「マイノリティを描いてくれてありがたい」の、その先へ。漫画「半分姉弟」の作者が「オワコンになりたい」と願う真意

「外国人や移民、ミックスルーツの人が描かれる日本のエンタメ作品では、今でも日系の日本人が救世主であるストーリーの展開が少なくありません」。藤見よいこさんが見つめる、日本のエンタメ作品における人種的・民族的マイノリティの描かれ方。
『半分姉弟』©︎藤見よいこ/トーチweb

「ハーフ」と呼ばれる人たちの日常を描いたweb漫画「半分姉弟」(トーチweb)。2022年の連載開始時にネット上で反響を呼んだ本作品の単行本第1巻が、3月28日に発売される。

一般に「ハーフ」は、「外国人」と「日本人」との間に生まれた子どもの呼称として使われることが多いが、曖昧な概念であり、歴史の中で肯定的にも差別的にも使われてきた。

「半分姉弟」は、「ハーフ」と呼ばれる人たちが日本社会で日々受ける人種差別やマイクロアグレッション(※1)のリアルを突きつける。作者は、自身もスペイン人の父と日本人の母がいる「ハーフ」の藤見よいこさんだ。

漫画や本、映画好きでもある藤見さんは、日本のエンタメ作品における人種的・民族的マイノリティの描かれ方をどう見ているのか。

(※1)明らかな差別に見えないものの、人種・民族、ジェンダー、性的指向などにおけるマイノリティを対象に、相手が属する集団に対する先入観や偏見をもとに、その人個人をおとしめるメッセージを発する日常のやりとり。悪意の有無は問わない。

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当事者が主人公にも、作り手の中心にも不在

『半分姉弟』©︎藤見よいこ/トーチweb

「人種差別の問題を扱うエンタメ作品は日本でまだ少ない」と、2022年のインタビュー時に語っていた藤見さん。この数年での人種的・民族的マイノリティの表象に、どんな変化を感じているのだろうか。

「共感させないマイノリティ像を描いてきた作家の安堂ホセさんの小説が芥川賞に選ばれたことは、個人的にインパクトがとても大きく、背筋が伸びる出来事でした。文学の分野は在日コリアンの人たちも活躍していて、歴史の蓄積もあるように思います。

一方で漫画やドラマ、映画といったジャンルを見ると、この数年で大きく変わったなっていう感覚は正直なくて。もちろん、志のあるクリエイターさんによる良い作品も出てきてはいますが、(民族や宗教、文化的背景、ルーツなどが社会の中で少数に属する)エスニックマイノリティが主人公の作品が日本では依然として少ないと感じています。

ミックスルーツの人が登場するときは、主人公が(日本にのみルーツがある)『日系日本人』で、その脇に出てくることが圧倒的に多い。

アメリカでは、白人の主人公が非白人を助けるというストーリーの映画の類型はwhite savior(白人救世主)と呼ばれます。『非白人の人たちは弱い存在であり、自分たち自身で物事を解決する能力がない』というステレオタイプを強化する描き方で、批判の対象になります。

外国人や移民、ミックスルーツの人が描かれる日本のエンタメ作品では、今でも日系の日本人が救世主であるストーリーの展開が少なくありません。マジョリティの側がエスニックマイノリティを助けてあげる、もしくはマイノリティの方が、『日系日本人』の主人公が成長し活躍するためのきっかけや気付きを与える役割を担う。そうした傾向が広く議論されることもほとんどありません」

「ハーフ」を含めたミックスルーツが主人公の作品が少ないことに加え、作り手側に当事者が不在な点にも課題があると藤見さんはいう。

「『レイシズムを描いている』と評価されるような作品でも、原作者や脚本、主演、プロデューサーのいずれも非当事者であることはまだ多く、作り手の中心にマイノリティ当事者の姿が見えないことが気になります。

個人的には『当事者でなければ作品を作ってはいけない』とまでは考えていません。非当事者の人でも、誠実に取材を重ねることで作り上げた良い作品も存在します。

ただ、大きな資本が動くような作品であれば、雇用機会という観点でも当事者コミュニティにもっと強くコミットしてほしいという思いがあります。これは人種や民族に限った話ではなく、様々なマイノリティを描くことについて言えることだと思います。

この数年、当事者が監修や考証として関わる作品も出てきていて、それ自体は良い流れだと思う一方で、それにとどまらず、より多くのマイノリティの当事者が作り手側の内部にいてほしい。

エンタメは大きな影響力があるものなので、そこで移民やミックスルーツ、エスニックマイノリティをテーマとして扱うこと自体には意義があると考えています。

今までは画面の端にエスニックマイノリティが映るだけで『描いてくれている、ありがたい!』という気持ちがありましたが、今はもっと先に進みたい。この社会で生きるエスニックマイノリティが、主体性を持った人物として、その感情が描写される。そうした作品がもっと必要です」

『半分姉弟』©︎藤見よいこ/トーチweb

一方で、外国ルーツの人たちを主軸とする作品も生まれている。

幼い時に来日し、日本で育ったクルド人の高校生が主人公の
『マイスモールランド』(2022年公開、日仏共同制作)は、日本の入管制度や難民認定の問題にも切り込んだ映画で、監督や主演俳優などはミックスルーツ当事者だ。

