東京電力福島第一原発事故後の除染作業で発生した「除去土壌」(除染土)。現在は福島県大熊、双葉両町にある中間貯蔵施設に保管されているが、この中間貯蔵施設は決して「最終処分場」にはならない、ということが約束されている。
理由は福島県が既に大きすぎる負担を抱えているからだ。国は2045年3月までに除去土壌を県外で最終処分すると法律に明記し、放射性物質の濃度が低い除去土壌については公共事業で再生利用する方針を示している。
一方、除去土壌の県外最終処分や再生利用の方針に反対する人たちからは、「汚染土をばら撒くな」といった声も聞かれる。実際、東京都や埼玉県で計画されていた再生利用の実証実験は実現していない。
除去土壌の県外最終処分や再生利用は、福島の復興を進めるために避けては通れない。そのためには「除去土壌とはそもそも何か」「なぜ再生利用は安全と言えるのか」といった理解が全国で必要になってくる。
ハフポスト日本版は、一連の経緯や除去土壌の再生利用について詳しい北海道大学大学院工学研究院の佐藤努教授にインタビューした。
◇佐藤努さんプロフィール◇
1964年、新潟県出身。日本原子力研究所研究員、金沢大学自然計測応用研究センター准教授などを経て、2011年から北海道大学大学院工学研究院環境循環システム部門教授。「環境鉱物学」が専門。特に放射性廃棄物の地層処分や汚染水・土壌の処理等における鉱物の応用を専門としている。
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「1キロあたり8000ベクレル以下」とは?
――除去土壌はどのように発生し、どのくらいの量があるのでしょうか。基礎知識を教えてください。
東京電力福島第一原発事故で放射性物質が放出されたため、宅地・農地の表土の剥ぎ取り(表層の5センチ程度)などの「除染」が行われました。そのような措置に伴って生じた土壌を「除去土壌」と言います。
発生した除去土壌などは、福島県内各地の仮置場(約1370カ所)に保管されていましたが、2015年3月から双葉・大熊両町にある「中間貯蔵施設」に運び込まれています。その量は約1404万立方メートルで、25メートルプール約2万8000杯分、東京ドーム約11杯分に相当します(2024年12月末時点)。
なお、同施設の広さは渋谷区とほぼ同じ(約1600ヘクタール)で、除去土壌などの搬入が進んだことから県内の仮置き場は約110カ所まで縮小しました。
また、除去土壌の県外最終処分は「国の責務」として法律に定められています。最終処分するためにはまず膨大な除去土壌の量を低減しなければならず、環境省は安全を確保した上で再生利用する方針を示しています。
安全に再生利用できる除去土壌は全体の4分の3程度で、残りの4分の1は減容化した上で2045年3月までに県外で最終処分することになります。
既に大きな負担を抱えている福島県だけに押し付けるのではなく、再生利用も最終処分も全国の方々に自分事として考えていただきたい、というのが私の意見です。
――除去土壌の県外最終処分では、公共に必要な施設だと理解しつつも自らの居住地に置かれることに反対する「NIMBY(Not In My Backyard)問題」も聞かれます。科学的に安全だとわかってもらうためには何が必要なのでしょうか。
科学的な情報を知っている人たちが知らない人たちに教える、というコミュニケーションの方法では、不安に思っている人たちが「何に不安を持っているか」がわかりません。つまり「情報の押し付け」になります。
コミュニケーションはキャッチボールです。何に不安があるのかに耳を傾け、その相談にのれる人が一緒に考えていくことが出発点として大事です。これを繰り返していくと、話を聞いている側に「私たちの話もしっかり聞いてくれる」という感覚が生まれ、相手に対する信頼感も芽生えてきます。
私もそうですが、全ての人が全ての科学的知識を頭に入れるのは大変です。話す側が信頼感を得て、相手が知りたいことを伝えていく、あるいは一緒に調べていく、という意識が重要です。
国は除去土壌の全国的な理解を促すため、SNSや動画で積極的に情報を発信しています。一方で、環境省の調査(2024年3月公表)では、福島県外で最終処分することを知っている人は県外で約2割にとどまることがわかっています。
県外では8割の人がよく知らない状況の中で、いきなり「除去土壌の再生利用や最終処分を請け負う」という話が出たら、多くの人が不安に思ったり、反対したりするのではないでしょうか。
実際、福島県外では再生利用の実証事業が進んでいません。東京・新宿や埼玉・所沢で計画が浮上しましたが、これも「いきなり感」があったのだと思います。特に国が進めるものなので、「最初から決まっていたものを押し付けに来たのか」と考える人も出てきます。
国は「ホームページやSNSで繰り返し発信している」と言いますが、一方的に説明するのではなく、住民とともに「対話を通して、一緒に進めていく」という姿勢が大事です。このような姿勢が、いきなり感をなくすことにつながっていくと考えています。
――環境省は除去土壌を再生利用する際の基準を「1キロあたり8000ベクレル以下」としています。この数値はどのように理解したらよいのでしょうか。また、除去土壌はどのように再生利用されるのでしょうか。
「1キロあたり8000ベクレル」は、周辺住民や作業員の追加被ばく線量が「年間1ミリシーベルト」を超えることがないように設定された値です。
放射線の影響は、より長い時間、より近い場所で除去土壌に接するほど大きくなります。そのため、最も影響を受けやすいのは再生利用作業に従事する作業員ですが、1キロあたり8000ベクレルが上限であれば作業員や周辺住民の年間追加被ばく線量が1ミリシーベルトを超えない、ということが分かっています。
