
「テクノロジーを活用しながら、子どもの安全という価値を社会全体でアップデートしていきたい」
こう話すのは、株式会社AiCANのCEO髙岡昂太さん。社会問題となっている子どもの虐待死を無くすことを目指して、児童福祉現場の業務改善を支援するサービスを提供している。
把握しにくい児童虐待 毎年500人もの子どもたちが虐待で命を落とす
―3歳の男の子が熱湯をかけられ死亡したー
―小学4年生の女の子が父親から虐待を受けて死亡したー
親が子どもを虐待死させる事件が後を絶たない。中には、関係機関が虐待を把握しながらも止められなかったケースもある。
こども家庭庁によると、2022年度は心中を含めると72人の子どもが虐待によって死亡したとされている。しかし、髙岡さんは、「実際にはもっと多くの子どもが虐待死している」と指摘する。
「国際的な虐待死(Preventable Deathと呼ばれる「予防可能な死」)基準で考えると、日本小児科学会の推計では、子どもの全死亡事例約5000件のうち、虐待が疑われる人数は約7%の350人とされています。そのほか、欧米ではネグレクト扱いにされている子どもの自殺やマンションからの転落死などを含めると、10%の500人と推計されます」
虐待死を防ぐためには、危険な状態にある子どもを見逃さないことが非常に重要だ。しかし、児童相談所等の職員には、「親が嘘をつく」「子どもが脅されて話せない」「子どもが幼くて話せない」などの理由で、不確実な情報しかない場合がある。虐待死を防ぐためにも、子どもを保護すべきかどうかといった対応を迅速に判断しなければならない。このサポートをICTとデータの利活用を取り入れて行っているのがAiCANのサービスだ。

研究者から起業家へ
髙岡さんは教育学博士、臨床心理士、公認心理師の資格を持つ研究者だ。高校時代、同世代の少年犯罪事件の背景にあった児童虐待に関心を持ち、一貫して虐待に関する研究と実践を続けてきた。

虐待を受けた子どもが将来的に非行に走るリスクが高まるという報告もある。髙岡さんは研究などを通じて、この問題の構造的な課題に気づき、テクノロジーを活用した解決策を模索するようになったという。
「児童相談所虐待対策班の非常勤ワーカーや大学病院の虐待対応チームなど、現場支援者として活動する中で、属人的な経験に依存する虐待対応の現状を変えていく必要性を感じました」。
産業技術総合研究所の人工知能研究センターで主任研究員として働きながら、プロトタイプを開発。2020年3月にAiCANを設立した。

急増する児童虐待相談 現場の課題をテクノロジーで解決
児童虐待の相談対応件数は急増する一方で、対応する児童福祉司の人数は追いついていない。さらに、勤続3年未満の児童福祉司が50%を超えるなど、人材育成も追いついていないのが現状だ。
「深刻な人手不足によるパンク状態では、緊急性の高いケースも見過ごされかねません。電話やFAXでのやり取り、紙中心の記録、帰所後のシステム入力など、ICTの活用が不十分な実態があります」

そこで、タブレット端末を活用した業務支援アプリ「AiCAN」を開発。AIが予測した虐待の再発率や過去の類似ケースなどを表示し、職員の判断をサポートする。
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単なるシステム提供にとどまらず、導入支援から活用・業務改善まで、継続的に現場に寄り添うことにもこだわっている。
「当社には、元児童相談所の職員や元家庭裁判所の職員など専門職がいます。月に1回は必ずミーティングを行い、現場の課題をヒアリングし、業務改善につなげています」
その成果は着実に表れている。2023年度の実証実験では、職員が記録の業務にかけている時間を約6割削減することに成功。2024年度現在、すでに10の自治体で導入されている。

また、児童虐待対応において、個人情報の取り扱いは重要な課題だ。AiCANでは、ルールの遵守とテクノロジーによる保護の二つの観点から対応している。
「児童虐待の問題は、子どもの安全が脅かされる場合、個人情報保護の例外規定に基づいて対応します。行政機関向けの厳格なセキュリティ基準に従い、インターネットに接続しない閉域網での通信や、端末紛失時の遠隔制御など、複合的な対策を講じています」

テクノロジーで描く未来 社会課題解決とビジネスの両立へ
「ソーシャルインパクトを目指すスタートアップは儲からないという声もあります。しかし私たちは価値をいち早く届けていくことで、お金を払ってでも解決したい課題に応えています。虐待だけでなく、障害やいじめ、性暴力など、様々な社会課題にも発展できる可能性があります」
5年、10年先には、AIやロボティクスが子どもの変化に気づき、支援が必要な家庭を早期に発見できる時代が来るかもしれない。さらに、児童虐待の問題は様々な社会課題とも密接に関連している。虐待を受けた人は、その後、加害者にも被害者にもなりやすい。また、虐待、いじめ、性暴力など、負の連鎖を断ち切るためにも、早期発見・早期対応の仕組みづくりが重要となる。
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また、経済発展とともに、虐待問題が社会的に認知されるようになり、東南アジアやBRICS諸国では、これから直面する課題となるとみられるため、AiCANは海外への進出も見据えている。
すべての子どもたちが安全に暮らせる世界の実現に向けて、AiCANの挑戦は国境を越えて広がっていく。
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