甲状腺検査の報道、なぜメディアは消極的なのか。「このまま歴史に残ってもいいのか」、ライターが問いかけ【福島】

福島で行われている甲状腺検査を巡るメディアの問題点について、国内外で取材を展開し、早期から問題提起してきたライターの服部美咲さんにインタビューしました。【福島甲状腺検査と過剰診断】【東日本大震災】

東京電力福島第一原発事故後に始まった福島県「県民健康調査」甲状腺検査。事故当時18歳以下だった県民ら約38万人を対象に実施されており、これまで350人が「悪性(悪性疑い)」と判定され、294人が手術を実施している

100万人に数人の割合で見つかるという小児の甲状腺がんだが、福島で多く見つかっている理由は「原発事故による放射線被ばくの結果ではない」というのが世界的なコンセンサスだ。

むしろ「高感度の超音波検査の結果」であり、ハフポスト日本版も専門家のインタビューなどを通して、放置しても生涯にわたって何の害も出さない病気を見つけてしまう「過剰診断」の問題について指摘してきた

一方、このような問題はニュースで大きく取り上げられることが少ない。検査のあり方を検討する県の有識者会議で複数人の委員が検査継続に反対し、「子どもの善意を犠牲にした倫理的に問題のある検査」と声を上げる専門家がいるにもかかわらず、積極的に報じようとしない。

なぜメディアはこの問題に消極的なのか。どういう報道がこれから求められるのか。甲状腺検査を巡る取材を国内外で展開し、検査や過剰診断の問題を早期から提起してきたライターの服部美咲さんにインタビューした。

◇服部美咲さんプロフィール◇

原発事故後の福島を科学報道の側面から伝え続けているフリーライター。2016年から専門家の解説と教養のポータルサイト「SYNODOS(シノドス)」を中心に科学コミュニケーションに関する記事を執筆し、2018年から福島の今を伝える「福島レポート」で編集長を務める。著書に「東京電力福島第一原発事故から10年の知見 復興する福島の科学と倫理」(丸善出版)がある。

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Demianastur via Getty Images/iStockphoto

◇「テレビがいつも『〇〇人の子どもが甲状腺がんに』と報じていて」

——服部さんと福島の関わりについて教えてください。

家族の転勤で2015年から2020年まで福島県に住んでいました。その間に原発事故後の福島を取材・執筆するようになり、当初は生産者が風評被害を乗り越えようと頑張っている姿を伝えていました。

特に記憶に残っているのは、2015年頃に取材した南会津・南郷地区のトマト農家の「どんなに頑張っても風評の影響を受ける」という言葉です。今となっては福島県産品の安全性は常識になっていますが、当時はまだ「不安」や「怖い」と言う人もいました。

その言葉を聞いて、風評被害を乗り越えようと頑張っている生産者の姿だけでなく、科学的根拠に基づく正しい情報も書いていかなければならないと感じました。

——甲状腺検査の取材を始めたきっかけは何でしょうか。

生産者の取材の過程で米農家の女性と知り合いました。彼女は原発事故後の福島で米を作っているという理由で、危険を煽る人たちから「テロリスト」「毒を作っている」と罵られてきたそうです。

酷い言葉の数々に唖然としました。しかし、彼女は折れませんでした。「私が作っている米が本当に毒でテロだというのであれば、自分の家に警察が来るはず。それなら逮捕されるまで作りますよ」と笑って見せさえしました。

誹謗中傷に臆することなく、福島で安全でおいしい米を作り続ける。ものすごく強い気持ちを持った人だなと感心したのと同時に、原発事故から立ち上がる福島の人のパワーも感じました。

しかしある日、彼女が私にこんなことを聞いてきました。「服部さん、正直なところ、甲状腺がんってなるんですか」ーー。明るい性格の彼女がいつになく不安げな表情を浮かべていました。

