永住資格の取り消し「『経済状況や健康に配慮する』と明記を」。若い世代の当事者たち、石破首相らに要望

「日本で生まれ育ち日本語を母語とする永住者の多くは、『国籍国に帰りなさい』と言われても日本を離れて生計を立てることは極めて困難です」(永住者のエマさん)
入管庁の担当者に、集まった署名を届ける「永住許可有志の会」メンバー(2025年2月17日)
入管庁の担当者に、集まった署名を届ける「永住許可有志の会」メンバー(2025年2月17日)
Machi Kunizaki

20代の頃、精神的な病気を患い、大学を中退してフリーターになった。生活が困窮し、年金の保険料を一時滞納した。

数年後、健康状態が徐々に回復して、正社員の職を得た。収入が安定し、滞納分を全て支払うことができた。

だが2024年6月、どん底にいた過去の自分を追い詰めるような法律ができた。

「永住者」の在留資格の取り消し要件を拡大することを盛り込んだ改正入管難民法が、国会で成立した。税や社会保険料を故意に支払わないなどの場合に、永住資格を取り消せるようになった。

「あのときの自分だったらどうなっていたんだろうか」━。



これは、日本で生まれ育ったある若者の実話に基づく短編漫画のあらすじだ。永住資格を持ち日本で暮らす20、30代の当事者やその家族・友人でつくる有志の会が、永住者本人から聞き取った体験を題材に制作した。

永住者は約90万人に上り、在留資格別では最も多い

これまでの法律でも、虚偽の申請をしたり、1年を超える懲役や禁錮刑に処され強制退去となったりした場合などは、永住資格を失う規定があった。

昨年6月の法改正で取り消し要件が拡大され、故意に税や社会保険料を納付しないなどの場合も、永住資格を取り消すとの内容が盛り込まれた

病気やけがなど様々な事情で、税や社会保険料を支払えない状況は、国籍に関わらずどんな人にも起こり得る。冒頭の漫画は、取り消し要件の拡大が永住者やその家族にもたらす不安を描いている。

永住者の若者の実話を基に描かれた漫画
永住者の若者の実話を基に描かれた漫画
永住許可有志の会


「悪質な場合に限る」という説明でも、募る不安

日本で生まれ育ち、米国籍を持つ永住者のノアさん(仮名、20代)は、数年前に体調を崩して収入が減少した際、年金の保険料を一時期支払えなくなった。

政府は、資格取り消しの対象を「支払い能力があるにもかかわらず、あえて公租公課の支払いをしないような悪質な場合に限る」と説明している。

だがノアさんは、「現在の条文では曖昧すぎる。法務省や入管庁の裁量次第で、以前の自分のようなケースも取り消し対象になるのでは」と、不安を拭えないという。

同じく米国籍を持つ永住者のハンナさん(仮名、30代)も、過去に年金の支払いに手違いがあり、未納の期間があった。結局、免除対象だったことが判明し支払う必要はなかったが、今後は同様の手続き上のミスでも永住資格を取り消される可能性があると危惧する。

「私のケースは『故意』の不払いには当たりませんが、『故意』を誰が、どう認定するのかが不安です。日本生まれではない永住者は日本語が必ずしも完璧ではなく、公的な書類を読んで理解することが難しいケースもあります。日本で生まれたり育ったりした子どもが、永住者の親の通訳を担う家庭は少なくありません。そうした家庭にとって行政手続きのハードルは極めて高く、納税上のミスも起こりうることを考慮してほしい」(ハンナさん)

改正法には、現在の生活や本人の置かれている状況に「十分配慮する」と盛り込まれた。さらに、「具体的な事例についてのガイドラインを作成し周知するなど、特に慎重な運用に努めること」との附帯決議が国会で可決された。

