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精神疾患には、拒食症や過食症などボディイメージと関連するものがあり、世の中での認知も広がりつつある。
しかしその中でも、知名度が低く、理解されていない障害がある。
「ビゴレキシア」とも呼ばれる筋肉醜形障害だ。ソーシャルメディアが大きな影響を持つ近年、増加していると専門家は警告している。
一体どんな障害なのか?症状や発症のリスク、自分を守るために知っておくべきことなどを専門家に聞いた。
「ビゴレキシア」とは?
「ビゴレキシアは、『筋肉醜形障害』の俗名で、自分の外見に対し『異常で醜い』と思い込み、とらわれる『身体醜形障害』の一種です」とブライアント大学の心理学教授ジョセフ・J・トランゾ氏は話す。
ビゴレキシアでは、「筋肉が十分でなく貧弱だ」という歪んだボディイメージにとらわれる。
摂食障害認定専門カウンセラー、カラ・ベッカー氏によると、この障害のある人は、たとえ自分が筋肉質な体格をしていても、実際の姿より細く、筋肉が少ないと認識することが多いという。
「過剰なウェイトリフティングをしたり、ステロイドや規制されていないサプリを使ったり、筋肉をつけようと極端な食生活を試みたりし、多くの場合、心身に悪影響をきたします」
ビゴレキシアは性別に関係なく発症する可能性があるが、一般的には男性に多い。
カリフォルニア大学サンフランシスコ校の小児科医で、少年および男性の摂食障害を専門とするジェイソン・ナガタ氏は、ビゴレキシアの重要な警告サインとして、生活の質を悪化させるほどにまで体格・体重・外見・運動・食事に対し、執着することをあげた。
「もし運動が『楽しみ』より『不安』の原因となり、仕事や日常生活に支障をきすようになったら、ビゴレキシアの危険信号です」と語る。
ビゴレキシアの要因は
「筋肉醜形障害は報告されないことが多く、遺伝的素因や心理的要因など、いくつかの要素が組み合わさって発症すると考えられています」とボルチモアの摂食障害回復センターの臨床心理士エイミー・グッディング氏は話す。
ビゴレキシアの発症リスクを高める心理要因としては、完璧主義、不安、抑うつ、低い自尊心、強迫傾向、そしていじめやトラウマになるような幼い頃の嫌な経験などがある。
心理学教授のトランゾ氏によると、ボディビルやレスリングなど、体力や体格を重視するスポーツをしている選手はリスクが高い傾向にあるという。
摂食障害やボディイメージに関する問題は、以前より全体的に認知が広まっている。しかし筋肉醜形障害はあまり知られていないため、報告も少ない傾向にある。
グッディング氏は、ビゴレキシアの症状がウェイトトレーニングでしばしば奨励される行動につながることも、見過ごされやすい理由のひとつになっていると考える。
「例えば、自分が実際より細いと感じる人は、トレーニングの時間を増やし、食生活をより厳しく制限します。アスリートの場合、コーチからはスポーツに打ち込んでると見られ、最初は称賛されるかもしれません。しかし、極端な行動や有害な侵入思考は、コーチや仲間には見えていない可能性があります」
社会文化的要因もまた、ビゴレキシア発症の引き金となりうる。
「雑誌の表紙やソーシャルメディア、友人との会話など、私たちは常にダイエットやフィットネスの文化に囲まれ、筋肉質で引き締まった身体のイメージや『身体をより引き締めて健康にする議論』にさらされています」とグッディング氏は語る。
新年が始まると、「新しい年、新しいあなた」などと、引き締まった身体へ導く方法や商品についての記事や広告があふれる。このようなメッセージが積み重なると、それが許容される唯一の体型で、理想形だとみんなが思うようになってしまう。
「それに加え、もっとトレーニングすべきだ、ステロイドやサプリを使ってパフォーマンスや外見を向上させるべきだ、という欠点に焦点を当てた内的対話や、執拗な鏡チェック、食生活への執着が組み合わさると、ビゴレキシアの完璧な温床が出来上がります」とグッディング氏は説明する。
なぜビゴレキシアは広まっているのか?