理由を聞くと、「テレビがいつも『〇〇人の子どもが甲状腺がんに』と報じていて、子どももそれを一緒に見ています。いつか自分の子どもも甲状腺がんになるのではないかと心配になって……」と打ち明けてくれました。

私はシンプルにメディアの問題だと思いました。数カ月スパンで開催される福島県の県民健康調査検討委員会では甲状腺検査の結果も報告されますが、メディアはいつも「〇〇人の子どもにがんが見つかった」とだけ報じ、「なぜ見つかっているのか」については詳しく解説しません。

そんな報道に触れたら、間違いなく子育てをしている人たちは不安になるでしょう。その言葉を聞いて、彼女のためにも福島の甲状腺検査の取材をしっかりしていこうと決意しました。

福島県立医大で甲状腺の超音波検査を視察する安倍晋三首相ら(2014年5月17日、福島市で。肩書は当時)
福島県立医大で甲状腺の超音波検査を視察する安倍晋三首相ら(2014年5月17日、福島市で。肩書は当時)
時事通信

◇国内外の専門家を取材「一度立ち止まって」

——取材を始める前、原発事故と甲状腺がんの関係についてはどう考えていたのですか。

福島の被ばく線量は低いという国内外のコンセンサスから、爆発的に甲状腺がんが増えているとは当初から思えませんでした。しかし、現実には悪性や悪性疑いと診断され、手術をしている子どもが多くいます。

その理由を確認するために、専門的な情報を広く集め、甲状腺検査を俯瞰する記事を最初に書きました。「専門家の見解が『放射線の影響で小児甲状腺がんは多発していない』という点でほぼ一致している」「専門家と一般の人との間で認識の乖離が起こっている」と伝えました。

当時は検査を網羅的にまとめた記事はなく、むしろ「原発事故の影響で甲状腺がんが増えている」といった情報がありふれていましたので、この記事を出せて良かったと思います。

これを始めに、甲状腺検査と向き合ってきた国内外の専門家、検査対象者、基本的知識など、様々な切り口で記事を発信してきました

——福島で甲状腺検査が始まった経緯についてはどう評価していますか。

検査が始まったのは2011年10月です。目に見えない放射線というものに不安を抱えている人も多く、福島県や福島医大も住民の心配を放っておくわけにはいかなかったと思います。あの時期は確かに「見守り」が必要でした。

「不安の声にどう答えるか」は非常に大事です。「この被ばく線量であれば健康に影響があるとは考えられない」ということを示すために検査が始まったのだと思いますが、臨床で見つかる甲状腺がんの数十倍ものがんが発見されるという事態は想定外だったのではないでしょうか。

また、あの時期に検査をせず、5年後に検査をしてこれほどの数の甲状腺がんが見つかっていたら、県民の不安や混乱は今以上のものとなっていたのではないでしょうか。事故後早期に検査を始めたからこそベースラインができ、過剰診断についても言及できるようになった、という見方もできます。

つまり、あの混乱の時期に検査を始めたこと自体は仕方のないことだったのではないかと考えています。ただ、これはあくまで検査開始後しばらくの話です。時間が経過するにつれてこれだけ問題が出てきたわけですから、一度立ち止まって考え直すべきです。

——甲状腺検査の問題点は何だと考えますか。

今の一番の問題は、検査の受診率が下がってきている中、学校検査が継続されている点です。最近も県民健康調査検討委員会で委員たちが学校検査の問題について指摘していますが、このまま検査をやり切ってしまっていいのでしょうか。

大きな問題を抱える検査を最後までやり切ってしまった。専門家がどんなに指摘してもやめなかった。こんなことが歴史に刻まれてしまいます。

福島県や福島医大はもしかしたら、県民から「なぜ最後まで見守らないんだ」と言われることを心配しているのかもしれません。

ただ、2022年11月に配信した福島の甲状腺検査を受けて考えたこと」という記事でも紹介しましたが、原発事故当時小学4年生だった女性は私のインタビューに、「甲状腺検査開始から10年、私たちはもう十分見守ってもらえました」と話しています。高校生の時に検査に疑問を持ち、それからは検査を受けていないということでした。

