東京マラソン、性別選択肢に「ノンバイナリー」を追加。当事者「誰かの機会を奪うものではなく、レースに“価値”を与えたい」

東京マラソンが今大会から性別選択肢に「ノンバイナリー」を追加。アメリカから参加する当事者は、様々な活動を通じてその意義を訴えてきました。

3月2日に開催される「東京マラソン」で、多様な性のあり方に対応するため、一般ランナーの性別選択肢に「男性」「女性」のほか、性自認がどちらにも当てはまらない「ノンバイナリー」が追加される。

東京マラソンは、世界の主要なマラソン大会で構成される「アボット・ワールドマラソンメジャーズ(WMM)」の一つ。ボストンやロンドン、ベルリンなど他6大会ではすでにノンバイナリーカテゴリーが導入されており、最後の「東京」のピースが埋まった形だ。

東京マラソン財団によると、一般ランナーの参加者名簿や記録は「男性」「女性」「ノンバイナリー」でそれぞれ表示される。日本人ランナー18人、海外ランナー28人の計46人が、ノンバイナリー登録で出場する予定だという。

ノンバイナリーのランナー「自分の人生が完成した」

その一人が、米国・サンフランシスコ州在住のカル・カラミアさんだ。カラミアさんは2022年、サンフランシスコマラソンのノンバイナリー部門で優勝。同年から「Non-Binary+ Run Club(ノンバイナリーランクラブ)」を運営しながら、世界各国のレースの性別選択肢にノンバイナリーを加える活動をしている。

カル・カラミアさん
カル・カラミアさん
Photo by Ariel Robbins

幼少期から、家族のシャツを引っ張り「走ろうよ」とせがんでいたカラミアさん。中学から高校、大学まで女子のランニングチームに所属していた一方で、大学に進学した頃から自身の性のあり方について悩むようになったという。

「小さい頃から自分がクィアネスであることは感じていましたが、大学に入るまで大きな変化はありませんでした。ただ、家族と離れて暮らすようになり、より自分自身について考えるようになったんです。そして6年ほど前だったでしょうか、性別移行の道のりを歩むことを決めました」

カラミアさんは大学の女子チームを辞め、一人で練習するようになった。自身の性のあり方を模索する中で、スポーツにノンバイナリーの人々の「居場所」がないことに気づき始めたという。

「性的移行の道のりが進むにつれて、自分はどうやってレースに参加したらよいのだろうと考えるようになりました。というのも、どのレースもエントリーする際に、必ず男性か女性かを選ばなければならず、どちらも自分ではありません。そう感じているのは私だけではないという確信があり、大会の運営者に『ノンバイナリーの選択肢を追加してほしい』と直接連絡を取るようになりました」

初めてノンバイナリーカテゴリーで出場したとき、カラミアさんは「自分の人生はこれで完成したと思うほどの感動でした」と振り返る。その後、WMMを含む各国のレースを運営する組織と積極的に連絡を取り合うようになった。

ロサンゼルスマラソンを走るカラミアさん
ロサンゼルスマラソンを走るカラミアさん
Photo by Miya Hirabayashi

誰かの機会を奪うものではなく、レースに価値を与えるもの

カラミアさんによると、提案を「非常にポジティブ」に受け入れる主催者もいれば、その重要性をなかなか理解してもらえず、導入まで時間を要した大会もあったという。

「アメリカでは最近、トランスジェンダーやノンバイナリーのアスリートたちが、いわゆる“普通”の人たちのスポーツ機会を奪う、壊しているというレトリックが生まれつつあります。スポーツの大会で勝つために性的移行の手術、治療を受けていると誤解している人たちもいるでしょう。

しかし、私を含めて多くの人々は、自分らしく生きるために性的移行の治療を受けています。自分らしくありながら、好きなことを続けたいだけなんです。一部の人たちは、私たちがレースに参加することで『自分たちが経験してきたものを奪われるのではないか』と怖がっているかもしれません。

ですが、決して誰かから何かを奪おうとしているのではなく、レースに新たな価値を加えるものだと思っています」

カラミアさんは“最後のチャレンジ”として、約2年前から東京マラソン財団側とメールでやり取りを重ねていたという。東京マラソンは初出場。4月にはロンドンマラソンにも参加予定で、これらを走破すれば「6 stars」(※WMMの6大会を制限時間内に走破した人に贈られる称号)を手にできる。

「アジアに行くのも初めてですし、非常にワクワクしています。東京は素晴らしい都市だと聞いていますし、その文化に浸って走れるなんて、夢が叶ったような気持ちです。できるだけ多くのノンバイナリーの人々が、自分らしく大会に参加できるようにインスピレーションを与えていきたいと思っています」

競技スポーツとは切り離して議論すべき

競技としての陸上競技、マラソンに目を向けると、世界陸連はこれまで、出生時に割り当てられた性別と性自認が異なるトランスジェンダーの選手について、男性の思春期を経て男性から女性となった場合、男性ホルモンのテストステロン値にかかわらず、女子競技への参加を認めていない。

また、女子800mで2度金メダルを獲得しているキャスター・セメンヤ選手(南アフリカ)のように、男性ホルモンのテストステロンの血中濃度が高いDSD(性分化疾患)の女子選手は、最低24カ月間、制限値以下にすることが求められる。

そして今年2月10日、世界陸連は、男性ホルモンのテストステロン値が高い女子選手の出場資格の厳格化を協議すると発表。トランスジェンダー選手と同様の扱いをする方向で検討するという。セバスチャン・コー会長は「女子競技の完全性を維持することは陸上の基本原則だ」と話している

東京マラソンにおいては、競技スポーツという観点から、世界陸連や日本陸連の競技規則に基づき、性別選択肢にノンバイナリーを追加することを「慎重に議論してきた」と大嶋康弘レースディレクターは振り返る。

大嶋康弘レースディレクター
大嶋康弘レースディレクター
yu shoji

「ただ、大衆参加型スポーツとしての側面が大半を占める東京マラソンとしては、一般ランナーの場合、性別や障がいの有無にかかわらず、誰もが楽しんで走れることが大会のポリシー。マラソンは参加者の表現の場の一つでもあり、自分がどういった人間で、何を目的にして走っているのかを表すには、さまざまな背景を持つ人たちが自分らしく走れる環境が必要です。最終的には、競技スポーツの規則とは切り離して議論すべきだという考えに至りました」

一般ランナーの性別選択肢にノンバイナリーを追加するにあたっては、「プライドハウス東京」の助言も受けたという。また、従来の大会から導入している「誰でもトイレ」「誰でも更衣室」も引き続き設置する。世界陸連や日本陸連の規則にノンバイナリーカテゴリーはないため、エリート・準エリート・車いすエリートは男女のみのカテゴリーとなる。

国内では2023年に「当別スウェーデンマラソン」がノンバイナリー枠を導入。「北海道マラソン」は2024年から性別や年齢の枠を望まないランナーを対象にオープンの部を設置している。国内最大規模の東京マラソンの導入により、今後さらに同じような試みが広がっていくことも期待される。

「マラソンを通じて、自身の価値観やポリシーを表現する上で、自分らしい性を選択できるのは重要なこと。マラソンがすべての人々のためにあるスポーツであることを理解していただき、同じ考えを広げていきたいと思っています」

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