「パラサイト」のチャパグリは「ジャンクなとっておき」。思わず再現してしまった映画の中のメニュー

ライターの西森路代さんと白央篤司さんによる「食」をめぐるリレーコラム。今回は「パラサイト」のチャパグリやスペイン映画のガスパチョなど、白央さんが「思わず、再現してしまった映画の中のメニュー」です。
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前回、西森路代さんが紹介された香港映画の『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』は私の周囲でもかなり話題で、中には「2回見た!」という人もいる。映画に登場する叉焼飯、私はまだ食べたことがない。公開が終わらないうちに見に行って、香港料理店に寄ってみよう。   

さて西森さんから「映画の中のメニューを再現してみたことはありますか?」と訊かれて、しばし考えた。うーん……チャパグリかな。ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』(2019年)に出てきたあれである。公開当時「食べてみたい!」となった人も多かったような。

甘辛いタレで和える汁なし麺で、2種の韓国製インスタントラーメンを混ぜて作るもの。辛いのかと思いきやそれほどでもなく、ジャンクなおいしさがいい。映画内では富裕層がまさに「特上!」という感じの牛肉を具にしていたけれど、そんなぜいたく私は無理なので、具無しで食べた。

そう、富裕層の女性がお手伝いさんに「チャパグリが食べたくなったの。〇分ぐらいで帰るから作っておいてね」と車から携帯で頼む、みたいなシーンだった。あの設定が効いている。妙に興味をひかれるというか、見る者の食欲×好奇心をかきたててくる。いつもゴージャスな食事をしている人がふと「ああ、どうにもあれが食べたい!」と思うものって、どんなものなんだろう……。  

「私のジャンクなとっておき」

映画『パラサイト』に登場するチャパグリは韓牛を使った豪華なものだった(写真はイメージ)
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映画『パラサイト』に登場するチャパグリは韓牛を使った豪華なものだった(写真はイメージ)

いわばジャンクフード的なもので定期的に「食べたい!」と熱望してしまうもの、多くの人にあると思う。ペヤングだったり宅配ピザだったり、あるいは牛丼にキムチとマヨをかけたものだったり。『パラサイト 半地下の家族』におけるチャパグリのシーンって、見るうち「私のジャンクなとっておき」を想起させてくるようにも思える。「私にとってのアレが、彼女にとってのチャパグリなのか」、と。だからこそ「ああ、食べてみたい!」となった人、多かったんじゃないのかな。

蛇足だが、チャパグリを食べる演技自体もよかった。演じるのはチョ・ヨジョン、決してバクバク食べず麺を2本ずつぐらいで食べる。「私はハイクラスな人間、こういうものも優雅に食べるのです」なんて気取りとある種の浅薄さが体現されていて、この所作だけでもどういう人物かが見事に伝わってきた。演技巧者大集合みたいな本作の中で、チョ・ヨジョンは特に心に残っている。  

正解の味もわからないまま…

映画で見てどうにも作ってみたくなったもの、もうひとつ思い出されてきた。かなり昔の映画だが、紹介させてほしい。ペドロ・アルモドバル監督の『神経衰弱ぎりぎりの女たち』(1988年)に出てくる、ガスパチョだ。

トマトを中心に数種の野菜を入れて作る、スペインの冷たいスープ。公開当時、日本でガスパチョは一般的に知られていなかったはず(今でも一般的かといえば、まだそうでもないだろう)。

同棲していた恋人が出ていき、やけっぱちの主人公がとにかく映画内でずっと気持ちが荒れ、ゆらぎ、ハイテンションと消沈を繰り返す。演じるカルメン・マウラが快演そのもの、見ているとどんどん彼女に引き込まれてしまう。アルモドバルらしいカラフルな色彩配色に美術インテリア、クセの強すぎる脇役たちも楽しく、20代前半に見てそのユニークすぎる世界観に圧倒された。

トマトを中心に数種の野菜を入れて作る、スペインの冷たいスープ「ガスパチョ」(写真はイメージ)
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トマトを中心に数種の野菜を入れて作る、スペインの冷たいスープ「ガスパチョ」(写真はイメージ)

(これからちょっとネタバレ、かも? 詳しく知りたくない人はご注意ください)

さてこの主人公、睡眠薬を飲もうとするシーンがあるのだけれど、なんとガスパチョを作るミキサーに入れて攪拌するのである。はじめて見たとき「なんちゅうことをするのだ……!」と驚き、同時に笑ってしまった。流れで見ていると実に見事な「やけくそ」の表現になっているから。映画における食のシーンといえば忘れられない1本なんである。

彼女は作中で自分なりのガスパチョレシピを語る。先日アマプラで再見したときメモしたが、「トマト、きゅうり、ピーマン、玉ねぎ、にんにく、油、塩、酢、乾いたパン、水」をミキサーにかける、というもの。これを大昔、真似してやってみたのだった。

材料の分量は語られないし、そもそも実際のガスパチョを食べたことがないので味の正解も分からない。だけど作っている間、心からワクワクした。楽しかった。まったく未知の味の世界が迫ってくるような、遠きスペインにあるアルモドバルの世界が近づいてくるような。味は正直おいしいと思えなかったが、適当に作っているんだからしょうがない。ひとり暮らし用の小さな冷蔵庫の中に、大量のガスパチョがある日々が数日続いた。ドアを開けるたび、なんだか面白くて、楽しかった。映画の余韻がスープとなってそこにあるようで。そしてふと思う。あんなに心からワクワクしつつ料理をすること、最近あっただろうかと。なんだかちょっと反省してしまう。 

今でもガスパチョを味わうと、アルモドバルの最新作が待ち遠しかった頃を思い出す。あれから30年、いまやガスパチョも目分量で適当にそこそこおいしく作れるようにはなったが、最初に作ったボヤけた味のガスパチョが妙になつかしい。

(文:白央篤司 編集:毛谷村真木)