多額の予算を組んだ事業ですし、途中で「問題があったので検査をやめます」と言い出しづらいこともわかりますが、今から過剰診断の影響を受ける子どももいます。検査に関わる大人はその子どもの人生を考え、勇気を出して一旦立ち止まってほしいです。

これまでの取材をもとにハフポスト日本版が作成
これまでの取材をもとにハフポスト日本版が作成
過剰診断で起こり得る4つの不利益

◇なぜメディアはこの問題に消極的なのか

——過剰診断などの問題が指摘されている甲状腺検査ですが、なぜかメディアは積極的に触れません。

メディアが「いつ、何ができたか」を考えてみたのですが、2016年までは検査の問題点について自信を持って書くことができなかったのかもしれません。しかし、その後に少なくとも2回、書かなければならないタイミングがありました。

1回目は「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」が2017年、中間報告を公表したタイミングです。中間報告では、小児の甲状腺被ばく線量が2013年報告書の推計値より大幅に低い数値であることが示されました。

1歳時の甲状腺被ばく線量は、最大でも40ミリシーベルト程度だったということがわかったのです。つまり、福島でこれまでに見つかっている甲状腺がんは放射線被ばくによるものではないと言えます。

しかし、私の記録では、検査の問題と結びつけて報じた地元メディアはありませんでした。不安に思っている県民が多かったという事情からも、このタイミングで各社は大きく展開するべきでした。

2回目は、世界保健機関(WHO)傘下の「国際がん研究機関(IARC)」の専門家グループが2018年、原子力事故後の甲状腺モニタリングに関する提言を公表した時です。

この提言では、①原発事故後でも甲状腺被ばく線量が一定の数値を下回っている場合は甲状腺集団スクリーニングを実施することは推奨しない②よりリスクの高い個人に長期的なモニタリングを実施することを検討すべき、などが明記されていました。

理由は「集団レベルでは不利益が利益を上回るから」です。私はIARCの専門家グループの一員で、アメリカの過剰診断問題の第一人者であるLouise Davies医学博士にもインタビューしましたが、そこでも「IARCの提言を(福島で行われている)甲状腺検査に適用することを阻むものはありません」という話がありました。

当時、この提言を詳報したメディアは読売新聞のみだったと記録しています。私も英文の提言を徹夜で読み込んで記事を書きましたが、やはり地元メディアも報じるべきでした。

日々の取材で忙しく、英文を読み込む時間がなかったのかもしれませんが、このIARCの提言は福島にとって非常に大きなニュースでした。

——なぜメディアは甲状腺検査の問題に消極的なのでしょうか。

初報を小さく扱ってしまったからではないでしょうか。その後にどんどん問題が膨らんでいっても、続報を大きく掲載しづらいという事情があると思います。続報を大きく扱ってしまうと、初報のニュース価値の判断が間違っていたと社内で指摘されることを嫌がるデスクもいます。

また、取材現場は異様な空気に包まれていました。甲状腺検査のあり方を話し合う検討委員会の会場に行くと、大声をあげたり、専門家や記者らを動画で撮影したりする人がいました。その人たちは、福島で見つかっている甲状腺がんは原発事故によるものではないかと主張していました。

ネット上に顔や個人情報がアップされると、違う意見を持つ特定の人たちから次々に誹謗中傷を受けることがあります。そんな状況に萎縮し、検査の問題点や過剰診断について質問できない記者もいたのではないでしょうか。

私も取材会場で出版社に勤める人に名刺を渡した後、会ったこともない人から「直接会って話しませんか」と連絡がきたことがあります。この問題に対する意見が私と大きく違う人だったため、非常に恐怖を感じました。

