
前回の白央さんのコラムには、白央さんが角田光代さんとのイベントで「すごくおいしいけれど、居心地の悪い店(接客が悪い、客層がよくない等)と、そこそこの味だけど居心地のいい店だったら、どちらを選びますか」と角田さんから尋ねられたエピソードが書かれていました。
私の場合は、自分ひとりだったら白央さんと同じく前者です。ただ、誰かと一緒だったら雰囲気を選ぶこともあるかもしれません。この質問が、今回取り上げることにも関係があるのです。
主人公が食べる「叉焼飯」がSNSで話題に

最近、香港映画の『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』の話題を見かけることが多くなりました。この映画は、日本で1月17日に公開されると、1カ月を待たずに興行収入が1億円を突破。この記録は、過去5年間、日本で上映された香港映画の中で1位なんだそうです。
作品が愛された要因はたくさんあると思いますが、第一に1980年代の九龍城砦を舞台にしていること。そして、アクション監督の谷垣健治さんによる香港映画のツボを熟知したアクション。ルイス・クーやサモ・ハンのような香港映画を代表する俳優に加え、ソンヤッを演じたテレンス・ラウのような若手俳優の魅力を引き出したキャラクターなどがあるでしょう。
個人的には、レイモンド・ラム演じるチャン・ロッグワンがベトナムから香港にやってきて、たどり着いた場所である九龍城砦の、弱い立場のものを迎え入れる懐の大きさみたいなものも魅力だと感じました。

難民であるロッグワンと、九龍城砦を取り仕切るロン・ギュンフォン (ルイス・クー)が打ち解けるシーンに出てくる叉焼飯(チャーシューハン)も、SNSで話題となりました。この叉焼飯のシーンがおいしそうで、映画を見た後に、食べたくなった人も多いのではないでしょうか。
九龍城塞という場所は、冒頭の質問から考えると、一般的には雰囲気はいいとは言えないかもしれないけれど(というか、この映画のファンならば、むしろ九龍城塞のシチュエーションでご飯が食べられるなんて願ってもないことかもしれませんが!)、ふたりの距離が縮まる叉焼飯は最高の味に違いないと思わせるものがありました。

現在、「喜記 銀座店」では、映画とコラボした叉焼飯セットがランチ限定でメニューに加えられているということで、さっそく行ってみました。
お店の外には、映画を見て来たのであろう人々が行列を作っていました。メニューから、叉焼飯を頼んでみると、叉焼は日本のものとは違い、八角の香りが効いた、しっかりした蜜のようなタレがからまっています。これを、チャン・ロッグワンとロン・ギュンフォンが食べたのだと思うと、余計に感慨深いものがあります。
しかし、この叉焼飯、実は私がこのコラムで紹介してきた「焼味(シウ・メイ)」と同じものなんです。また、この叉焼を作るためにSNSでバズっているタレは、以前このコラムで紹介した香港の叉焼のタレなんですね。これは、過去の記事を含めて、また「焼味(シウ・メイ)」の魅力を伝える記事を作らないとと思い、今回のコラムのテーマに選びました。
今、「トワイライト・ウォリアーズ」のファンは、カルディに行ったら「八角香る香港式叉焼」の缶詰を買い、ハナマサに行ったら「広東叉焼醤」を買い、中華食材屋に行ったら、「李錦記の叉焼醤」を買っているようです。私はカルディに行きましたが、叉焼の缶詰だけが売り切れになっていました。「トワイライト・ウォリアーズ」ファンおそるべし!
しかし、私の家では、かれこれもう10年以上は李錦記の叉焼醤を切らしたことがありません。これを使って、あの叉焼飯を作ってみることにしました。
「チャパグリ」以来の注目集める“映画飯”

用意したのは、豚の塊のロース肉(肩ロースでもよかったのですが、少し小さめのほうが、たれが染みやすいと思い、今回は薄めのロース肉にしてみました)と、叉焼醤のみ。
ロース肉にタレをつけて3時間ほどおいて、グリルでときどき裏返しながら焼くというだけのシンプルな作り方です。3時間ではお店のようなじっくりとした色合いにならなかったため、焼いている途中にハケで叉焼醤を塗ることで、濃厚さを出しました。
焼いたものを切り分けると、多少水分が染み出したので、グリルした後に漬け込んでいたタレと一緒にフライパンでもう一度煮立てるような行程をはさむといいかもしれません。
この叉焼に茹でた青菜を添えたら、かなりそれっぽくなりました。今回のお皿は、阿佐ヶ谷のアジア雑貨店「ビルカーベ」さんで購入していたものを使いました。
中までタレが染み込んでいないのはちょっと残念ですが、李錦記の叉焼醤に本格的な風味があるので、あの叉焼飯に近い味が楽しめます。タレの漬け込み具合や、焼き方など工夫したり、米をジャスミンライスしたりなどすれば、もっと本場に近いものになるかもしれません。叉焼醤はAmazonなどでも手に入るので、みなさんもやってみてはいかがでしょうか。
しかし、映画の中のメニューがこんなに話題になったのは、もしかしたら『パラサイト』のときの、「チャパグリ」以来なのでは!? 白央さんは、映画の中のメニューを再現してみたことはありますか。また聞いてみたいです。