近年、日本社会において、両親のどちらかが外国籍である「ミックスルーツ」の子どもが増えている。
「多様性」の大切さは社会に認識され始めているが、見た目や肌の色の違いを指摘されたり、ネイティブの発音をいじられたり、「マイクロアグレッション」と呼ばれる周囲の無意識的な一言に傷つき、自らのルーツに悩む子は少なくない。また、日本で暮らす外国籍の母は、言葉や習慣の違いに馴染めず、孤立しがちだ。
そんな背景を持つ母や子が集まり、日本人家族との交流によって“生きづらさ”を埋めていくコミュニティがある。2019年に大阪で始まった「Global MOM to MOM」。代表のレイノルズ容子さんに設立のきっかけや活動について聞いた。
「みんなの前で英語を喋らないで!」
「パパにお迎えきてほしくない」「みんなの前で英語を喋らないで!」
それは、当時5歳の長男からの突然のお願いだった。
大阪府出身の容子さんはアメリカの大学を卒業して現地で働き、帰国後に関西の企業に勤めるアメリカ人のパートナーと結婚。パートナーは20年近く日本で暮らし、英語と日本語のどちらでもコミュニケーションが取れる。ただ、「幼い頃から英語を話せたら将来が広がる」との思いから、家庭では子どもたちと英語で会話をするように心がけ、バイリンガルな環境で育ててきたという。
「私の父は若い時、ニュージーランドで柔道を教えていたんです。大阪市内に開いた道場でも英語で柔道を教えており、さまざまな国籍の方が父のもとで学んでいました。私自身、幼少期から日常的にさまざまな国の人と触れ合える環境で育ち、それが人生を豊かにしてくれたと思っています。なので、子どもたちも英語を話せるようになり、多様なルーツを持つ人たちと繋がってほしかったんです」
それゆえに、長男の一言はショックだった。
インターナショナル保育園を経て、近所の幼稚園に入園した彼は、周囲と自分の“違い”を初めて目の当たりにしたのだろう。父親がアメリカ人であるがゆえに周囲から浮くのでは…という不安もあったのかもしれない。幼稚園の参観日、せっかくアメリカから旅行に来ていた義父母に対しても「お願いだから来ないで!」と泣きそうな顔で訴えたという。
「いじめられていたわけではないんです。ただ、お友達からネイティブの発音を『それ、違うよ!』といじられることもあり、『外国人と思われたくない』と萎縮していったように見えました。幼稚園の先生によると、英語の授業ではあえて『アップル』と日本語風に発音し、日本人のお友達に合わせていたそうです」

53カ国の外国人家族が集うコミュニティ
英語は世界共通の言語であり、父親の母語でもある。それなのに「恥ずかしい」と話さなくなるのは切ない。
「子どもたちに同じような海外ルーツの友達ができたら変わるんじゃないか」
そう思った容子さんは、海外出身の親子が集まりそうな公園やコミュニティを探したものの、なかなか見つからない。
「同じ悩みを抱えている親や子どもは多いはず。それなら自分で作るしかない」
日本で暮らす国際結婚や海外出身の家族が「仲間」を作り、異文化交流を通して英語を学びたい日本人家族とも繋がれるーー。そんな場があればと、2019年に起業して「Global MOM to MOM」を設立。自身のSNSでコミュニティについて発信すると、似たような境遇にある母たちから次々と切実な声が届いた。
「子どもがいじめられないか不安」「学校で『外国人は国に帰れ』と言われた」
コミュニティの存在は口コミで広がり、今やアメリカやオーストラリア、ブラジルなど53カ国出身の約700ファミリーが参加する。
構成は、夫婦ともに日本人家族が6割、外国籍の母の家族が4割。全国各地に住む海外出身の母がピクニックなど家族ぐるみで参加できるイベントを企画し、オンラインでも月100回を超える親・子それぞれに向けた英語での交流イベントを開いている。

「卵焼きが作れない」「接種券を捨てた」海外ルーツの母たちの悩み
「息子のために」と始めた活動ではあるものの、たくさんの海外出身の母たちとの交流を通じて、慣れない土地で生活しながら子どもを育てる苦労も多く感じているという。
海外出身の母がホストを務める交流イベントで重視しているのは、英語そのものを教えるのではなく、英語でのコミュニケーションを通じて自らのスキルを発揮すること。それは容子さんが長年感じてきた、外国籍の人々をめぐる就労の課題ゆえだ。
「海外ルーツの人々と交流する中でよく聞いたのは、母国ではエンジニアやアーティストなど様々な専門性を持って働いていたのに、日本での仕事が英語の先生しかないということです。また、英語がネイティブレベルで話せるにも関わらず、出身地の母国語が英語ではないことを理由に、先生にすらなれないという話も聞きます。彼女たちがスキルではなく、国籍で判断されてしまう現状に対して、スキルで仕事を選べる場所を作りたいという思いもありました」
母たちはアートや料理、ダンスなど自らの専門性を生かして、子どもたちや日本人母を対象にしたオンラインイベントを企画。ホストを務めた母には報酬が支払われ、家計の一助となっている。ただ、コミュニティでは海外出身の母と日本出身の母が「先生ー生徒」の関係性ではなく、対等な立場で学び合い、お互いに助け合うのがモットーだ。
「日本語がわからず、子どもの学校のお手紙を読めなかったり、誤ってワクチンの接種券を捨てたりしてしまうことも少なくありません。また、入学式では紺など落ち着いた色の服を着るなど、日本独特の“見えないルール”が分からなくて困るという声も耳にします」
コミュニティでは、海外出身の母がイベントを企画するだけでなく、日常のふとした場面で困った時に日本出身の母に相談できるチャットもあるという。
意外と多いのが、日本らしいお弁当が作れないという悩み。サンドイッチなどアメリカンスタイルのランチを用意したものの、子どもから「嫌だ!みんなと同じお弁当がいい」と言われてしまうケースが多いそうだ。とはいえ、おにぎりや卵焼きが上手く作れない…。そうした声に対して、日本出身の母たちが日本食の作り方を教えるオンラインレッスンを自発的に始めるケースもあったという。
「海外出身の母たちは、身の周りで日本人の“ママ友”を作れずに孤立してしまうことが多い。また、育児をめぐる日本人夫との価値観の違いや、母親に育児の負担が寄ってしまう労働のあり方から摩擦が生まれ、離婚して一人で子育てしているケースも少なくありません。日本出身の母や、同じ境遇の母と触れ合えることが精神的な支えになっているのではないでしょうか」

英語を遠ざけるようになった我が子は…
あの日、英語を敬遠するようになった長男は現在10歳。コミュニティで様々なルーツを持つ子どもたちと出会い、また英語を話すようになった。最近は世界各国の歴史に興味を持ち、世界地図を描きながら国と国との関係性を英語で紹介するというYouTubeも始めている。
ダイバーシティやグローバル人材。多様性を意識した言葉が広がる中でも、海外ルーツの人々に対する偏見や差別は根強く、壁があることも否めない。米カリフォルニア大の下地ローレンス吉孝客員研究員らの全国調査では、日本人と外国人の間に生まれるなど複数の国やルーツを持つ人の98%が「マイクロアグレッション」を経験し、68%がいじめや差別に遭ったと回答した。容子さんは言う。
「欧米では複数の国やルーツを持つ人は当たり前の存在です。日本でもミックスルーツの子どもは増えていくでしょうし、いずれは自分の家族や親戚内に外国人がいることもそう珍しいことではなくなっていくと感じています」
活動を通じて、親や子同士の絆を深めるだけでなく、社会全体が多文化共生に対して前向きに動くきっかけを作っていくつもりだ。