医療費が高額になった場合に患者の費用負担を抑える「高額療養費制度」について、政府は制度を見直し、2025年8月から自己負担する限度額の上限を引き上げることを決定した。患者団体などからは「これ以上医療費が高額になると治療を諦める、命を諦める患者が増えるのは確実」「生きることを諦めさせないで」などと反対の声が上がっている。
1月29日には、オンラインサイト「change.org」で「高額療養費制度引き上げ反対」を求める緊急署名が立ち上がり、7万筆以上の電子署名が集まっている(2月3日現在)。
「高額療養費制度」とは?
「高額療養費制度」とは、医療機関や薬局の窓口で支払う月ごとの医療費で、自己負担額が高額になった場合に、一定の金額(年収に応じて決まる自己負担限度額)を超えた分が返ってくる制度。
自己負担する限度額は、70歳未満では5段階、70歳以上では6段階の所得区分に応じて異なる。勤務先で入る健康保険や、自治体が運営する国民健康保険など公的な医療保険に加入していれば対象となる。
特に、がんなどの病気では手術や放射線治療などで高額・長期の治療が必要となるため、保険適用の治療内容であっても医療費は高額になる。
そうした高額な医療費の負担を軽減させるために、公的医療保険制度の一部に「高額療養費制度」という仕組みが設けられている。
厚労省によると、見直しでは2025年8月から段階的に、全ての所得区分で上限額を引き上げていく方針。
現役世代の平均的な所得層(年収約370~770万円)では、負担額が10%増になり、2027年8月からの負担上限額は月額13万8600円程度(年収650〜770万円の区分)となる。
さらに、高所得層(年収約1160万円〜)では、負担額が15%増などとなり、負担上限は29万400円程度(2027年8月から、年収約1160〜1410万円の区分)まで引き上がる。
立ち上がった「高額療養費制度引き上げ反対」の緊急署名
今回、立ち上がったオンライン署名は『【緊急署名】「高額療養費制度引き上げ反対」石破首相・福岡厚生労働大臣にがんや難病患者・家族の切実な声を届けたい』。
呼びかけているのは、「全国がん患者団体連合会(全がん連)」「日本難病・疾病団体協議会(JPA)」「慢性骨髄性白血病患者・家族の会いずみの会」ーーの3団体。「仕事や日常生活を続けながらぎりぎりの範囲で医療費を毎月支払い続けている患者とその家族もいる」といい、患者らの「生活が成り立たなくなる」「治療の継続を断念しなければならなくなる可能性が危惧される」などと活動の理由を説明する。
この他、女優・秋野暢子さん、タレントの原千晶さん(婦人科がん患者会よつばの会代表)、歌手の木山裕策さんら、がんサバイバーの著名人らも緊急署名に賛同している。
緊急署名では政府に対し、『がんや難病などの患者・家族の切実な声を、石破首相・福岡厚生労働大臣に届けること』で、『高額療養費の負担上限額引き上げを見直すこと』を求めている。
署名に参加したい場合は、サイトにアクセスした上で自身の名前、メールアドレスを登録することで可能。また、署名したことを友人らにSNSを通じて共有することなどもできる。
「命を諦める患者が増える」などと、がん患者らから悲痛の声
全国がん患者団体連合会が1月17日〜19日にオンラインで募集したアンケートでは、がんや難病などで療養する患者やその家族ら3623人から、自己負担する限度額の上限引き上げに反対する切実なメッセージが寄せられている。
「スキルス胃がん患者です。小さな子どもがおり、この子を遺して死ねません。高額療養費制度を使っていますが、支払いは苦しいです。家族に申し訳ないです。引き上げされることを知り泣きました。スキルス胃がんは治らないみたいです。私はいずれ死ぬのでしょうが、子どものために少しでも長く生きたい。毎月さらに多くの医療費を支払うことはできません。死ぬことを受け入れ、子どもの将来のためにお金を少しでも残す方がいいのか追い詰められています。(女性・20代・がん患者)」
「高額療養費制度の負担上限額引き上げに反対します。私は急性骨髄性白血病患者です。現在傷病休業中で傷病手当金を受給しています。夫と子ども1人と生活しています。35歳で罹患し約8ヶ月の入院、退院して月2回の通院を現在も続けています。その間にかかる医療費は毎回高額療養費上限まで使用しています。あくまで健康保険の使用出来る範囲では高額療養費制度のお陰で出費は抑えられていますが自費負担金が他にもあることをお忘れにならないでください。これ以上医療費が高額になると治療を諦める、命を諦める患者が増えるのは確実です。私たちを殺さないでください。生きることを諦めさせないでください。(女性・30代・がん患者)」
「これまでなら制度を活用することで治療を受けることができていたのに、負担上限の引き上げにより、治療を諦めてしまう、選択肢が減ってしまう、そんな人が増えていく恐れがあり、喫緊の問題である。私自身ががん患者であり、抗がん剤治療により減給を伴う休職をせざるを得なかった状況下、現行の高額療養費制度には助けられた。(女性・20代・がん患者 )」
「癌になり1番不安だったのが、お金の問題でした。副作用で仕事もお休みをしなければならなくなり収入が減り、どれだけ高額療養費制度に助けられたかわかりません。私の場合、月六万が上限だったのですが、それでも六万円を毎月払うのは結構大変でした。今回の上限額引き上げを知って今後の治療費への不安、そしてこれから癌になってしまった人たちの負担は大きいと思います。(女性・20代・がん患者)」
「子育て世代で子供にもお金はかかるし、自分も収入が減っていて無理してでも働いてなんとか病院代を払っている状態なのにこれ以上引き上げられたら生活が苦しい。お金がない人は治療もできずに死ねって言うのが国の方針ですか?若い人は癌になったって働いていかなきゃいけないのにどうして引き上げるんですか?若くして病気になったら死ねって言われてるのと同じ。家族にも負担かけて生きる価値を見出せなくなる。(女性・30代・がん患者)」
「上限額いっぱいまで使っているだけでも生活を圧迫しているのに、さらに引き上げられたら、『お金が払えないなら生きるな』と言われているように感じました。生きたいと感じられるようになった気持ちを、また「死んだ方がいいのか」と思ってしまいそうな自分の感情が怖いです。生きたい気持ちを蔑ろにしないで下さい。(男性・30代・がん患者)」
今回の見直しは2024年11~12月に厚生労働省の審議会などで議論されてきたが、患者団体などへの聞き取りは行われていなかった。石破茂首相は、1月31日の衆院予算委員会で意見聴取を検討する意向を明らかにしている。