1945年3月10日、東京大空襲により、一晩で10万人の命が奪われた。
東京在住のエイドリアン・フランシスさんは「今、空襲の記憶が語り継がれるか、忘れ去られるかの狭間にある」との危機感を感じ、6年間かけて空襲の証言を取材し、ドキュメンタリー映画『ペーパーシティ 東京大空襲の記憶』にまとめ上げた。
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空襲で焼け野原となった墨田区。そこに建つ映画館として
『ペーパーシティ 東京大空襲の記憶』はオーストラリア出身のフランシスさんが、東京大空襲で甚大な被害を受けた墨田区や江東区で、空襲を生き延びた3人の証言を記録したドキュメンタリー映画だ。
火の海の中を走って隅田川に逃れ、焼け野原になった街で遺体を運んだ、当時10代と20代だった人たちの記憶を、ナレーションなしの80分の映像にまとめている。
Strangerが建つ墨田区でも多くの犠牲者が出た。墨田区の前身である本所区と向島区は7割以上が焼失した。
焼け野原から復興した墨田の地に2022年に開館したStrangerで、同作品を上映することは、監督や取材を受けた人々にとっても大きな意味を持つ。
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Strangerの取締役社長・更谷伽奈子さんは同作について「土地柄からしても関心が高く、『自分のこと』として捉えていただきやすい作品」だと話す。
昨年の上映では、作中でインタビューを受けた当事者の配偶者や家族、空襲で母親を亡くした女性なども来場した。
特に戦争を経験した世代は高齢化で、家から離れた映画館に足を運ぶことも難しいため、墨田区で上映したことに「意義があった」。
昨年は満席の日も相次ぎ、翌日以降の上映を案内したこともあったという。
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作中で空襲の記憶について語った3人は、映画の完成を待たずに他界した。
昨年に引き続き上映を決めた背景について更谷さんはこう話す。
「今年は、戦後80年の節目ということで、第二次世界大戦についての多くの作品や証言が様々な形で取り上げられると思います。しかし、次の節目である戦後90年では、自分の言葉で戦中の経験を語れる人はいったい何人いるでしょうか。
そう考えた時に、東京大空襲を経験した人たちの証言を映像で記録した『ペーパーシティ 東京大空襲の記憶』は非常に貴重で、今後さらに重要になっていくと思いました」
今後も、可能な限り、3月10日に合わせて同作品を上映していきたい考えだ。
「途切れずに上映し、皆さんに見ていただく意味合いはどんどん大きくなっていくと思います」
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「地域の映画館」ができることとは。担当も置き模索
Strangerでは『ペーパーシティ』を皮切りに、地域密着型のミニシアターとして、地域との繋がりを意識した映画の上映に力をいれてきた。
菊川はちょうど墨田・江東両区の境目近くに位置するため、両区の在住者や在勤・在学者には、オープン当初から「ご近所さん割引」も継続している。
東京全体で見ても、ミニシアターは渋谷や新宿を中心とした西部に多く所在することもあり、Strangerは下町にある貴重な単館劇場だ。
墨田区などの下町エリアで撮影された、役所広司さん主演の映画『PERFECT DAYS』も上映し、上映期間中には作中に登場した銭湯「電気湯」とのコラボレーション企画も実施した。
地域密着の取り組みを担当するのは、墨田区出身のStrangerスタッフ、カンサイラさんだ。
カンさんが小学生の頃には、毎年3月10日付近に学校で平和集会が開かれ、地域の人が東京大空襲の記憶を語るなど、地域の歴史として学びながら育ってきた。
戦後80年を迎える今では、東京大空襲の証言ができる人も非常に少なくなってきている。
カンさんが経験したように、直接話を聞ける機会も多くはないため、「ぜひ若い世代や子どもたちにも、ドキュメンタリーを見に来てほしい」と語る。
上映期間中には、劇場にて東京大空襲に関する書籍も販売する予定だ。
「観客は、まさに空襲の被害を受けたその地域にいることに気付く」
フランシス監督は、2年連続での上映となったことは「大きな意味を持つ」と話す。
「観客は映画を観ているうちに、まさに80年前、空襲で甚大な被害を受けたその地域に自分がいることに気付くと思います。それは非常に稀で、そして大きな意味を持つ体験になると思います」
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作品の中で空襲について証言した故・築山実さんは、Strangerのすぐ近くに住み、長年にわたり商店を営んでいた。築山さんは生前、町会活動で、地元・森下5丁目の「八百霊(やおたま)地蔵尊」に、空襲の犠牲になった人たちの名前が刻まれた慰霊碑を設置したり、追悼集会を開いたりする活動にも尽力してきた。
「取材をした3人の方は映画完成前に亡くなり、戦後80年の今、空襲の経験を語れる人は本当に少なくなってきています。ただ、少なくとも3人の証言や記憶はこの映画の中では『生き続け』ます。
民間人が標的となった空襲が起きたことが忘れ去られないためにも、さらにこのような記録や慰霊碑、東京都による資料館が必要だと感じています」

昨年の上映では、20〜90代の幅広い年代や国籍の観客が来場し、若い世代からは「映画を観た後、親戚に空襲について聞いてみた」といった声が寄せられた。世代を超えて空襲について話す「きっかけ」となったと聞き、制作者として、記録の重要性や上映を続ける意義を感じたという。
ドキュメンタリーを『ペーパーシティ』と題した理由は、当時の家屋が家と木でできていたからだ。
米軍は入念な実験を行い、紙と木でできた家屋を焼き払うのに効果的な焼夷弾を使った。
英語字幕が広げる観客層
全編、日本語のペーパーシティには、英語字幕がつけられた。
東京大空襲での加害側であるアメリカの人々を含め、「戦争と平和」について広く考えてもらうため、あらゆる国籍の人たちに見てもらいたいという思いだ。
昨年の上映では、英語字幕をつけたことから、外国人の観客も多く来場した。
監督は「作中の空襲や焼け野原の映像は、ニュースで目にするガザ地区を彷彿とさせるかもしれません。この作品は、歴史について伝える映画であると同時に、今この瞬間にも世界で紛争の矢面に立たされ被害を受ける、数えきれない民間人の物語でもあります」と話す。
詳しい上映情報などは、Strangerのサイトから。
(取材・文=冨田すみれ子/ハフポスト日本版)