「同じきょうだいの中でも、日本語だけ話せる子もいれば、両親双方の母国語を話せてアイデンティティが揺らいでいる子もいて、自身のルーツやコミュニティへの感覚はそれぞれ違います。

『マイスモールランド』はそうした移民1.5世や2世のリアルを描いていて、こうした作品が日本で増えてほしい。そして
ゆくゆくは、クルドにルーツがある人が手がけた作品も出てきてほしいですね

藤見さんの願いは、「半分姉弟」が「数年後にはオワコンになっている」ことだと冗談めかして言う。

「『ハーフの物語を先駆けて描いた漫画っていう意味では意義があるけど、もう古いよね』ぐらいに言われてほしい(笑)。エスニックマイノリティを中心に据えた漫画がこの先どんどん増えて、それぐらいの立ち位置になれるのが理想です」

「生産性」を持ち出すことの危険性

「『日本人』だけでは、この国はもう維持できないから」━。そうした「生産性」や「有用性」を掲げて、社会にとってメリットがあるマイノリティなら「受け入れる」という言説は、日常にあふれている。

「半分姉弟」1話にも、フランス人の父と日本人の母との間に生まれた優太が、姉の和美マンダンダに「特別群れにとって有用やないと一員にしてもらえんのやと思う」と語る場面がある。

「外国人差別に反対する人ですら、『移民の労働力はこの社会に必要だから、日本は移民なしではもたないから、差別してはいけない』という言い方をすることがあります。確かにそれはファクトとしては正しいことかもしれません。

でも差別に反対する時に『生産性』を持ち出す必要は本来ないはずです。同じ社会に生きている隣人だから、という理由で十分ではないでしょうか。税や社会保険料の未納を理由に永住資格を取り消せるようにした永住許可取り消し法案(※2)は、まさにその思想から生まれていると思います」

病気やけがなど、様々な事情で税や社会保険料を支払えない状況はどんな人にも起こり得る。政府は取り消しの対象を「悪質な場合に限る」と説明するものの、永住者やその家族からは不安の声が上がっている

「取り消し法案への反応を見る中で、この社会でイメージされる外国人像は『自らの意志で日本に来た人たち』なのだと実感しました。ですが昨年に法案の概要が初めて報道された時、私が真っ先に思い起こしたのは、親と一緒に日本に移住した移民1.5世や日本で生まれ育った移民2世、広義のミックスルーツの人たちです。『ハーフ』というアイデンティティを持つ人もその中にはいます。

『在留資格がないなら国に帰ればいい』という声を聞きますが、生活基盤が日本にしかなく日本語しか話せない人たちが、すでにこの社会で生きています。その人たちの人生が想定されていないのではと歯痒く感じました」

(※2)永住許可の取り消し要件を拡大する法案。故意に税や社会保険料を納付しないなどの場合に、永住資格を取り消すとの内容が盛り込まれた。2024年6月に国会で可決。

固定化された「外国人」のイメージの奇妙さ

「半分姉弟」には、実在する土地や商品、人物などの固有名詞が随所に登場する。藤見さんはその狙いについて、「私たちが生きている社会と地続きの話だと認識してほしくて、意図的に書き込んでいる」と明かす。

人種差別はアメリカなど『日本の外』にしかないと思っている人もよくいますが、私たちの足元で現実に起きています。ハーフと呼ばれる人々は、まさに今この社会で生きているのだとエンタメ作品の中で伝えていく。それが『半分姉弟』の一つの役割かなと思っています」

雑誌のページをめくりながら「美人なの当然じゃん?この人『ハーフ』だから」と話す美容院の客。警察官たちから見た目を理由に容疑をかけられた、忘れられない過去の記憶。

作品では、こうした「美しさ」や「犯罪」といった切り口からも、「ハーフ」に向けられる肯定と否定のステレオタイプを可視化し、そのいびつさを読み手に突きつける。

「例えば私の親が外国人だと知っている人が、私に向かって『最近外国人が増えて、治安が悪くて怖いよね』みたいなことを悪びれずに言うことは今もあります。この人の中で白人は『外国人』に含まれず、だからこそ私に言ってもいいと思っているんだなあと。『外国人』の中でも脅威とされる人とそうでない人の線引きがあるのは、レイシャルプロファイリング(※3)にも通じる話です。

逆に『ハーフとか外国人って綺麗だよね』と言及する時の『外国人』は、白人を想定している場合が多い。『外国人』のイメージが場面ごとに固定化されている奇妙さも、今後の物語の中で投げかけたいです。

私自身、ルーツや国籍などを考慮すると、『ハーフ』の中ではとても優位な立場でこの作品を描いていることには葛藤もあります。自分の中でも答えが出ていることではないのですが、葛藤として抱えていきたいと思っています」

(※3)警察などの法執行機関が、「人種」や肌の色、民族、国籍、言語、宗教といった特定の属性であることを根拠に、個人を捜査の対象としたり、犯罪に関わったかどうかを判断したりすること

『半分姉弟』©︎藤見よいこ/トーチweb

(取材・執筆=國﨑万智@machiruda0702.bsky.social

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