副首相と定める君主制だ。イスラム教の中でも原理原則に忠実なワッハーブ主義をとる。
厳格に戒律を守るために、公共の場では「勧善懲悪委員会」、いわゆる宗教警察の存在感がこれまでは強かった。
イスラム社会の秩序を守るため、礼拝や断食などの義務行為を監視し、密造酒やポルノ、賭博の摘発や肌の露出、クリスマスなどイスラムを起源としない習慣などを取り締まりの対象としていた。
しかし、国が方向転換をすることを決定づけた事件がある。それが、2002年にメッカで起きた女子校での火災だ。
髪や肌を露出している女子生徒を救助しないようにと宗教警察が消防隊を制止した事件は、国際社会にも知られることになった。
これを機に、政府は国際的なイメージ改善と国民の不満を和らげる方向に舵を切った。
観光やエンタメを産業として確立し、女性の社会的進出を認める方向性に変わっていった。2016年には、委員会による捜査や逮捕の権利は無くされた。

石油依存からの脱却。皇太子がすすめる「ビジョン2030」
サウジの「開国化」を強力に進めているのがムハンマド・ビン・サルマン皇太子だ。その背景には石油資源に頼らない国づくりが急務だからだ。
2017年6月、次期国王である「皇太子」に任命され、2022年9月には、国王が首相を務めると定める法の例外として、国王令によりムハンマド・ビン・サルマン皇太子が首相に就任した。
エンターテインメントや観光振興などを柱に、2030年までに石油資源に頼らない産業の多角化をすすめる国家成長戦略「サウジ・ビジョン2030」を掲げている。女性の労働参画推進等を含む包括的な社会改革の方針も含まれる。
「チームラボボーダレス」は、そのビジョン2030計画の一環として、世界文化遺産・ジッダの旧市街に設けられた「カルチャースクエア」という文化新興の中心地に開設された。延床面積は約1万平方メートル。約80の作品群が体験でき、一日では見切れないほどだ。
また、ドラゴンボールのテーマパークはリヤド郊外で建設が進んでいる。エンタメに特化した都市「キディア・シティ」の敷地内に誕生する予定で、総面積360平方キロメートルを誇る。
サウジアラビアの国土面積は215万平方キロメートルで日本の約5.7倍だ。スケールが大きいのは広大な面積に加えて、「若い国」であることも影響している。
サウジアラビア政府広報によると、サウジアラビアは人口の約6割の1200万人が30才以下だ。JETROによると、娯楽市場規模は2030年までに1400億円を超えると予測され、大きく伸びる可能性を秘めた国がサウジアラビアなのだ。
一日に何度も祈りの静寂な時間がある一方、片側4車線の幹線道路を車がひっきりなしに通り、若い世代にあふれるエネルギッシュさを持つ国。それがサウジアラビアだ。
3日間の滞在中、最も印象に残った現地の人とのやりとりは「インスタ交換しよう」という会話。英語話者の現地の人のほとんどから聞かれた言葉だ。
門戸が開かれたばかりの国が海外からの種々様々なものを急速に吸収しようとする勢いがここにはある。そして、日本人とも積極的に交流しようとするーーー熱い視線を感じる国だった。
サウジアラビア王国文化省と紅海国際映画祭Red Sea Film Festival事務局より招待を受け、現地のツアーに参加しました。執筆・編集は独自に行っています。