名刺の情報を第三者に渡した出版社に抗議しましたが、「情報を共有するのも取材活動の一環」と言われてしまいました。そんなことが起きてしまう取材現場でした。

福島で行われている甲状腺検査の流れ
福島で行われている甲状腺検査の流れ
福島県庁のホームページから

◇「福島で行われている検査が悪い事例として歴史に残ってしまってもいいのか」

——これまであった報道で問題に思ったものはありますか。

近年では、2022年5月21日放送のTBS系列「報道特集」が記憶に残っています。

原発事故と福島で見つかっている甲状腺がんに因果関係があるかのような内容でしたし、出荷制限が始まる前に葉物野菜や家庭菜園のものを食べると大変な被ばくをしている、といったコメントも放送されました。

子どもがいる親たちは、状況がわからない時にとった自分たちの行動を責めます。もし事故直後に葉物野菜を子どもに食べさせたことがあり、その子どもが甲状腺検査で引っかかった経験を持つ場合、親は確実に「私のせいだ…」と考えるでしょう。

そもそも、出荷制限が始まる前に葉物野菜や家庭菜園のものを食べると大変な被ばくをしている、というコメントは事実なのでしょうか。UNSCEARは、放射線被ばくが直接の原因となる健康影響が将来的に見られる可能性は低いとしていますが、放送ではなぜかUNSCEARの報告書に触れていませんでした。

このように、「将来どうなるかわからない」「事故直後にとった行動は間違いだった」という報道が相次いでいました。

ニュースを見た後にネットで甲状腺検査と検索し、科学的根拠に基づかない情報に触れてしまう人もいます。その結果、「福島の人はがんになっている」と誤った認識を持ってしまい、それが福島の人々に対する差別や偏見につながる恐れもあります。

(※TBSは当時、BuzzFeed Newsに所属していた筆者(相本)の取材に「番組では甲状腺がんと被ばくの因果関係が裁判の争点になると明確に伝えており、因果関係について断定するような内容にはなっていないと考えております」とコメントしている

——服部さんは甲状腺検査の対象者本人だけでなく、保護者にも話を聞いていますね。

保護者たちは「状況がわからない時に検査が始まったことは仕方がないし、最初は不安だったから検査をしてもらって良かったと思う」と口を揃えて言います。ただ、その後に情報を収集するなどして甲状腺検査の弊害を知ってからは、「デメリットも教えてほしかった」「害をわかっていたら受けさせていなかった」と話します。

情報がないと正しい選択ができません。子育て中の親は忙しいですし、自分たちで論文を読む時間もありません。だからこそメディアの役割は大きいのですが、福島の人々のためにできる限りの情報をわかりやすく伝えているかというと、ほとんどできていないと思います。

最近は福島医大も甲状腺検査のデメリットに関する情報を出しています。冊子や動画などの教材も以前と比べて増えましたし、検査対象者に渡す情報として全然足りていないかというとそうではないのかもしれません。

しかしそれでも、検査で起きていることと、県民が知っている情報との間にはまだまだギャップがあります。「がんになったらこうなります」「過剰診断が起きたらこうなります」という情報が同じ分量で知らされているかというと、そうではないのです。

——今後、甲状腺検査ではどのような報道が必要でしょうか。

過剰診断による被害を最小限に抑えられた時期は過ぎたのかもしれません。メディアとしては「どう教科書に残るか」ということも考えていく必要があります。

開始当初は仕方がなかったとしても、段々と問題点がわかってきて、声を上げる人も増え、正しい方向に修正しようとする専門家もいます。しかし、検査は継続されています。このままでは「悪い事例」として歴史に残ってしまいます。

乳児検診として実施されていた神経芽細胞腫マススクリーニング検査は過去、死亡率の減少効果が確認できないなどの理由で休止となりました。これは途中で立ち止まることができた「良い事例」として今でも紹介されています。

特に地元メディアには、このまま福島で行われている検査が悪い事例として歴史に残ってしまってもいいのか、と問いたいです。何もしなかった、何もできなかったでいいのか。最後まで検査をやり切ってしまったら恥ずかしいことだと思います。

(取材・文=相本啓太 / ハフポスト)

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