報道機関が被害者や遺族らの家に殺到する「集団的過熱取材」の改善のため、日本新聞協会が策定した「メディアスクラム防止のための申し合わせ」(2020年公表、2024年改訂)。
代表社が報道各社から質問を取りまとめて取材を行う「代表取材」などを提案し、同協会は「一定の成果がある」とするものの、今も事件や事故が起きるたび、メディアスクラムが繰り返されているのが実情だ。
現場の記者からは「そもそもなぜ集団的過熱取材が起きるのか、という根本に向き合っていないように感じる」といった声が上がる。
その1つが「社会のため」と言いつつ、遺族取材が他社よりも早く詳しく情報を掲載する「抜き抜かれ」の報道合戦に使われているという「矛盾」だ。
同協会によると策定の上で、こうした問題が詳しく議論されたことはないという。その背景の1つには、策定組織が各社の幹部らで構成されており、取材現場での課題がすくいあげられていない可能性がある。
また京アニ事件の遺族は「発生直後だけでなく『節目報道』でもメディアスクラムに似た状態が起きています」とし、「遺族の負担を減らすような取材手法を考えてもらえたら嬉しいです」と話す。
「市民が知るべきことを伝えながら、被害者の人権も守る。そんな落としどころを探ってほしい」という遺族の言葉をもとに、メディアや取材手法にどんな変化が必要なのか考える。
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◆メディアスクラム防止、機能しない課題
日本新聞協会は、新聞社、通信社、テレビ局などの編集局長クラスの社員らで構成する「編集委員会」を編成している。報道上の問題が起こったと委員が判断した場合、議題を提案し声明などを公表することがある。
メディアスクラムについては、神戸児童連続殺傷事件(1997年)や和歌山毒物カレー事件(1998年)で批判が集まったことを受け、2001年に初めて見解を公表した。「いやがる当事者や関係者を集団で強引に包囲した状態での取材は行うべきではない」などとし、葬儀や病院、学校などでの取材の留意点をまとめた。
問題解決のため、編集委員会の下部組織として、報道機関の社会部長クラスの社員らで構成する「集団的過熱取材対策小委員会」を設置。だがメディアスクラムは繰り返されてきた。
京アニ事件で改めて遺族取材に批判が集まったことなどを受け、日本新聞協会は2020年6月に「メディアスクラムに関する申し合わせ」を公表。「現場レベルで協議してメディアスクラムの発生を防ぐよう万全の措置を講じる」とした。
具体的には、代表社が報道各社から質問を取りまとめて取材を行う「代表取材」を改めて提案。だが「知床観光船沈没事故」(2022年4月)で申し合わせが機能したのは、事故の発生から5日後。すでに報道機関が数多くの遺族や知人、近所の人の家に押し寄せた後だった。
なぜうまく機能しなかったのか。同協会は「観光船事故という特性上、全国の被害者に取材をする中で、申し合わせについて北海道以外の支社や支局に十分に伝えられていなかったことが大きい」と分析する。また現場でも、申し合わせを把握していない記者もいたという。
この反省点を踏まえ、2024年に申し合わせを改訂。ポイントの1つが、協議の主体を「現場レベル」から「全国レベル」に広げたことだ。現場で調整がつかない場合は、集団的過熱取材対策小委員会などを協議の場として積極的に活用し、業界全体で防止に努めるという。
◆メディアスクラムが改善しない理由に「業界の構造の問題」
なぜ遺族取材が必要なのか。「メディアスクラム防止のための申し合わせ」ではその意義について、「被害者や遺族の声が伝えられることは、事件・事故の原因を究明し、よりよい社会を考えていく上で必要なこと」と指摘する。
現場の記者からは、申し合わせについて「遺族取材は本来『社会のため』でもあり、共感する部分があります」といった声が上がる一方で、「報道機関が抱える問題に、誠実に向き合っていないように感じます」という指摘もある。
その問題の一つが、「そもそも、なぜ集団的過熱取材が起こってしまうのか」だ。
報道機関は「社会のため」としながらも、遺族取材を他社よりも早く独自記事を公開する「抜き抜かれ」の報道合戦に使っているという「矛盾」も抱えている。実際、他社より早く詳しく報じた場合は、記者やその上司の評価、出世に影響するケースもある。
またこの構造は、他社が一斉に扱った大きなニュースを自社だけ報じられない「特オチ」をしたくないがために、複数社の記者が現場に張り付いたり、他社の後追いの際には強引な取材を迫ったりといった、上司から記者への無理な指示にもつながっている。
実際、京アニ事件の被害者遺族である渡邊達子さんは「取材に来た記者のほとんどが20代から30代で、ハラスメントを受けているのではと心配になり、取材を受けなきゃと思ってしまう部分もありました」と話す。
ハフポスト日本版の取材に応じた元新聞記者のAさんは、京アニ事件などを担当した。記者の仕事を辞めた理由について「被害者遺族も当然ですが、社会の一員です。『社会のために』の中に、遺族が入っていないように感じ、大きな葛藤があったんです…」と吐露する。
その上で、「遺族取材は、意義に共感する部分もあり必要だと思います。ですが、事件直後でなければいけないのでしょうか」と問題提起する。
「京アニ事件では代表取材が進むなど、多少は改善が見られました。でも今も、遺族の人権の問題は変わっていません。現場では上司に『近所の家には全部ピンポンして』と指示を受け、怒られる恐怖を抱えたり、意義を考えたりする余裕がないままメディアスクラムを加速させてしまう記者も多いのが実情のように感じています」と話す。