この年間1ミリシーベルトが国際放射線防護委員会(ICRP)勧告における「一般公衆の年間被ばくの線量限度(医療被ばくを除く)」になります。
年間1ミリシーベルトというのは健康に関する安全と危険の境界を示すものではありません。厳格な管理を求める目的で、追加被ばく線量は可能な範囲で低くするために採用されている値です。
私たちは日常生活の中で、自然界から絶えず放射線を受けながら暮らしています。例えば、日本の自然放射線からの被ばく線量は平均で年間約2.1ミリシーベルトです。CT検査や胸部X線検査、飛行機に乗っても被ばくします。
なおICRPでは、大人も子どもも含めた集団で、がん死亡の確率が100ミリシーベルト当たり0.5%増加するとして、防護を考えることとしています。これは原爆被爆者のデータを基に、低線量率被ばくによるリスクを推定した値です。
このような除去土壌は、計画では道路の盛土など公共事業で再生利用されます。そのまま使うのではなく、環境省は、飛散・流出の防止のために覆土を実施するとしています。こうすることでさらに追加の被ばく量を低減することができます。
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100ベクレルと8000ベクレルの違い
――道路の盛土として除去土壌が再生利用された場合、地震や洪水で除去土壌があらわになったとしても安全と言えるのでしょうか。
再生利用ではそもそも、覆土を考えない状態で追加被ばく線量が年間1ミリシーベルトを超えないように設計されています。
そのため、道路が洪水で壊れ、覆土が流され、除去土壌が表面に出てきたとしても、追加被ばく線量が年間1ミリシーベルトを超えることはありません。
また、除去土壌土が盛土として使われた道路が万が一洪水で壊れた場合、水だけでなく土砂もやってきます。その土砂が除染土と混ざり合うことで、放射性物質の濃度は再生利用されたときよりも低減することになります。
――除去土壌に含まれた放射性セシウムが地下水に溶け出すこともないのでしょうか。
福島の土壌は「特に」なのですが、セシウムを固定して離さない性質をもった鉱物が含まれています。
原発事故が起きた時、放射性物質が空から降ってきましたが、表面の土に固着したため、セシウムが中まで浸透しませんでした。だからこそ「表面をはぎ取る」という方法の除染が行われたのです。
もしセシウムが土の中にまで浸透していき、深くまで移動していたら、表面線量はもっと下がったはずです。また、土の中にまで根を生やしている植物にも大量に吸収されていたはずです。
しかし、福島での現実はそうではありませんでした。これには海外の専門家も驚いていて、福島第一原発事故の場合は鉱物がしっかりセシウムをつかまえていたからだと考えられています。
もっと詳しく言うと、土壌は主に石が風化してできたものですが、福島周辺の土壌は「花崗岩」がもとになっていることが多いです。花崗岩はお墓の石材にも使われている石ですが、花崗岩の中の黒雲母という鉱物は風化するとセシウムを固定して離さないことがよく知られています。
これらは実証事業や福島県での環境モニタリング研究でも明らかにされています。飯舘村長泥地区でも除去土壌を農地に再生利用し、植物を植える実証事業が行われていますが、井戸水や放流水中の放射性セシウムは、検出下限値未満もしくは周辺の公共水域の水中の放射性セシウムの基準を下回っています。
また、放射性セシウムが移動してどこかに集中するのではないか、と心配に思っている人もいるかもしれません。しかし、道路の盛土などの構造物を作ると、土壌は動かなくなります。セシウムを固定している鉱物だけが動くことは考えられません。
――原子炉等規制法に基づく再生利用の基準は「1キロあたり100ベクレル」のため、その80倍の「同8000ベクレル」で再生利用するとは何事だ、という声も聞かれます。
1キロあたり100ベクレルは「原子炉等規制法に基づくクリアランス基準」のことです。放射線防護の規制の対象外とし、全く制約のない自由な流通を認めるための基準です。
原子力発電所で使われていたコンクリートを建築資材、金属をベンチなどに再生利用することが想定されていますが、自由な流通を認めるというのは、何がどこに使われようが一切制限がないというものです。
社会的に流通しても誰も責任を負わないし、使い方も何でもいいと理解してもいいかもしれません。
一方で、除去土壌の再生利用で設定されている1キロあたり8000ベクレル は、その利用先を管理主体が明確となっている公共事業などに限定した上で、適切な管理の下で使用するものであり、前提が異なっています。
環境省は最近、除去土壌の再生利用を「復興再生利用」と呼ぶように変更しました。クリアランス基準と前提が異なる今回の再生利用基準の両方を「再生利用」と呼んでしまうと、混同してしまうことがあるからです。
「再生利用」という用語は、クリアランス基準を下回る資材以外にも、産業廃棄物である焼却灰などのセメント利用の時にも使用されることがあります。今回の除去土壌の再生利用を、今まで一般的に用いられてきた再生利用と区別するために、「復興再生利用」と呼ぶことにしたそうです。
そもそも土壌は公共工事などにも利用される貴重な資源です。安全性が確かめられ、管理された状態であれば、除去土壌を再生利用することに問題はないと考えます。最終処分量を減らす観点だけでなく、貴重な資源の有効利用としての観点からも、除去土壌の復興再生利用は必要であると考えます。