恋に落ちた2人の女性。でも彼女の宗教はそれを許していなかった。あるタイ映画がつくられた「きっかけ」は、友人が抱える“苦しみ”だった

「宗教的な理由でLGBTQのイスラム教徒が『いないこと』にされている」ーー。女性アーティストに惹かれるムスリム女性が主人公のタイ映画『今日の海が何色でも』の日本公開が始まった。

タイではマイノリティであるイスラム教徒の女性、シャティ。両親から異性との結婚を急かされる中で出会った、女性アーティストに恋をしたーー。

タイ映画『今日の海が何色でも』の日本公開が始まった。

タイはアジアの中でもLGBTQに理解がある国として知られ、2025年1月の結婚平等法施行により、東南アジアで初めて同性カップルの結婚が実現する。

国民の94%が仏教徒のタイだが、イスラム教徒も5%おり、宗教を理由に苦しい状況に置かれてる性的マイノリティのイスラム教徒がいることはあまり知られていない。

イスラム諸国では、イスラム法(シャリア)違反で同性愛や性行為を理由に有罪となり、むち打ちの刑や禁固刑になる国もある。

イスラム教徒のLGBTQの人々がタイで置かれる状況とは。映画で伝えた人々の姿と、伝えたい「思い」は。

日本公開に合わせて来日したパティパン・ブンタリク監督に話を聞いた。

映画『今日の海が何色でも』より
映画『今日の海が何色でも』より
提供写真

STORY> 仏教国タイの南端、イスラム文化が息づくマレーシアとの国境の街、ソンクラー。かつて美しい砂浜があったが、高潮によって侵食され、現在は護岸用の人工の岩に置き換えられている。
そこで二人の若い女性が出会う。シャティは保守的な家庭に生まれた地元のイスラム教徒。フォンは活動家からビジュアルアーティストに転身し、美術展のために街に来た。
お互いを深く知れば知るほど惹かれ合う二人。同性関係を禁じる伝統のもとで生きてきたシャティは内なる葛藤の波に飲み込まれていく。

タイ南部で出会った、ムスリムの友人たちの「葛藤」

映画『今日の海が何色でも』のパティパン・ブンタリク監督
映画『今日の海が何色でも』のパティパン・ブンタリク監督
Sumireko Tomita / HuffPost Japan

ーータイではマイノリティであるイスラム教徒の同性愛を、テーマとしてとりあげたきっかけは。

海岸侵食や防波堤建設に関するドキュメンタリー制作のために10年ほどタイ南部を訪れ、リサーチや撮影をしていました。その間に現地で多くのイスラム教徒の友人ができたことがきっかけです。中には、性的マイノリティだと公表している友人もいます。

タイは国民の大多数が仏教徒ですが、タイ南部、特にこの映画を撮影したソンクラーには多くのイスラム教徒が暮らしています。

敬虔なイスラム教徒の親には自分のセクシュアリティについて話せず、親の前では異性愛者として生きる友人もいて、友人たちがアイデンティティに悩み葛藤する姿も目にしました。

映画『今日の海が何色でも』より
映画『今日の海が何色でも』より
提供写真

タイでも多くの人が知らない、国内のイスラム教徒が置かれる現状

ーータイは結婚平等法の施行やBLドラマ(BLはボーイズラブの略。ゲイ男性を主人公とした恋愛ドラマ)の世界的人気から、「LGBTQフレンドリー」な国とのイメージ強いです。イスラム教徒のLGBTQの人々が置かれる状況は。

タイの大半の地域ではLGBTQへの理解があり、今年の同性婚法制化の影響もありさらに状況は良くなっていると思います。しかし、イスラム教徒が多く暮らすタイ南部では状況は違います。

何が良い・悪いということではなく、ソンクラーなどの地域には、イスラム教の教えに従った特有の文化があり、「生き方」があります。

ただ、宗教的な理由でLGBTQのイスラム教徒が「いないこと」にされている状況があり、それに苦しむ人々がいることは事実です。

ーータイの人々は、イスラム教徒の性的マイノリティが置かれる状況を認識していますか。

タイでも多くの人が知りません。メディアでもほとんど取り上げられることがないため、状況が知られていないと思います。

以前、タイのイスラム教徒のLGBTQについて取り上げたドキュメンタリーが作られましたが、テレビで全国的に放映された後、大きなバックラッシュがありました。

特に、イスラム社会では女性の声はより社会に届かないことが多いと感じ、今回の映画ではムスリム女性を主人公にしました。

宗教が理由で、苦しい状況に置かれているLGBTQのイスラム教徒がタイにもいることを知ってほしいと思います。

映画『今日の海が何色でも』より
映画『今日の海が何色でも』より
提供写真

ーー海外の映画祭やタイ国内で上映した際の反響は。タイ国内のイスラム教徒の若者たちは映画をどう捉えたのでしょうか。

タイ国内や海外での上映でも、非常に前向きなフィードバックがたくさん届きました。

映画では、「人」と「人」のストーリーとして描くことに努めたので、観客自身が取り上げているテーマの当事者でなくとも、人としての生き方や悩みなどに自身を重ね、共感できるポイントがあったのではないかと感じています。

