トランプ時期大統領就任式を前にLGBTQ+の権利について米国弁護士が考える

2025年1月までにパスポートの準備をしなくては━━。マスメディアはそう促すが、なぜか?
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Devrimb via Getty Images

2025年1月までにパスポートの準備をしなくては━━。

「第2次トランプ政権が発足するまでの間に、LGBTQ+当事者はそれを反映するパスポート等の公的な文書を取得したほうがよいのではないか」と、マスメディアは促す。

それは、トランプ次期大統領の方針によって、これまでに獲得してきたLGBTQ+の公的な権利がはく奪される可能性があるからだ。当事者らの懸念はトランプ氏の前回の大統領時代の所業に由来するものだろう。

保守派に傾くアメリカ国家

トランプ氏は前回の就任時、「言論の自由と宗教の自由の促進」という大統領令など、LGBTQ+の権利を制限する政策を制定した。

現政権下においても、2022年に超党派の支持を得て可決された結婚尊重法は、同性婚を保護する存在ではあるものの限定的である。

また、過去のコラムでも伝えた通り、米国の最高裁判事は終身任命であるため、任期4年の大統領よりも長期に渡り影響を持つ。トランプ氏が前回の大統領時代に保守派の判事3人を任命したことにより、現在、米国最高裁は保守派6名、リベラル派3名と保守派が多数を占める状況にある。 

トランプ前大統領によって指名されたニール・ゴーサッチ判事、ブレット・カバノー判事、エイミー・コニー・バレット判事は、ドブス対ジャクソン・ウィメンズ・ヘルス判決(2022年)において、ロー対ウェイド判決を覆して妊娠中絶を決定する権利を剥奪し、LGBTQ+を含む個人および家族の権利を脅かす前例を作った。

現在の保守派とリベラル派の比率は現任の最高裁判事が亡くなる、あるいは辞任するまでは変わらない。ちなみに、リベラル派の最高齢は70歳のソトマイヨール判事で病を抱えており、一部から早期引退を求める声も聴かれたが同氏は引退の意向を示しておらず、保守派の最高齢である76歳のトーマス判事について健康上の不安等は報じられていない。 

加えて、現在、米国議会においてLGBTQ+であることを公表している議員はごくわずかだ。アリゾナ州の無所属上院議員キルステン・シネマ氏がバイセクシュアルであることを公表しているほか、12名の議員がゲイ、レズビアンであることを公表しているが、割合から言えば54名の議員のうちの2%(2023年1月3日時点)にすぎない。

このことから、たとえ新たな判事が指名されることになったとしても、判事を承認する上院も共和党が過半数を奪還したことから、トランプ氏が指名する候補が承認される可能性が高い。

こうした状況を鑑み、マスメディアは政権交代によって保守派の傾向がさらに強まり、やっと実現した自分の性自認を反映したパスポートの取得や婚姻や親子関係にも影響が及ぶと考えたのだろう。

では、市井はどうか

2022年の調査によると、トランスジェンダーの米国市民は、言葉による嫌がらせや治療の拒否、適切な治療方法を知らない医師などとのやり取りなど、医療面において差別に直面している。

別の調査では、LGBTQ+の回答者の72%が、現在の政治的言説などによってメンタルヘルスに悪影響が出ていると答えている。当事者らはこのように現政権下でも心身ともに危機感を感じている。

しかし一方で、米国民12万人以上を対象にした調査では、有権者の55%、トランプ支持者の85%が、政府や社会におけるトランスジェンダーの権利への支援は行き過ぎだと回答。

また、別の調査では、多くの米国民は、性自認の問題をめぐる変化の速さに不快感を示している。

約半数がトランスジェンダーやノンバイナリーの人々に関する問題に対する見方があまりにも急速に変化していると答え、なかでも65歳以上は「急速に変化しすぎている」と答える傾向があり、一方、30歳未満は「変化が十分ではない」と答える傾向があることがわかった。

支持者別の調査結果を見ると、トランプ支持者の90%は「性別は出生時に決まる」と答え、対照的にバイデン支持者の59%は「出生時と異なる場合がある」と答えている。

こうした結果から、実は世の中は支持政党や世代間格差はあるもののLGBTQ+当事者の権利に疑問を呈している人が一定数いるという本音が透けて見えた格好である。 

あるいは、ビジネスパーソンの中には、LGBTQ+に関する課題は理解しているが経済的な問題を優先したほうが良いと考え、トランプ氏を支持し、それを大っぴらに言わない者もいるだろう。  

このように支持政党を明らかにしない、あるいは無党派層に属し、政治的姿勢が分かりづらいのが米国社会の実情である。

わかりやすかった支持政党による思想の傾向も分かりづらくなり、世論は水面下で動いている。

こうした米国社会で、私たちができること

米国の強みは「多様性」である。調査によると有権者の約3分の2は、米国の人口がさまざまな人種、民族、宗教の人々で構成されているという事実が国の強みであると回答している。

共和党は無党派層(あるいはサイレントマジョリティ)に呼びかけるがごとく、今回の選挙戦で反トランスジェンダーのキャンペーンを展開し、2億1500万ドルを広告費に費やした。しかし、私は米国民の根底には「多様性を強みと捉えていること」があり、LGBTQ+の権利を守る未来を築けると信じている。

なぜなら、米国では過去10年間でLGBTQ+当事者であることの自認がかなり一般的になり、そうした若者が高齢者に比べはるかに増えている。その存在は今まで以上に認知、受容されるだろう。これからの時代を築いていくのは若者である。身近な例でいえば、大学生になった2人の息子や私が関わる多くの若者は、相手の性自認を尊重している。彼らが築く社会は今まで以上に多様性を尊重していけるはずだ。 

そして、私自身が法律家としてできることは、目下、パスポートの表記や婚姻関係に影響があるのではないかと危惧している人が多くいることをふまえて、日々の訴訟業務にあたることだと考えている。 

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