「ルーツを探る機会を奪わないで」。精子提供で生まれた子ら、特定生殖補助医療法案の見直し求める

法案には、精子や卵子を提供したドナーなどの情報は、「国立成育医療研究センター」が100年間保存することや、生まれた子は成人後、ドナーが特定されない情報の開示を同センターに請求できることなどが盛り込まれた。
DOGの石塚幸子さん(右)と加藤英明さん
DOGの石塚幸子さん(右)と加藤英明さん
Machi Kunizaki

「ルーツを追い続ける苦しさがどれほどのものか、想像できますか」━。

第三者の精子や卵子を使った不妊治療などのルールを定め、与野党が共同で国会に提出した「特定生殖補助医療法案」を巡り、提供精子で生まれた当事者から「子どもの出自を知る権利が保障されていない」として、見直しを求める声が上がっている。

「特定生殖補助医療」とは、第三者である提供者(ドナー)から精子や卵子の提供を受けて行う人工授精や体外受精といった医療のこと。

日本には、特定生殖補助医療のあり方やドナーらの情報管理の手続きを定めた法律がなく、こうした医療によって生まれた子が出自やドナーを知る権利は法的に保障されていない。

自民、公明、日本維新の会、国民民主の4会派が2月上旬、参院に提出した法案には、主に次の内容が盛り込まれた。

▽特定生殖補助医療を実施する医療機関と、第三者の精子・卵子を供給する医療機関は、国の認定を受けなければならない。また、実施機関と供給機関の間であっせんする機関も、国の許可が必要となる

▽ドナー・医療を受けた夫婦・生まれた子の情報は、「国立成育医療研究センター」(東京都)が100年間、保存する

▽生まれた子は成人後、身長や血液型、年齢といったドナーが特定されない情報の開示を同センターに請求できる

▽ドナー個人の特定につながる名前などの情報は、ドナーの同意が得られた場合に限り、生まれた子に開示される

また医療の対象は法律婚の夫婦だけとし、事実婚や同性カップルなどは除いた。代理出産は認めていない。

法案では、特定生殖補助医療を受けられる対象者や、子どもの出自を知る権利の保障のあり方について、公布から5年をめどに検討し、必要な措置を講じるとしている。

なぜドナーを知りたいのか

国会への法案提出を受け、提供精子で生まれた当事者たちが2月25日、都内で記者会見を開いた。

非配偶者間人工授精(AID)で生まれた人の自助グループ「DOG」のメンバーのあおいさん(仮名、20代)は、中学生の頃、AIDで生まれたことを母から告知されたという。「パパとは血がつながっていないのよ、と母から静かに告げられた瞬間、何かが崩れ落ちる感覚を覚えて頭が真っ白になりました」と振り返る。

あおいさんの妹も同じく、AIDで生まれている。2人で互いの顔を見つめ合っては、会えない提供者の容姿や性格に思いを馳せていたという。

法案では、ドナーの同意がない場合、ドナーを特定できる情報は生まれた子が望んでも開示されない。

あおいさんは、「自分のルーツを追い続ける苦しさがどれほどのものか、想像できますか。出自を知る権利の保障を法案で掲げているのであれば、当事者にしか分からない思いをきちんと聞いてください」と訴える。

「子どもは『親が違う』と言われることで、自分の存在の拠り所がどこかと不安に感じる瞬間が訪れます。この時、子どもが誰かに制限されることなく、自分のルーツを探れる機会を奪わないでいただきたい」

大羽やよいさん(仮名、40代)は、29歳の時に母から出生の事実を知らされた後、母が出産した産院などに問い合わせたが、ドナーの特定につながる情報を教えてもらうことはできなかったという。

「私がドナーを知りたいのは、自分の中に空いた穴を埋めたいから。アイデンティティーの空白になっているところがあり、そこにドナーという『人』が存在したことを知りたいのです。

しかし今の法案は、属性ではなくその人そのものを知りたいという気持ちを推しはかってくれるものではありません。生まれた人の気持ちを無視した法案だと思います」

DOGメンバーの海道明さん(仮名、20代)は、小学生の頃に母から告知され、中学生になった時に出自についての悩みを深めるようになったという。

「当時、主体的に動いて出自を知ることができるという選択肢があったら良かった」と振り返り、ドナー情報の開示を請求できる年齢を一律で18歳以上とする法案の規定を見直すよう求めた。

AIDで生まれた加藤英明さんは記者会見で、「最も弱い立場にある子どもの意見が取り残されたままで、この法案が出自を知る権利の保障の既成事実になっていくことに懸念を感じている」と訴えた。

生まれた子の意見を法律にいかして

出自を知る権利を巡っては、日本では制度化に向けた議論が20年以上前にも行われていた。

厚生労働省の生殖補助医療部会が2003年にまとめた報告書は、ドナーの情報を知ることは「生まれた子のアイデンティティー確立のために重要なもの」と記し、ドナーを特定できる内容を含めた情報の開示請求ができる、と結論づけた。

具体的には、子は15歳以上になると、ドナーの氏名や住所などの情報の開示を「公的管理運営機関」に求めることができる、という内容だった。だがこの報告書は法案化に至らなかった。

DOGメンバーの石塚幸子さんは、「2003年の報告書が全くいかされていないことにすごく失望しています」と述べ、「今後生まれてくる子どもたちにとってより良いものにしたいのであれば、この医療で生まれてきた人たちの意見を聞いた上で法律にいかしてほしい」と求めた。

(取材・執筆=國﨑万智@machiruda0702.bsky.social

特定生殖補助医療法案のイメージ図
特定生殖補助医療法案のイメージ図
国民民主党のサイトより

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