爽快感ゼロ!「飲みづらい」ビールグラスが話題。作ったのはビールメーカー...。なぜ?

高価なのに注文殺到!話題の「ゆっくりビアグラス」の誕生ストーリーを取材した。
ゆっくりビアグラス(左)とよなよなエール
ゆっくりビアグラス(左)とよなよなエール
ヤッホーブルーイング提供

「爽快感ゼロ!」

「体験した人のうち93.8%が『飲みづらい』と回答」

...???

こんな説明を聞けば、いったいどんな商品?と気になる人も多いだろう。

実はこれ、ビールメーカーが販売する「飲みづらい」グラス、「ゆっくりビアグラス」についての紹介文の一部だ。

開発したのは、クラフトビールメーカーの「ヤッホーブルーイング」。「理想の飲みづらさ」を追求したというグラスは砂時計型をしており、中央のくびれ部分でビールの流れる量が制限され、ゆっくり飲むことができる。グラスには、350ml缶がちょうど1本入る。ひとつひとつ職人が手作りで製造しており、芸術品のようなデザイン性も人気だ。

2024年夏に初回限定10個を抽選販売したところ、約2700件の応募が殺到。その後改良を経て行った2度目の販売では、用意した55個が約10時間で完売した。価格は1万2980円(税込・送料別、よなよなエール1缶と専用クロス付き)というとかなり高額なのに、だ。

現在は入荷待ちの予約を受け付けているが、すで約1200人待ちと高い注目を浴びている。

そもそも、なぜビールメーカーがあえて「飲みづらいグラス」を生み出したのかーー?

開発の背景はビール好き社員らの「悩み」から

近年、飲酒による健康リスクへの意識が広まり、2024年2月には厚生労働省が初めて「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を公表した。

「ゆっくりビアグラス」はこうした背景を踏まえて開発されたのだろうと思いきや...

「実は逆なんです」と率直に話してくれたのは、開発を担当した同社の河津愛美さんだ。

ビールメーカーということもあって、社員にはビール好きが多い。飲むことの楽しさはもちろん、飲みすぎや二日酔いの辛さも知っている。なかには医者に減酒を勧められたスタッフもいたというーー。

「やっぱり長く美味しくお酒を飲みたい。そこで、我慢せずに楽しく減酒できるようにするにはどうすれば良いかと話し合ったときに、『飲みづらいグラス』ってどう?というアイデアが上がったんです」

ヤッホーブルーイングの河津愛美さん
ヤッホーブルーイングの河津愛美さん
ヤッホーブルーイング

開発を始めて約1カ月後に発表された「適正飲酒ガイドライン」も追い風となった。「調査したところ、このガイドラインがあまり知られていないことがわかりました。そこで、私たちらしくユーモアを持って適正飲酒を啓発していくような活動をしていきたい、ということでプロジェクトが進んでいきました」

「飲みづらさ」だけじゃない。こだわった「味わい」

開発から販売まで約7カ月ーー。初めは、重く持ちにくいグラスや、手を近づけるとセンサーが反応し逃げるグラスなど、約30種類のアイデアがあったという。

こだわったのは、「ちょうどいい飲みづらさ」に加え、「クラフトビールの味わいをしっかり感じられる」こと。最終的に辿り着いたのは、その2つの条件を満たした「砂時計型」のグラスだった。

砂時計型のくびれの太さは1ミリ単位で変えたものをいくつか試作し研究。最終的に飲みづらさ、味、香りもちょうど良い6ミリのくびれに満場一致で決定したという。

「飲みづらいのはもちろんですが、体験してみて『味が普段飲んでいる時と違って感じる』とおっしゃる方も多いです。飲み口がちょっとワイングラスみたいにキュッとなっていて、普段よりも香りを強く感じると言われます」

ゆっくりビアグラスの製造過程
ゆっくりビアグラスの製造過程
ヤッホーブルーイング

また、日本で一般的なラガービールはキンキンに冷やして喉越しを楽しむのに比べ、同社のクラフトビールは約13度がより味や香りを華やかに感じられる温度だという。そのため、ゆっくり飲んでぬるくなった方がより楽しめるということを実際に感じる人も多いという。

細く長く楽しんでほしいから。適正飲酒を推奨

「飲みづらい」ビアグラスは、確かにユニークで話題性のある商品だ。

しかし、ビールの消費増を願うはずであろうビールメーカーが、逆に消費の抑制につながりかねない商品を開発することに戸惑いはなかったのか。

「ビールの売り上げが減るのではないかとよく聞かれるのですが、社内ではその話が出たことはありません」と河津さんは話す。顧客に短期でたくさん飲んでもらうより、人生の中で長く楽しんでもらうことに重点を置いているため、中長期の売り上げに貢献してくれることを期待しているという。

また「ウェルビーイング」を掲げるビールメーカーとして「逆に飲みづらいグラスを作る理由というのも、お客様の健康を考えてというところが1番です」と語る。

「飲みづらい」と話題のヤッホーブルーイングさんの「ゆっくりビアグラス」🍺を試させて頂きました🍻

砂時計型で、飲むのも時間かかるけど、注ぐのもかなりゆっくりです💦

ポコポコ音してかわいい🩷 pic.twitter.com/YieefIu2wg

— Yuko Funazaki (@yukofun) February 10, 2025

同社はこれまでクラフトビールと同じ醸造法で作られた微アルのクラフトドリンク「正気のサタン」の販売や、主催イベントでの飲み放題廃止など、適正飲酒を推進する取り組みを行ってきた。

「たくさん飲んで健康を害してほしくないので、適切にお客様に合ったペースで飲んで、長く愛していただきたいと思っています」

今後の取り組みについて河津さんは、「現段階では、待っているお客様にゆっくりビアグラスをお届けするというのが1番」と話すが、「楽しんで適正飲酒を広げるということを今後も続けてやっていきたい」と語る。

ビールの未来は

日本のビール市場を見てみると、クラフトビールは成長しているものの、全体の市場は減少傾向にある。

今や、飲酒による健康リスクへの意識も広まり、「酒離れ」も進んでいる。

前出の厚労省の「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」は、年齢や性別、体質によって異なると説明した上で、生活習慣病リスクを高める純アルコール量の参考値として、男性は1日40グラム以上、女性は20グラム(ビールのロング缶1本程度)以上としている。

少し前までは「少量のお酒は体にいい」という説もあったが、最近では「酒は少量でも体に良くない」と示す研究が増え、WHO(世界保健機関)も「健康に安全な飲酒レベルはない」と述べている。

そんな中で河津さんは、ビールを飲むことで人々が得ているのは「心のウェルビーイング」だと話す。

「飲むことで癒されたり、活力を得たり...そう感じてもらうことが1番大事だと思っています。ビールをたくさん飲んでほしいというより、ビールを通してどう楽しんでいただくか。ささやかな幸せをどう得ていただくかが大切だと感じています」

あまりの人気で現在まだ入荷待ち状態の「ゆっくりビアグラス」だが、今すぐ体験したい人には朗報がある。よなよなエール公式ビアレストラン「YONA YONA BEER WORKS」の新虎通り店・吉祥寺店の2店舗では、よなよなエール1缶を「ゆっくりビアグラス」で提供(税込880円)している。気になる人は、ぜひ足を運んでみてほしい。

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