これを踏まえ、有志の会は2月17日、石破茂首相や鈴木馨祐法相ら宛てに要望書を提出。ガイドラインの作成に当たって、次の点を明記することなどを求めた。

▽永住許可の取り消しを検討する場合、不安定な経済状況や心身の健康状態、家庭環境に対しても十分に配慮する

▽当人の来歴や言語能力、国籍国の社会情勢など、国籍を持つ国における生活能力と安全性を考慮する

日本生まれや日本育ちの永住者を含む、多様な背景を持つ当事者がガイドラインの作成に関わり、意見を反映させることができる場を設ける

これに加え、ガイドライン作成のプロセスとタイムラインを明らかにすることも求めている。

米国籍のエマさん(仮名、30代)は「私を含め、日本で生まれ育ち日本語を母語とする永住者の多くは、『国籍国に帰りなさい』と言われても日本を離れて生計を立てることは極めて困難です。宗教やセクシュアリティなどの面で、国籍国では迫害される属性だったり、出身国が紛争下にあったりと命に関わる場合も想定されます。そうした事情をきちんと配慮し、ガイドラインに明記してもらいたい」と求める。

永住者の親がおり、自身は日本国籍の大学生のマリさん(仮名、20代)は「すでに日本には、様々なルーツを持つ人が家族として一緒に暮らしている現状があります。その人たちの声をしっかりとガイドラインに反映してほしい」と訴える。

大学院生の荒木生さん(29)は、まもなく高齢期に入る永住者の親族がおり、法改正が永住者と家族にもたらす影響を憂慮しているという。

「年を重ねたり、病気にかかったりする事態は人間として避けられないこと。日本に長年住んでいる人たちが、加齢や健康状態の悪化で行政の手続きにミスが生じた時、きちんと事情を考慮してもらえるのでしょうか。『外国籍だから』と定住の安心を奪われるのは酷だと感じます」(荒木さん)

国連人種差別撤廃委「不均衡な影響を懸念」

取り消し要件の拡大をめぐっては、人権条約機関からも懸念の声が寄せられた。

国連人種差別撤廃委員会は法案成立後の2024年6月25日、日本政府に対して緊急の書簡を送付した

「(市民ではない人たちにネガティブに作用する)不均衡な影響を懸念する」などとして、改正法が差別的な影響を及ぼさないことや、国外退去命令への異議申し立てといった救済措置を利用できるようにすることなどを政府に求めた。

これに対し、政府は9月25日付で回答を提出。「本人に帰責性があるとは認めがたく、やむを得ず公租公課の支払いができないような場合については、在留資格の取消事由として規定していない」と改めて説明した。

また委員会の懸念に対しては、条文の「(本人の)置かれている状況に十分配慮する」という文言や附帯決議を根拠に、「既に適切な措置がとられている」と主張。「改正入管法が、いかなる意味においても、我が国に在留する永住者に対して差別的な影響を及ぼすことは全くない」と反論した。

だが荒木さんは、「取り消し要件の拡大をめぐる報道が始まって以降、永住者に対する排外的な言説やヘイトスピーチがネット上で急速に広まりました。『差別的な影響を及ぼすことは全くない』と政府が断言したことには大きな疑問を感じています」と語る。

「当事者の声がほとんど聞かれることなく、慎重な審議もされないまま法案が成立してしまった。当時の小泉龍司法相の『永住者と直接意思疎通できる方法を検討したい』という発言の通り、まずは当事者と家族が入管側と話し合う場を設けてほしいです」

過去の滞納、「考慮はしうる」と入管庁

法改正前の税などの滞納が資格取り消しに影響するかについて、入管庁はハフポスト日本版の取材に「過去に公租公課を払っていなかったからといって、直ちに取り消すことはない」とした一方で、「(取り消しの際に)考慮はしうる」と説明した。

これについて、荒木さんは17日、要望書と署名の提出後の記者会見で、「遡及適用される可能性があること自体が、既にやむを得ずに滞納を経験してしまった人たちの不安を大きなものにしていると思う」と訴えた。

永住資格の取り消し要件を拡大する新制度は、2027年にも開始される見通しだ。

(取材・執筆=國﨑万智@machiruda0702.bsky.social

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