ハフポストが取材した専門家たちは、ビゴレキシアは新たな障害ではないが、近年になって広まりつつあると指摘する。
ナガタ氏が携わった2019年の研究「Boys, Bulk and Body Ideals(少年、体格、身体的理想)」では、アメリカの全国代表サンプルにおいて、思春期の少年の30%が体重増加の願望があると報告している。追跡調査では、思春期から青年期の男性の間で、サプリの摂取や食生活の変化、さらにはステロイドの使用といった筋肉増強行動が一般的であることがわかった。
ナガタ氏は、摂食障害は少年や男性の間で増加傾向にあるといい、「最近のカナダの研究によると、男性の摂食障害による入院は2002年以降5倍に増えている」と話す。パンデミックによる社会的孤立、不安の増加、学校や活動での対人関係の不足、そして特にソーシャルメディアの利用増加が、男性、特に10代の間で体への不満や摂食障害を発症させる「最悪な状況」を作り出したと考えているという。
「理想的な美の強調は今に始まったことではありませんが、私たちはそれにかつてないほどさらされています」とトランゾ氏は話す。「インターネット、特にソーシャルメディアが普及する前は、雑誌やテレビ、映画で『理想的な身体』を目にしていましたが、今や私たちはスマホを持ち歩き1日何時間も見て、コンテンツを過剰に消費しています」
若者たちは、見ている理想的なイメージが、パーソナルトレーナーやシェフなどの専門チームによって維持され、編集されたものであるという現実を十分に理解していない。
「ほとんどの15歳は、理想的な身体を実現しキープすることがインフルエンサーのフルタイムの仕事であることを認識していません。まだ脳が十分に発達していない時期の子どもたちは、俳優のヒュー・ジャックマンがウルヴァリンになるために1日8時間、6カ月かけてトレーニングしたとは考えないし、常にその体格を維持しているわけではないことも知らない。また、血管が膨張し筋肉が張り裂けそうな特別な1枚のイメージを撮影するために、彼はおそらく厳しい医師監視のもと脱水症状を起こしているであろうことも理解していません」
ナガタ氏はまた、多くの若者はこうした非現実的なソーシャルメディアを消費するだけでなく、コンテンツを制作し、自分の身体を見せることに社会的プレッシャーを感じていると指摘する。
男性のセルフィーは筋肉を見せるため全身写真であることが多く、また男性のボディイメージに関するInstagramの投稿の大半は筋肉質で引き締まった体型をしているいう。
「写真や動画ベースのソーシャルメディアに投稿する男性は、自分の外見にポジティブな反応を得ることでやる気が増し、さらに筋肉強化に励み、悪循環に陥りビゴレキシアに繋がる可能性がある」とナガタ氏は説明する。
自分がビゴレキシアかもしれないと思ったら
「自分の外見を気にして友人や家族を避けたり、自分の身体を変えようとすることに自由時間の多くを費やしたり、自分の『欠点』に気を取られて学校や日常生活に支障をきたしていたら...それは助けを求めるときかもしれません」とグッディング氏は提言する。
摂食障害や身体醜形障害は誰にでも起こりうるが、男性は見過ごされやすく、偏見にも直面しやすく助けを求めることは特に難しい。
ナガタ氏は、「助けを求めることは勇気がいりますが、摂食障害を専門とする医療従事者やセラピスト、カウンセラーと話すことは大きな助けになります」と勧める。
家族や友人、あるいはサポートグループに自分が感じていることを打ち明けることも、回復のための力強い支援になるかもしれない。
「ビゴレキシアや他の摂食障害のある男性において最も困難な問題の1つは、男性のボディイメージの問題に対して周りの意識が低いことです。ボディイメージや食事の問題で悩んでいるのは自分だけではないと知ることは大きな励ましになります」
もう1つの有効なステップは、引き金となるものを特定し、それらに触れる機会を減らす方法を見つけることだ。
「ソーシャルメディア、特に外見に関するコンテンツを制限すること」とナガタ氏はアドバイスする。「自分の身体についてネガティブに感じるようなアカウントのフォローを外したり、通知をオフにしたりしましょう。ソーシャルメディアの利用時間が増えると、周りと外見を比較する時間が増えてしまいます。これはまた、達成不可能な理想の身体に触れやすくしてしまい、自分の身体への不満を高めることに繋がる可能性があります」
ソーシャルメディアの消費を制限すると、心を満たしてくれるポジティブなことに捧げる時間を確保できる。「瞑想やヨガ、自分の好きな趣味など、ストレスや不安に対応する他の方法を見つけましょう」とベッカー氏も勧める。
回復の道のりはまっすぐで完璧なことは滅多にない。だから自分に優しくし、小さな勝利を祝い、少しの努力の積み重ねが幸せと健康に繋がることを忘れないでほしい。
相談窓口の案内
摂食障害の症状に苦しんでいる人や、周りに悩んでいる方がいる人たちなどに向けて、次のような支援機関や相談窓口があります。
▽摂食障害
摂食障害全国支援センター:医療従事者や一般の方向けに摂食障害に関する情報発信をするほか、支援拠点病院がある都道府県(宮城県、千葉県、静岡県、福岡県、石川県、福井県)以外に住んでいる人に向けた窓口「相談ほっとライン」を運営。
NABA:摂食障害からの回復と成長を願う人たちの自助グループ
ハフポストUS版の記事を翻訳・編集しました。