タイ国内の若いムスリムコミュニティーからも、とてもポジティブな反響がありました。しかし、映画に関心を持って鑑賞してくれたイスラム教徒の若者は、リベラルな新しい世代のムスリムであったとは思います。

扱っているテーマ上、イスラム諸国では上映することができませんが、米国、イギリス、インド、フィリピン、台湾など様々な映画祭で多くの人に観てもらうことができました。

現在は映画祭や劇場で上映しているため、テーマに関心がある人などが上映に足を運んでくれています。そのためか、バックラッシュや批判などはありませんでしたが、各国での上映終了後、動画配信サイトなどで広く公開されることがあれば、様々な意見を持つ人が出てくるかもしれません。

『今日の海が何色でも』より
『今日の海が何色でも』より
提供写真

イスラム教徒の俳優と作家と共に、つくり上げた作品

ーー主人公・シャティ役を演じたアイラダ・ピツワンさんと、共同で脚本執筆をした作家でコラムニストのカリル・ピツワンさんはイスラム教徒とのことです。イスラム教徒の当事者と共に作品をつくることを重要視しましたか。

私はムスリムのコミュニティーの中では育っていません。ですから今回、イスラム教徒を主人公にした映画を作る上では、そのコミュニティーの中で育った当事者たちと映画を作ることが大切だと考えました。

コミュニティーの「外」と「中」から見る、観点の「バランス」を大切にしていたため、2人の存在はとても大きいものでした。

作中で、シャティが両親に結婚を急かされお見合いをした相手役の男性も、イスラム教徒の方が演じています。

『今日の海が何色でも』より。シャティ(右)と、お見合い相手の男性
『今日の海が何色でも』より。シャティ(右)と、お見合い相手の男性
提供写真

ーーアイラダ・ピツワンさんは、タイで有名なテレビニュースキャスター・トークショーの司会者、ジャーナリストだと聞きました。有名なムスリム女性が演じたことは話題になったのでは。

この映画はアイラダ・ピツワンさんにとって初の主演作でした。自然で力強い演技は話題になり、好評を得ました。

この作品はアートフィルムである一方で、宗教をめぐってはセンシティブなテーマでもあるため、イスラム教徒の俳優と出会うことは簡単なことではないかもしれないと覚悟はしていました。

しかし、ムスリムのジャーナリストとしてもメッセージ性を持って報道の仕事に当たっている姿を見ていたピツワンさんがオーディションに応募してくださり、こうして共に作品を作ることができました。

作中でシャティが恋に落ちるフォン役の俳優のオーディションをする際にも、2人の相性を重視するため、常にピツワンさんに同席してもらいました。

映画『今日の海が何色でも』より。シャティ役を演じたアイラダ・ピツワンさん。映画内では、ヒジャブを着用しているシーンと、自室や女友達の前では着用していないシーンがあった。
映画『今日の海が何色でも』より。シャティ役を演じたアイラダ・ピツワンさん。映画内では、ヒジャブを着用しているシーンと、自室や女友達の前では着用していないシーンがあった。
提供写真

親の決める結婚、家父長制的考え方、伝統的な“男性性”。「違和感」も反映

ーー映画の「ここの女性は学校を出たら親に結婚を望まれる。不思議なことに結婚相手を決められるよりも独身でいることが大変」という台詞が印象に残りました。

ソンクラーなどのタイ南部では現在も、子どもが結婚を望んでないにも関わらず親が子どもの結婚相手を決めたり、親同士で話し合って見合いをさせたりということが起こっています。

私の友人も実際にそのような経験をし、悩みを打ち明けてくれました。

親に決められた道を進み、両親にとって良い娘や息子であり続けるか、自分が決めた道を進むかということは、多くの人が悩むことでもあると思います。

ジェンダーの観点では、共に脚本を執筆したカリル・ピツワンも私も、タイでまだ残る家父長制的考え方や、伝統的な“男性性”に違和感を感じた経験があり、そのような違和感を脚本にも反映しています。

ーー監督にとって、フィクションの映画の中でも、マイノリティが置かれる状況を伝えることの意味とは。

フィクションの映画でも、声なき人たち、声を上げるのが難しい人たちが抱える課題を伝え、その「声」になれることに意義を感じています。

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映画『今日の海が何色でも』は、ヒューマントラストシネマ渋谷(東京)で公開中。全国順次公開予定。

(取材・文=冨田すみれ子)

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