日本新聞協会は「遺族取材をめぐる人事評価やハラスメントの問題について、申し合わせを策定した編集委員会や小委員会で、中心的な議論になったことはありません」と明かす。また議題に上がらないため、ハフポスト日本版が取材した段階では、今後もこうした実情を把握する予定はないという。
なぜなのか。背景には編集委員会は編集局長クラス、小委員会は編集・報道局次長、部長クラスで構成されていることがあるとみられる。指示をする側の立場の人が集まっており、現場の記者の声がなかなか反映されないという、構造的な問題もあるかもしれない。
Aさんは「最初は被害者の人権を大切にしていたのに、業界全体の空気に染まる記者も多くいます。そして自分が上司になった時に、下の世代に同じ指示をしてしまう。業界全体の構造の問題に向き合わないと、メディアスクラムは改善しないと痛感します」と指摘する。
「遺族取材は『社会のため』。自省も込めて、業界全体がこの原点に立ち返る必要があると思います」
「例えば事件発生から時間がたつと、遺族との信頼関係を築くのをやめて、どこも報じなくなるケースが多い。新聞は部数が減り、事件報道に限らず、メディアに余裕がないという指摘もあります。ですがそれは、遺族の人権を尊重しなくて良い理由にはなりません。時間をかけて信頼関係を築く環境を整えるべきだと感じます」
◆節目報道に突然の訪問…取材手法を踏まえた改善を
京アニの複数の作品で美術監督を務めた渡邊美希子さんを事件で失った母・達子さんと、兄・勇さんは現在、報道機関の取材を可能な限り受けている。
その理由の1つが、月日がたつ中で、「誰もが自信を持って生きていける社会があれば、こんな事件は起きなかったかもしれない」と思ったこと。「少しでも社会の役に立てるなら。それに、自分のしんどさ以外で、断る理由がない」と、取材を受ける覚悟を決めた。
だが5年半で、数多くの報道被害を受けてきた。中でも、「メディアスクラム」は事件直後だけでなく、「節目報道」でも起きると感じてきた。
美希子さんの遺作となった『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が上映された2020年9月には、公開日に合わせて記事を掲載したいという、達子さんの都合を考えない上司の指示のもと、謝りながら取材に来た記者がいた。
また2人の家には毎年、事件のあった7月に合わせて、多くの報道陣が個別で押し寄せるという、メディアスクラムに似た状態が起きている。
それに加え、報道業界の「突然行かないと取材を受けてもらえない」という論理から、いくら連絡先を伝えたとしても、「アポを取らずに来る記者」が、今も少なくないという。
日本新聞協会の「メディアスクラム防止のための申し合わせ」では、事件発生直後の防止策として「代表取材」を提案している。勇さんは「節目報道にも、ルールがあっても良いかもしれません」と望む。
被害者遺族を苦しめるのはメディアスクラムだけではない。2人は取材を受ける中で、業界用語や警察用語にならい、被害者の写真を「雁首」、焼死体を「焼き鳥」などと配慮を欠いた隠語で呼ぶ記者も未だに存在することを知った。
達子さんは「遺族取材を経験する記者が増えることは、報道業界や社会のためにも大切だと思います」とし、今後もできる限り取材を受けるつもりだ。だからこそ「遺族の負担を減らすような取材手法や、被害者の人権を大切にする空気が業界全体でできてほしい」と望む。
達子さんと勇さんは「メディアスクラムに限らず、被害者取材について、専門家や当事者と記者が協力して、時代に合った網羅的な報道ガイドラインを作ってほしい」と話す。
日本新聞協会によると、申し合わせや声明などの作成はあくまで編集委員会の委員らの提案であり、協会は発案する立場にないという。
新聞業界には、放送業界と異なり、「放送倫理・番組向上機構」(BPO)に準ずる機関がない。報道や取材手法に関する苦情の電話が同協会に来ることもあるが、「指導する立場にないため、各社に電話してください」と伝えるという。
2人も、取材を受けた報道機関に個別で苦情を入れたことはある。そうした遺族の声が同協会や社をこえて共有されることはほとんどなく、遺族が感じる報道の問題点がなかなか改善されない実情がある。
日本新聞協会は「実名報道に関する考え方」で、「私たちは事件や事故を間近で取材しており、発生直後に遺族が深い悲しみと混乱の中にいらっしゃることを知っています。報道各社の記者は、そうした心情に思いをはせ、適切な取材を心がけてきました」と記している。
勇さんはそうであるならば、「遺族ができる限り傷つかないように、報道に寄せられた意見について『指導』ではなく『共有』をして、改善していくような環境を作ってもらえたらありがたいです」と望む。
〈取材・執筆=佐藤雄(@takeruc10)/ハフポスト日本版〉
実名報道・遺族取材を考える「ハフポストミーティング」を開催
「遺族取材」「メディアスクラム」の問題をテーマにした「第4回ハフポストミーティング」を、2025年1月29日(水)午後7時に、東京都内で開催します。
ハフポスト日本版の佐藤雄記者が2024年7月に開始したシリーズ報道『被害者と遺族の「本当」』をもとに、「被害者・遺族の人権と報道」について、読者の方々と語り合いたいと考えています。
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